第13話 九日目
俺は男の子が来るのを楽しみに待つようになった。夜中にコツコツとやってたら、すぐに入れてやるのに。その日は彼は来なかった。お菓子を腹いっぱい食べて、もう空腹ではないんだろう。きっと親が厳しすぎてお菓子を食べさせないから、よその家で食べてるに違いない。
彼の顔が浮かんでくる。非難するような目つき。生意気で反抗的な口元。話せるなら、きっとこちらを怒らせるような言葉を発する気がする。黙って家に入って来て、人の家のものを勝手に食べて、黙って出ていくなんて、明らかにおかしかった。でも、それが俺にはむしろ好都合だった。
俺は彼にすごく興味を持った。口のきけない、知的障害のある子。それでいて、見た目は整っている。きちんとした服装をしていて、親が厳しく育てているのがわかる。彼はこの辺に住んでるんだろうか。学校に通っていないのか。養護学校などにでも通わせるべきじゃないか?。彼にも友達や先生が必要だ。社会に出ていくには、親以外との人間関係の構築が必要だ。
俺は一晩中、彼のことを考えていた。彼の艶のある黒い髪。シミもほくろもない、傷つきやすそうな柔い肌。俺をじっと睨んでいる奥二重の目。俺は彼のことを想像しながら、自らを慰めた。
朝になると、インターホンが鳴った。
俺はすぐにドアに飛んで行った。
あの夫婦だった。
「おはようございます」
「朝早くすみません。ごめんなさい、寝てました?」
「いいえ。朝起きたまんまの格好でお恥ずかしい。猫ちゃん、どうですか?」
「あ、猫が見つかりました」
「あ、よかったですね。どこにいたんですか?」
俺はてっきり死んでいると思っていた。
「急に帰って来たんです」
「へえ。でも、こんな山の中で、家出なんてなぜでしょうね・・・よっぽど好奇心旺盛な猫ちゃんなんですね」
俺は適当なことを言う。
「この辺は全部自分の縄張りだと思ってるんですよ」
奥さんは笑った。
「とにかく、ありがとうございました。上田さん、しばらくここにいらっしゃるんですか?お帰りになる前に、うちにも今度遊びにいらしてください」
「ええ。ありがとうございます。ぜひ。これ、手作りの漬物なんです。よかったら」
「ありがとうございます。すごいですね。手作りなんて。早速いただきます」
俺は愛想笑いした。悪い人たちではないようだが、俺は引きこもるために田舎に来ているのだから、行くつもりはなかった。
夫婦が帰ってからは、俺はソファーに寝ころびながら少年を待っていた。
10時くらいにインターホンが鳴った。俺はすぐに玄関に出て行った。少年が立っていた。今日は黄色いシャツを着ていた。毎日違う服を着ている。彼の親がアイロンをかけてくれてると思うと、ずいぶん几帳面な人たちだと思う。
「入る?」
少年は黙って部屋に入って行った。そして、台所に行って、またお菓子を探し始めた。俺は昨日と同じところにお菓子を入れていたから、彼はそれをすぐに見つけて、食べ始めた。
「普段お菓子食わせてもらえないの?」
少年は答えない。きっと知的障害なんだ。ラッキー。俺は思った。そうやってお菓子で吊っていれば、毎日うちに来るだろう。彼はお菓子を全部食べて、次はソファーに横になった。本当は外にいた服で横になってほしくないのだが、少年を刺激しないように俺は黙っていた。気が付くと少年は寝ていた。外が寒いから、温かい部屋でくつろぎたいのだろう。
少年はずっとソファーに寝ていた。俺は座るところがないからベッドに横になって本を読んでいた。隣の部屋には少年が寝ている。彼の存在が壁を通じて、温かく伝わってくる。彼に触りたかったが、ぐっと堪えた。
夕方4時頃になって、様子を見に行くと、彼はもういなかった。俺はしまったと思った。そして、また来てくれないかなと苛立ち始めた。そうだ。明日のためにお菓子を買って来よう。毎日だと金銭的にも負担だが、少年に〇〇行為をするなんて、お金に換えられない。俺は罠に疑似餌を仕掛ける猟師のような気分になって、車を走らせていた。猟師よりもっと貪欲だった。彼のことが喉から手が出るほど欲しくなっていた。
俺はその夜夢を見た。彼が俺のベッドルームにいて、ベッドの隣に黙って立っている。俺はドキドキしていた。すると、彼はおもむろに布団の中に手を入れてきた。俺が戸惑っていると、いきり立つ下半身を手で優しく慰めてくれた。まるで現実のようにリアルだった。俺は無表情でずっと見降ろしていた。
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