第11話 七日目

 昼寝をし過ぎて、夜中、よく眠れなかった。窓の外からずっとコツコツという音がしていた。もしかして、何かが窓に当たっているだけじゃないだろうか。


 俺は布団の中で、何度も寝返りを打っていた。

 あの頭のおかしい子は何をしてるんだろうか。警察に相談した方がいいかもしれない。この時間に子どもが外にいるなんておかしい。

 親がネグレクトだったとしても、小学生が帰って来なかったら探しに来るんじゃないだろうか。


 あの子どもの顔を思い出した。なんと形容していいかわからないけど、世の中を恨んだような、すさんだ目をしていた。こんなド田舎に連れて来られたことが気に食わないんだろうか。親とうまく行っていないのか。俺に何か言いたいのか・・・。俺はただの通りすがりだ。俺を巻き込むな。俺は人助けをするほど、余裕があるわけじゃない。自分のことで精一杯だ。俺だって病んでる。


 何か事情があるのかもしれないけど・・・。俺にはしてやれることはない。

 頭の中であの子の顔がチラチラする。憎しみに満ちた眼差し。悔しそうに固く結ばれた唇。なぜ、俺を見ているんだろう。あんな子どもは知らない。


 俺は布団の中で目を閉じた。なぜか、あの子の裸がチラチラ浮かんで来る。奇妙だけど、事実だった。俺は男の子なんかに興味はなかったはずだ。ゲイでもショタコンでもない。しかし、目を閉じると、2人で一緒に風呂に入って体を洗ってやる場面が浮かんで来る。どうしても追い払うことができない。これには困惑した。自分で自分の願望が理解できず、反発する。俺は変態じゃない。ストレートでノーマルな常識人のはずだ。


 俺は彼の服を脱がせる。シャツのボタンを一つづつ外してやる。

 下に来ているシャツを上に持ち上げる。すると背骨の浮き出た胸が現れる。


 俺は鳥肌の立った肌に触った。どんどんエスカレートして、彼にキスをして、正面から抱き合っている姿になった。俺も裸だった。自分も同じくらい年齢の子どもで、俺たちは背も同じくらいだった。俺は微笑んで彼にセクハラを仕掛けていた。

 

 あ、

 思い出した。


 そうだ。俺は・・・。


 前もこんなことをしていた。

 昔、友達と風呂に入って、相手に猥褻な行為を仕掛けていた。

 その頃は、他人の裸に興味があって、相手は女でも男でもよかった。

 それで、近所に住んでいた、かわいそうな男の子を誘い出した。親が入院していて、学校を休みがち。大人しくて、友達がいなくて、いつも一人だった子だ。確か、親が宗教の人だった。経済的にも困窮していたと思う。俺が誘うとその子は嬉しそうについて来た。


 その日、うちの親が留守だった。家に呼んで一緒に漫画を読んで、スイカをご馳走した。彼は赤い部分がなくなってからも、白い皮のところまでスプーンですくって食べていた。俺たちはしばらく漫画を読んでいたが、暑いから水風呂に入らないかと誘った。その子は全然疑っていなかった。彼の下着は色褪せて、ボロボロだった。


 俺たちは風呂場に行って、冷たいシャワーを浴びて、はしゃいでいた。そして、俺は言った。「触らせて」と。彼は戸惑っていたようだ。俺も彼に「俺のに触っていいよ」と言ったけど、彼は俺に触らなかった。


 俺はそれからも何度か彼を呼び出した。彼は大人しくて俺の言いなりだった。

 十回くらいあったかもしれない。


 でも、俺は中学に上がる前に、そういう遊びを卒業した。

 きっかけは親にばれたからだ。俺たちが風呂に入っている時、母親が帰って来てしまった。俺は父親に何度も殴られた。そして、親はあちらの親に謝りに行っていた。


 俺たちはそれから気まずくなったし、彼は相変わらず学校を休みがちだった。中学は同じだったけど、クラスはずっと別だった。彼は暗い表情でいつも一人だった。虐められているという噂を聞いていた。

 その後、彼はレベルの低い高校に進学したけれど、またいじめに遭ってしまったそうだ。偏差値の低い学校はヤンキーが多いし、彼には合わなかったと思う。2年で中退してしまい、引きこもりになって、最終的に自殺したと聞いた。まだ10代だった。


 彼が自殺したのは、俺があんなことをしたせいだろうか?

 彼に恨まれているのではと怖くなった。


 そうだ・・・彼が亡くなった後、彼のお母さんに呼ばれた。遺書が出て来たそうだ。それにはこう書いてあった。「上田君に子どもの頃に悪戯されたことが忘れられなくて、随分苦しみました。もう乗り越えられないので、死を選ぶことにしました。お母さんごめんなさい」と書いてあった。


 俺はお母さんに土下座して謝った。

「嫌がっていると思わなくて」俺は泣いた。


 それなのに、俺はその子の名前も覚えていない。


 もしかして、あのガキは、俺の同級生なんじゃないか。違う・・・俺の世代で、田舎に住んでいて、あんな風にアイロンのいるシャツを普段着にしている子どもなんかいなかった。彼はものすごく貧乏で、私服を持ってないくらいだった。夏休みも学校の体操着を着ていた。

 

 

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