第8話 四日目

 俺は朝起きて、カーテンを閉め切ったままぼんやりしていた。あのクソガキが今日も来るんだろうか・・・。カーテンを開けると、窓際に立っている気がした。始終、見られているようで落ち着かない。


 何でうちに来るんだろう。俺が1人だからだろうか。こういう場所に1人で来る人は少数派だ。同類と思われているのかもしれない。暇だから相手をしてやろうかと思うけど、精神疾患があるみたいだから、普通の子どもみたいにはいかないだろう。そのうち、窓ガラスを割られたりしたらどうしよう。


 俺はあのガキがホラー映画に出て来るような、凶悪な子どもなのではと想像をしてしまう。家に火をつけられて燃やされたり、窓や玄関に釘を打たれて閉じ込められるんじゃないかという、ありえない展開が浮かんで来る。はっきり言って、あの子どもが怖かった。精神を病んでいる人を目の当たりにすると、普通の人はかなり凹むと思うのだが、俺もそうだった。あの子どもはおかしい。しかも、どこの家の子かわからない。警察を呼んだとしても、俺がいかれ野郎だと思わるだけだ。子ども相手に不法侵入を訴えても、警察には相手にされない。


 インターホンが鳴った。俺は居留守を使った。人が尋ねて来る予定がなかったし、変な人と関わりたくなった。俺はカーテンの隙間から、誰が来たかそっと覗いてみた。


 60くらいの俺より年上の夫婦らしき人たちが並んで立っていた。そして、目の前でUターンして帰って行く。もしかして、近所の人が訪ねてきたのかも知れない。


 俺は慌てて外に駆け出した。

 不安に駆られて人恋しくなったんだろうと思う。


「すいません!」


 2人は振り返った。その瞬間、俺は失敗したと思った。関わらない方がいい種類の人に見えたからだ。2人とも白髪交じりの頭をしていた。ナチュラリストを気取る、環境や動物保護を信条としていそうな人々に見えた。


「すいませんでした。ちょっと手が離せなくて。どちら様ですか?」

「近くに住んでいる者ですが。猫がいなくなったんで、もしかして、見かけてないかなと思ったので」

「こっちに来てから、猫は見てないですが。どんな猫ですか?もし、見つけて捕まえたらご連絡しますから」

「ありがとうございます。シャム猫なんです」

「いつからいないんですか?」

「4日位前から」

 もう寒いから、死んでるんじゃないかと思った。野生で生きていられるとは思えない。

「じゃあ、もし見つけたらご連絡しますが、お宅はどちらですか?」

「ちょと先の赤い屋根の三角の家です」

「お差支えなけれれば、連絡先うかがっといていいですか?」

 もし、猫が見つかったとしても、先に連絡してから訪問したい。そうじゃないと、連れて行っても、出かけていたりするかもしれない。そうなると面倒だ。俺は自分が猫を発見して連れて行ってあげる場面を想像していた。自宅の近所でも、インコが逃げました、猫がいなくなりました、と電柱に張り紙がある。協力してあげたいけど、自分が発見したことは一度もない。


 俺は2人と家に戻った。玄関のドアが開けっぱなしだった。

 俺は筆記用具を取りに部屋に入った。

 俺の家はちょっと変わった間取りで、玄関とリビングが直結しているのだが、短時間でも閉めるべきだった。山は虫が多い。ネズミだっている。


 あれ?


 俺は違和感を感じた。


 おかしい。10分前。夫婦が訪問して来る前は、俺はソファーに座ってぼーっとしていた。俺は物をすぐに片づけないタイプだから、テーブルの上には洗っていないカップや、Kindle、文房具、パソコンが置きっぱなしだ。


 ソファーには毛布を畳んでおいて、寝ながら本を読めるようになっている。

 おかしいな・・・。


 パソコンが開いてあった。

 俺は別荘に来てから、パソコンを開いていなかった。


 あのガキ・・・家に入ってきたんじゃ。

 俺は怖くなった。


 俺は夫婦から電話番号を聞いて、携帯のアドレスに夫婦の連絡先を入れた。

「じゃあ、念のためかけてもらえませんか?」

 俺はちょっと失敗したと思ったが、自分の携帯から旦那の携帯に電話を掛けた。目の前で鳴った。そうして、連絡先を交換してしまった。

「普段、電源切ってるんですが。今、デジタル機器デトックスをしてて・・・」

 また、尋ねて来たら面倒だからそう言った。

「ああ、わかります。こういう所に来て、ネットやってたら馬鹿ですよ」

 その言い方にいらっとしたが、俺もそう思う。馬鹿と言うより、家にいるのと変わりませんよとか、景色を見ないともったいないと言うべきだろう。すぐ人を馬鹿という人が好きじゃない。ひろゆきやホリエモンが言うならわかるけど、普通の人は他人を馬鹿と呼ぶほど優れてはいない。

 この会話だけで、俺はその夫婦が嫌になった。


「そう言えばこの辺に、小学生くらいの子どもがいませんか?」

 俺は尋ねた。

「夏休みとかならいますけど、普段から住んでる子はいないと思いますよ。学校もないし」

「そうですか・・・」

「何でですか?」

 俺が子ども向けのビジネスでもやろうとしていると勘繰ったらしい。

「子どもが覗いてて気持ち悪いので」

 2人は変な顔をした。俺の幻覚だと思っているようだ。

 夫婦は帰って行った。

 俺は外に出ることにした。ついでに猫を探してみようと思った。

 その日はジョギングすることにして、意味もなく走り続けた。

 家にいるのが嫌になっていたんだと思う。

 夫婦の家がどこかもわかった。

 うちから300メートルくらい離れていて、本を開いたまま逆さにしたような、洋風の合掌造りの家だ。

 こんな何もない所で猫がいなくなるなんて・・・外に出てしまっても、すぐに戻って来るだろう。猫が家出したくなるような家って、どんな家だよ、とツッコミを入れたくなった。



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