第7話 三日目

 俺は朝起きた。早朝は外から鳥の声がするのだが、カーテンを閉めていると、隣の建物とピッタリの窮屈な自宅にいるのと変わらない気がした。もともと、普段からカーテンは年中閉めっぱなしで、電気をつけて生活している。カーテンを開けていると、外から丸見えになってしまうからだ。俺んちのリビングの向かいが、隣の家のベランダだ。あちらが洗濯物を干している時に、俺がパンツのままリビングを歩いていたら気まずい。


 外からは、コツコツと音がし続けている。精神疾患の子どもなんだろう。そうでなかったら、ガラス戸を叩き続ける集中力を保ち続けられない。健常者なら、無意味な反復作業を繰り返すと、発狂するだろう。俺はくじけそうになった。もう、家に帰ろうか・・・自己所有の別荘だから、キャンセル料もかからない。または、金を払ってでも、別の場所に逃げるかだ。


 小さなコツ、コツという物音だけで、俺はおかしくなりそうだった。子どもの出す、その爪でガラスを叩く音は、ただただ単調で気がめいりそうだった。俺は玄関の戸を開けて、子どもを怒鳴りつけてやろうと思った。


 俺は思い切って、玄関の戸を開けた。

 すると、軒下には誰もいない。

 お化けみたいなやつだ。

 俺は気味が悪くなった。


 俺はまたベッドに寝転がって、ホラー小説を読んだ。しかし、話が入って来ない。ずっと同じページを読んでいる気がする。そのうち、また、コツコツ、という音がする。俺は窓に近づいた。カーテンを開けると、あの子どもが立っていた。丁寧にアイロンがけされた白シャツに赤いステッチが入ったシャツを着ていた。金持ちの子なんだろう。別荘を持てるくらいだから、余裕があるんだろう。でも、知的障碍だろうか。


 俺は窓を開けた。それと同時に子供は走って逃げて行った。

 下は紺の長ズボン。親が買って着せてるのがわかる。

 子どもはあんな服を選ばないもんだ。


「ちょっと!窓を叩くのやめてくんない?!」


 俺は後ろから怒鳴った。子どもは正面の舗装道路まで行くと、森の中に消えて行った。子どもは11月の高地にいるにしては、薄着だった。俺はむかむかしながら、ソファーに戻った。


 俺は封印していたスマホの電源を入れた。その時は、誰かと話してストレスを発散したかった。平日の昼でも相手してくれる人・・・それか、来てくれる人いないかな。俺はいっそ人を呼ぼうかとも思った。しかし、休暇はあと2週間以上ある。働いていない人はいるけど、そんなに長期では来れないだろう。結局、連絡するのをやめた。旅行に連れてってと言われて断っておきながら、やっぱり暇だから連絡したと言ったら切れられるだろうし、かっこ悪い。


 子どもは戻って来なかった。

 その日はそのまま静かだった。



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