第5話 一日目の終わり
俺は一人でも退屈はしない。音楽もテレビもなく、ネットもやらない。それなのに、俺の頭の中は雑念だらけで苦しい。過去を思い出すことを永遠にやめられないくらいだ。浮かんで来るのは、決して楽しい思い出ではない。俺に楽しい思い出なんて一つもないからだ。
そういえば、数年前、俺がセフレだと思っていた女が、同僚と結婚した。俺の中で5段階評価3くらいの女だったのに、同僚にとってはいい女に見えたんだろう。俺はもやもやしている。2人から嘲笑され、見下されている気がする。同僚は俺よりスペックがいいし、普通に友達のいる人だ。何であんなくだらない女を?いや、くらだないと言っても、キャリアウーマンで学歴も立派で、稼いでいる人だ。セフレにされていたのは、むしろ俺じゃないか?そうだ・・・彼女は「結婚は考えてない」と言っていた。それなのに、別れて数か月で同僚と結婚した。俺が本気にならないように予防線を張っていたんだ。俺は遊び相手としか考えられない程度の男なんだろうか?まるで裏切られたような気分になる。彼女が好きだったかというと、全然そうじゃないのだが。俺は、誰からもモテたいし、好かれたい。ちやほやされたい。でも、実際は俺は誰からも愛されてない。その証拠に、今一人で別荘に来ている。もし、本当に好きだったら、無理やりでもついてくるんじゃないか?そんな人は誰もいない。
今まで俺をまともに愛してくれた人はいなかったと思う。俺も女性を愛したことはない。それでも、一人くらいは、母親のように俺を愛情で包んでくれる人がいてもいいんじゃないか?母親のようにというのも幻想にすぎない。俺は母親ともうまく行っていなかった。不仲で口も利かないような関係を長年続けていた。母親に抱きしめてもらった記憶は一切ない。
こんなことがあった。昼寝から目が覚めて、俺は家に1人だった。俺は泣いた。大声で泣き叫んで、窓を開けて絶叫した。すると何時間かして、母親が帰って来た。俺はほっとして母親に駆け寄った。
「どこ行ってたの?」俺は泣きながら言った。
すると、母は一言「出かけるって言ったでしょ?」と言われた。それだけだった。親がこんな風だったから、俺は幼児の時から、人生に絶望して自殺を考えていた。その後も、俺の人生には本当に誰も現れなかった。一人の友達も恋人もいない。洞窟で出口を探し続けるような人生。
同僚と飲みに行ったりはする。
でも、彼らは友達ではない。彼らにはもっと親しい人がいる。
気が付くと薄暗くなっていたから、俺は夕飯の支度をすることにした。弁当を買っておいたけど、暖かいみそ汁だけは食べたかった。大量に作り置きして、何日かに分けて食べる。外食してうまい物を食いたいけど、車を運転するのも、人に会うのも嫌だった。そうだ、休暇中は髭を伸ばしてみよう。このアイディアは俺の気分を明るくした。11月は髭を剃らない1か月と言って、癌問題の啓発のために取り組んでいる人もいるらしい。1人っきりでいて癌啓発もなにもないもんだ。俺は馬鹿々々しくなって一人で笑った。
もう寒くなってきているから、虫の声は聞こえない。静かだった。何か音の出るもの・・・でも、スマホを開きたくない。俺は断念した。俺は鼻歌を歌う。普段、音楽を聴かないから、曲が思いつかなくて、なぜかボカロの歌なんかを歌っている。音楽の趣味がある人はいいなと思う。俺にはそういう高尚な趣味がない。読書くらいだな・・・。飯を食ったら筋トレしようか。外に走りに行ってもいいし・・・。そうだ。ジョギングしたいな。でも、朝にしよう。いや駄目だ。熊がでる。やつらは昼行性だが、里に下りて来ると早朝や夕方に活動するんだ。夜の方がましだ。でも、暗闇は怖い。
何もしないまま、9時くらいになっていた。
旅行の初日。まだまだ時間があると思っていた。
少し筋トレをして、風呂に入って、本を読んだだけで、その夜は寝た。
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