第3話 視線

 俺が1人でソファーに座って、ぼんやりしていると、ふと人の視線を感じた。それが室内からではなく、何となく外から注がれているようだった。俺ははっとして、窓の方を見た。


 うぁ!


 俺は心臓が止まりそうになった。


 そこには、小学生くらいの男の子がいて、俺を見ていた。


 俺はレースのカーテンを閉めておらず、リビングが道路側から丸見えだった。全開と言ってもガラス窓は閉めてあるのだが。それに、道路からは50メートルくらい離れていて、人の視線が気になるほどではないのだが。


 その子は、目が奥二重で、目つきが悪かった。無表情で、生意気そうな、坊ちゃん刈りの子だった。小学校から塾に行っていそうなガキに見えた。別荘地だし、田舎の子じゃないだろう。俺を軽蔑したような生差しだった。相手が子どもとは言え、無防備なアホ面を見られて恥ずかしかった。俺は子どもに接するのが苦手だったら、余裕をかまして微笑むなんてできなかった。ただ、目を逸らした。


 そして、まるで民宿にいるかのように、俺は気まずさを誤魔化した。俺は忘れていた。そこが俺の土地だということを。普通だったら何か用か?と聞いて、ただの覗きだったら追い払えばよかったのだ。そうだ。邪魔なものは排除すべきだ。年1回の貴重な長期休暇なのだから。しかし、俺は見て見ぬふりをした。


 なぜ、あんな子どもに気を遣ったんだろうか?俺は人を変えるのではなく、いつも自分を捻じ曲げてしまう。ムカついても「見るな」と言えない。


 そもそも、子どもというのは理由もなく、人の家を覗くもんだ。捩じれた好奇心だろう。変なものが見えたら面白いと思っているが、そんな物が見られたためしはない。


 俺自身も長い間覗きを趣味としているから、それがわかる。


 電車に乗っていると線路が高架になっているところがあるが、その上を走っていると、線路沿いのマンションの部屋が丸見えだ。俺はいつもそれを見ていた。切取られた無数の日常サンプル。普段は見せない素の姿がそこにはある。


 しかし、そこにあるのは、人に見られてもかまわない、普通の暮らしでしかない。ちゃんと服を着てリビングで飯を食ってる人たちなどだ。酒乱夫のDVが行われていたり、AVのようなおいしい展開には決してならない。それでも、俺は必ずそれを見ていた。


 さっきの子どもは俺に何を期待してたんだろう。あの年では、女連れかどうかなんて発想はないだろう。ただ、面白い物がないか見てたんじゃないか。多分だけど、都会の子どもにとって田舎は退屈だ。兄弟がいたりしたら、外遊びなんかで楽しめるのかもしれないけど、さっきの子は一人だった。兄弟がいたら、もっと子どもの声がしていいはずだ。


 会社の人が言っていたけど、その人の子どもは東京で育ったから、虫が大嫌いで、キャンプなんか、絶対、連れて行けないと言っていた。俺が子どもの頃は、ビニール袋にバッタを集めたりしたものだけど、最近の子は昆虫採集なんてやらないだろう。


 俺はその無礼な子どもにむかむかしながら、ソファーに寝転んで、Kindleを使って本を読んでいたい。しばらくして、トイレに行きたくなった。窓に一瞥を投げると、まだ、彼がそこにいた。もう1時間くらい経っている。異常だった。


 俺は気持ちが悪くなって、つかつか窓に近づくと、さっとレースのカーテンを閉めた。目を合わせられなかったが、子どもはそれでも逃げたり、後ずさりすることはなかった。


 変な子だな・・・。

 精神疾患のある子なんだろうか。

 きっとそうだ。

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