第2話 雑記帳

 俺は人と深く付き合うことができないくせに、他人という存在を密かに恋しがっている。


 別荘の部屋には、宿泊者用が自由に書き込みができるノートを置いている。”雑記帳”というんだろうか。俺はそれを見るのが好きだ。そもそも、何のために置いているかというと、最初は宿泊者の人たちの思い出作りにしてほしかったからだ。そのノートを見に、また、うちに泊ってくれるんじゃないかとも思っていた。ノートがあることで、喫茶店でも、宿泊施設でも、そこに愛着を持つようにならないだろうか?俺自身も、”オーナー”と参戦して、ノートに書き込むことがある。すると、みんなもっと書いてくれる。実物を見たら偏屈なおじさんだろうけど、メッセージだけなら気さくな人物を気取れる。


 もちろん、泊まった人全員は書かないのであるが、人によってはかなり丁寧に書いてくれる。俺のところは安い宿泊費にして、稼働を増やすようにしているが、近隣にも別荘を貸している人がいるから、宿泊者0の月もある。前月に何組の宿泊があったかは毎月レポートが送られてくるので、すでに知っている。


 大体が、「すごく静かで素敵な別荘でした」、「静かな所でゆっくりできました」、「また泊まりたい」というありきたりなことが書いてあるだけだ。


 俺は、そんな文章でも、読むのを読むのを楽しみにしている。なぜだろうか。

 その人の筆跡に生い立ち、生き様、人柄がにじみ出ているからだろうか。俺に対して掛けられた言葉でもないのに、家を褒められると嬉しくなる。


 家族4人で来ました・・・・こんな狭いところに?

 彼女と来ました・・・・自慢するなよ!

 夫婦で来ました・・・・仲いんだなぁ・・・。

 友達と一緒に・・・・いいなぁ。


 宿泊者は色々な組み合わせがある。俺は想像する。家族でわいわいにぎやかに過ごしている人たち、ソファーでいちゃいちゃしている若いカップル、大学生くらいのかわいい女の子同士が笑い転げている姿。若者たちが、酒を飲んで騒いでいる姿。その時は、この場にその人たちの吐く息や臭いが充満している。今はしんとしている。狭い空間に、孤独なおじさんが1人だけ。俺の別荘なのに、申し訳なく感じる。家だってにぎやかな方が好きなんじゃないかと思ってしまう。俺が来たって、むさくるしいだけ。空き家と変わらないくらい無音だ。


 俺は家にまで嫌われているのか・・・こうなると被害妄想もいいところだ。家って言うのは不思議だ。前に住んでいた人の残留思念が滞留している気がする。それどころか、汚れのように深く染みついて落ちないと言った方が正しい。その家を建てたのは、都内に住んでいる中年の夫婦だったと思う。築10年くらいで手放していた。なぜだろう。やはり、思ったほど来れなかったんだろうと思うが・・・そうじゃない・・・違う。あの夫婦はここに住んでいたんだ。怖くなる。築浅なのに、なぜ越したのか・・・。普通、別荘物件は築30年くらい経っているもんだ。新しいうちに手放した理由は?ちゃんと聞いたことはなかった。不動産屋も忙しくて来れないからと売ると言っていた。それは嘘だった。


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