第6話

 深雪と名乗った少女は何故か、家に入るまで俺を凝視していた。扉の閉まるまで優しく、それに小さく手を振って離れる事を惜しむような笑みを浮かべて。

 少し不気味だと思った。


 キッチンからは良い匂いが漂い、食卓を彩ろうとしている。まな板を包丁で叩く音、それは聞こえはするものの、どこか壊れたイヤホンで聞いているようだ。それらを横目で流し、自室に戻る。


 薄暗い部屋に明かりを点け、一人ベットで横たわる。額縁の中を見まいと目を瞑りながらも、君に謝る。こんな情けない自分で、ごめんよ。そして、代わりを欲してしまった自分を許してくれと。許しを請う。許しを請う。許しを請う。只管に許しを請う。許しが欲しい。それがほしい。


「あはは」

 何だか嗤えてきた。客観的に見た自分が馬鹿らしい。嗤えてくる。そうだ嗤えてくる。


 スマホの通知が鳴った。

 深雪からの連絡だ。着信すらある。気付けば手にスマホがあった。


「もしもし? 大丈夫? 落ち着いた?」

「うん」


「ふふふ。私の声、聴いて落ち着いたのですか?」

「うん」


「ほら、私ですよー。ギュウってしたいですよね?」

「うん」


「布団を私だと思ってハグして良いですよ。ほら温かいでしょ?」

「うん」


「君は頑張ってる。誰にも優しくされず優しさを掴もうとしていたね」

「うん」


「ナデナデしても良いですか?」

「うん」


「頑張ってえらいね。空元気で友達を作り、傍から見たら普通の学生。でも中身は"木から落ちた林檎"」

「うん」


「うふふ。好きですよ。私、そんな君が」

「うん」


「私が頑張って癒やしますからね。楽しみに待っていてくださいね」

「うん」


「どんな要望や欲求も満たしちゃいます。だから、どんなものでも、押し付けて良いですからね」

「うん」


「落ち着きましたか?」

「うん」


「良かったです」

「うん」


「弱くて良いんです」

「うん」


「だから、甘えてくださいね」

「うん」


「泣いても良いですよ」

「うん」


「また明日」

「うん」

 電話が切れた。

 俺は布団を抱いていた。電話で何を話したか覚えていない。眠い。

 明日は良い日になるのかな?


 なるといいね。

 なるといいね。

 なると、いいね。

 嗤う。嗤う。


 明日って。何だっけ?


 夜。

 俺は深雪と布団の中に居た。温かな体温と女性らしい柔らかさ、そんな感覚が流れ込んでくる。

「ほら、胸に飛び込んで良いですよ。癒やしてあげます」

 ハグは"以前"のように温かく幸せな温度だ。俺は優しい世界で、眠りについた。

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