第4話
その日、最後のヒグラシが死んだ。その虚しい声は、本当の
俺は、その後の事をあまり覚えていない。只管に喉を枯らして泣いたのだろうか? はたまた、眠ってしまっただろうか? 今、分かる事は眠りから覚めた事だけ。
ヒグラシが鳴き、夕日が落ちている。ベンチ以外特に何もない公園に、温厚な色が広がる。そう俺は認識した。
「おはようございます。いっぱい寝ましたね」
そんな女の声がする。自分がもたれかかっている物は、女だった。
「あぁ」
我ながら枯れ切ったと思う声で返事を返す。
そういえば、そういえば、なんだっけ? 忘れてしまった。覚醒しきっていない意識で考えてみるが、何も思いつかない。ただ心地だけが良い。
「帰りますか? 明日から学校でしたっけ? 私はよく知りませんが」
「そんな事を言われたも、今は何もできない」
そう何もできないのである。虚無に小石を投げている気分は変わらない。
「そうですか? 何にもできないと言いつつも、その。私の手は握ってくれるのですね」
心地が良い正体は、手の感触である。だが、不思議な事に離したくないと勇人は感じた。それはそれは、なんて節操がない事でしょうか。
でも、離したくなかった。理由はそれだけで良い。
「では、もう夕飯時なので帰りましょうか。お母さん心配しますよ。手を繋いでいても良いので、前を向いて歩きましょう」
その時、ヒグラシが鳴き止んだ。数多の木々の隙間から、飛び出してきたそのセミは、公園から見える車道に身を投げた。そして、たまたま走っていた自動車に撥ねられた。
もちろんその光景は、二人の視界内の出来事である。女はなんと思ったのだろうか。その出来事を笑いを堪えるかのように鼻を鳴らした。
「気を付けて帰りましょうか。交通事故で無した命は無駄ですから」
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