第8話
「だけど、やっぱり先輩とはどうしても会うことが叶わなくて・・・・・・、その時間の分だけ、想いがどんどん強くなってしまっていました」
そう語る地縛霊の彼女の声は、怖さなどなく、恋する少女そのものだった。
「・・・・・・でも、友達に誘われて行った大学の学祭で、偶然にも先輩を見かけたんです」
彼女の声が少しずつ近づいてくると、またも耳元でささやかれた。
「私は先輩と運命の赤い糸でつながってるって、本気で・・・・・・、そう思ったんですよ。ふふっ」
声だけで俺の気持ちを翻弄する彼女は、まるで小悪魔だ。
俺の反応を楽しんでいるのか、吐息が離れていくのを感じる。
「でも、先輩にまた会えた嬉しさよりも、膨れ上がった感情の方が強くなりすぎていて・・・・・・。私は緊張と気恥ずかしさで先輩に声をかけることが出来ませんでした・・・・・・」
「でもそこからの私は一直線でしたよ。なにせ、あの大学に先輩がいるって、分かったんですから」
「だから、私は頑張ったんです。先輩と同じ大学に通うために必死で勉強をしました・・・・・・。先輩と再会したときに、今度はきちんと話しかけて、そして、かわいいなって、思ってもらえるように・・・・・・自分磨きもしました。すごくすごく頑張って、そして・・・・・・先輩と同じ大学に合格できたんです。嬉しかったなぁ・・・・・・」
「それからひとり暮らしをするためにマンションを決めました。そのマンションというのが・・・・・・ここです」
「このマンションに先輩が住んでいることは、知りませんでした。・・・・・・これは本当です。でも、荷造りもほとんど終わって、あとは引っ越すだけというときに・・・・・・」
「私は車に轢かれました・・・・・・」
腹の底が冷えるような冷たい声だった。
「その後の記憶はありません。気づいたら私はこのマンションにいました。おそらく・・・・・・、心残りだったんだと思います。もしくは後悔か・・・・・・。先輩にきちんとお礼ができないまま、この世を去ることへの、後悔・・・・・・」
「そして偶然にも、本当に偶然にも、幽霊になった私がマンションをうろついていると、この部屋に入っていく先輩を見つけて・・・・・・。ダメだって思いながらも・・・・・・先輩の後をついて行って・・・・・・。気づいたときにはこの部屋に縛り付けられていました。いわゆる地縛霊ってやつですね。はははっ・・・・・・。まあ地縛霊といっても、このように・・・・・・」
姿は見えないというのに、俺のすぐ近くにいるような気配を感じる。
「近づくことも、ふうっ・・・・・・ふふっ」
俺の耳に生温かな風と共に、色めいた吐息が感じられた。おそらく息を吹きかけられたのだろう。
「このように息を吹きかけることだってできるんですよ。ふふっ、こんな姿にならなかったら、きっと恥ずかしくてできなかったと思いますので、地縛霊さまさまですね。なんちゃって・・・・・・」
「・・・・・・気持ち悪い、ですよね。怖がらせて、しまいましたよね・・・・・・」
「先輩、私は本当に怖い思いをさせたかったわけじゃないんです。色々話しかけたりしたのも、ただ、先輩に元気になってほしかっただけで・・・・・・」
「でも、私のその行動が、先輩を怖がらせてしまう・・・・・・。私は、先輩のそばにいるべきではないんですよね・・・・・・」
その声に涙がにじみ始める。何か言わなくては。彼女に何かを伝えないと。しかし、何を・・・・・・。
「だから、先輩。これを最後にします。・・・・・・私はもう、先輩の前に現れたりしません。だから、これだけを伝えさせてください」
「先輩、あの日電車で、私のことを助けてくれて、ありがとうございました。私は、無口だけどとっても優しいあなたのことが、大好きでした。・・・・・・さようなら」
彼女の声が遠ざかっていく。またも部屋は静寂に包まれ、街灯の明滅する音だけが支配している。
その日を最後に、俺の部屋に地縛霊が現れることはなくなった。
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