第6話

「ここが君の部屋か・・・・・・。なかなか良いところに住んでいるではないか。合格だよ、なんてね。ではいつものように部屋に入りたまえ」


千鶴の言うとおり、俺は部屋の鍵を開け、扉を開いた。すると、いつもどおり誰もいないはずの部屋の奥から、パタパタと駆け寄ってくるような足音が聞こえる。


「おかえりな・・・・・・さい」


「やあ、はじめまして。あなたがこの部屋に住まう地縛霊で合っているかな?」


今ここには女性は千鶴1人しかいないはずなのに、左右からそれぞれ別の女性の声が聞こえてくる。


「・・・・・・はい」


「そうか、やはりこの部屋には地縛霊が取り憑いていたようだね。しかし・・・・・・、想像していた以上に美人じゃないか・・・・・・。それに・・・・・・、ふむ、これはどうしたものか」


「私を消しに来たんですか?」


そう尋ねた地縛霊の声は、どこか怯えているようだった。


「まあ最初はそのつもりだったんだけどね。今地縛霊くんとこうして対峙しているだけでも、分かることはある。それはあなたが人に仇をなす存在ではないということ。あなたがこの部屋にとどまってしまっている原因は、おそらく負の感情ではないようだね」


「っ・・・・・・」


千鶴の言うことが正しかったのか、地縛霊が息をのんだような気配が感じられた。


「それに、あなたは通常の霊に比べると感情の機微が非常に大きいようだ。それでいてこの部屋への執着も非常に強い。おそらくあなたは・・・・・・いや、それを私の口から言うのはやぼというものだろう」


千鶴が何を言おうとしているのかは分からなかったが、先ほどからと慌てふためく地縛霊の声が片側から聞こえてくるのが妙に気になってしまう。


「ひとつだけ、地縛霊くんに確認したい。あなたは彼をどうしたいと思っているのかな?」


「私は・・・・・・」


「あなたが憑いているのはこの部屋で間違いないようだけど、彼にも強い執着を抱いているよね。霊の強い執着は時に呪いに転ずることもある。たとえあなた自身に彼に危害を加える意図がなかったとしても・・・・・・だ。さて、あらためて聞こう。あなたは彼をどうしたいと思っているんだい?」


「私は、彼を笑顔にしたいです。たとえ、彼に、私の思いを届けたい・・・・・・です。結果的にそれが彼を傷つけたり怖がらせたりしているなら、この気持ちはただのわがままなんでしょうけど・・・・・・」


少し言いよどむと、地縛霊ははっきりとした口調で答えた。


「それでも私の思いはただ一つです。彼を笑顔にしたい。それだけです」


「そうか、分かった。ではあなたをこの部屋から追い出すことについては、今のところは諦めるとしよう。馬に蹴られても嫌だからね」


千鶴は俺に確認するように尋ねてくる。


「・・・・・・ということなんだけど、君はそれで良いかい?」


俺がうなずくと、千鶴は俺だけに聞こえるよう顔を耳元に近づけて、小声でささやいた。


「君にもあの子の声は届いているんだろう?そして悪い霊じゃ無いことにも気づいているはずだ。なら、たまには返事くらいしてあげたらどうだい?」


そういうや否や、千鶴は顔を離すと大きな声で宣言していった。


「では今日はこの辺で失礼させてもらうよ。地縛霊くん、あなたには負けないからね」


「わ、わたしも負けません」


地縛霊も慌てた様子で返すと、千鶴はからっとした笑い声を響かせながら部屋から出て行った。ガチャリと扉の閉まる音がしたのち、玄関は通夜のような空気が支配していた。

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