第5話 残酷な例え

 現状維持という彼女の心が崩壊するタイミングが有るとすると……それは、多分、ペットの寿命だろう。

 ハムスターというのは、彼女に比べて、あまりに寿命が短い。


「もしも、あなたの飼っているハムスターが亡くなったとしたら……?」


 次の瞬間、目に見えて、フォミィの顔色が変わった。

 というワードは、禁句中の禁句だ。

 そんな残酷な例えを用いるのは、僕としても心が痛まないわけではなかった。

 が、これも、話を進めるにおいて必要な過程なのだと割り切った。


「ハムハムが、亡くなる……?」


 小動物を飼っている以上は、その短い命の終焉を迎える日もだんだん近付いていても当然なのだから、フォミィも覚悟が出来てないわけではないだろう。


 遺伝子を改造し長寿化したペットを取り扱う闇業者もいると聴くが、フォミィがそういった不正なルートから、ハムスターを入手したとは思い難い。


「そのハムスターは、長寿化の施術済みですか?」


「いえ、普通にペットショップから購入した自然種です」


 思った通り、フォミィのハムスターは長寿化されたものではない。

 という事は、それなりの短い寿命しかない。


「でしたら、購入時にハムスターの年齢や平均寿命を尋ねてますよね?」


「ええ、もちろん……」 


「そのハムスターが亡くなった場合、あなたは、すぐにまた新しいハムスターを代わりに購入するつもりですか? クローン申請をされるつもりですか?」


 それには、購入時にクローン申請用の高額な保険に入らなくてはならない。

 多分、ハムスターの代金や全ての餌代を合わせるよりずっと高価なはずだ。

 フォミィは、目元を潤ませながら、首を横に振った。


「いいえ、そのような事は決して致しません! ハムハムの代わりは、他のハムスターでは無理ですから!」


「だとすると、亡くなったハムスターとの思い出を胸に抱いて、ずっと孤独なまま生きていくという事ですか?」


「そうです! でも、私は、孤独ではありません! 私の心の中では、ハムハムと一緒に過ごした楽しい思い出をいつでも蘇らせる事が出来ますから!」


 それほどまでに、ハムスターに一途とは!

 まるで、ハムスターに恋する乙女のようではないか!

 

 小さなペット相手に、そんなのは不自然だ!!

 どう考えても、それだけは譲れない!


 一時的な喪失感が有るくらいなら分かるが、まるで、それじゃあ、亡き夫をいつまでも想い続ける未亡人のようなものだ!


 彼女が、この世に生まれて来たのは、自分の生涯を捧げるくらいのハムスター愛を抱く事が、目的では無かったはずなのに……!

 その事に気付く事も無く、盲目的にハムスターなんかに執着させ続けたら、彼女の人生は壊れてしまう!

 

 この現状打破の為にも、彼女自身の今後の為にも、そこだけは、何とか変革させないと!


 なんだか、俄然、やる気がみなぎって来た!

 よし、こうなったら、ここで本腰を入れて、彼女の生前の目的を蘇らせる事に没頭しよう!

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