第18話 来襲

アトリエに帰還したエルンストさんとユリアさんは憑代の残骸を調査している。

私は二人が研究に没頭できるように家事を一人でこなしていた。

エルンストさんが部屋から出てきた。


「お疲れ様です」


「ありがとう。ユリアはどうだ?」


「同じく部屋に籠っていますね。どうですか、調査の方は?」


「ほとんどの術式が読み解けない。はっきり言って、厳しいって所だな」


突然大きな音がしたので、何事かと音源に目をやると、ユリアさんの部屋の扉が蹴破られ、バラバラになっていた。


「お前、扉の開け方も忘れたのか?」


エルンストさんは早くも呆れモードだ。


「え? 私、何か変な事をした?」


「この野蛮人の再教育方法を誰か教えてくれ」


「野蛮人って私の事? 私の何を見てそんな事を言ってる訳?」


「その足元に落ちている扉だった物を見て言ってるんだよ」


「何これ? これをした人は、あれね。親の教育がなっていないって事ね?」


「顔も名前も知らないけど、親が可哀想」


「何言ってるの? こんな酷い事を防げなかった親が悪いに決まってるじゃない」


「お前、両親の墓場で同じことが言えるのか?」


「私の親、関係ないでしょ?」


「「……」」


流石の私もびっくりだ。


「え? これ私がやったの? さすがのセンスよね? 扉をこんな芸術品にするなんて。流石私」


「取り返せないからね。親に責任を擦り付けようとした事実は」


「あれ? 私、今何の話していたっけ?」


「突然の記憶喪失?」


「必要なこと以外を忘れるために数時間に一度記憶がリセットされるんだよね、私」


「5秒以内にこのアトリエから出てって欲しい。あと、適当な事を言って誤魔化されるほど俺は甘くないからね」


「あ、そうそう。言い忘れていたけど、憑代について」


「忘れずにさっさと喋れ、カス」


「エルンスト? 今私、喋ろうとしていたんだけど? 暴言が酷過ぎて私泣くよ?」


「勝手に泣いてろ。良いから憑代について話せ」


「分かりましたよー。私も魔術で解析を試みたけど、やっぱり無理だった。あれは高位魔人が作ったもので間違いなさそうね」


「ユリアでも解析できなかったか」


「そもそも魔術は魔人の扱う呪詛の劣化版コピーだから、上位版を解析するのは至難の業と言うか、不可能に近いんだよね。一応、私も呪詛の触りだけは学んだことがあるから、読み解いてみたけど、何かの入れ物にしようとしていた事だけは分かった」


「つまり、テレーゼのサイコメトリーは間違いなかったって事だな。時代的には勇者の時代の遺物で間違いないよな?」


「そこに関しては保証するよ。でも、気になる~。魔王軍が何のために、こんなのを作ったのか」


「遺跡に何らかの資料が残っていると良いが、勇者があれほど危険な物を使えるようにできる何かを残していくとは思えん」


「確かに。勇者ももう少し後世の人の事を考えて行動できなかったのかな?」


「ユリアにだけは言われたくないだろうな、勇者も。まあ、勇者が破棄していなくても資料が残っている可能性は絶望的だろうな。ビュアイ遺跡に関しては遺跡自体の荒れ具合が異常だった。あれは最近の出来事と言うよりは昔、戦場になったと言う感じだな。他の遺跡も同じような感じならば、資料が残っている可能性はゼロだな」


「と言う事は唯一の手掛かりはテレーゼのサイコメトリーって事?」


ユリアさんは私を見ながら言う。


「私もサイコメトリーを発現したばかりなので制御ができませんから」


「確かに、テレーゼの習熟度も問題だが、さらに深刻なのはサイコメトリーは何でも読み取れると言う訳じゃないと言う事だな。サイコメトリーは残留魔力に残された思念を読み取れると言うだけ、これだけの時間が経過しているんだ。よほど強い思念、ここまで残っている思念だとしたら、それは怨念だろうな。読み取れたとして、そこまで強力な怨念を読み取った場合の精神的な負担はかなり大きい」


「大丈夫廃人になっても、私が有効活用するから」


ユリアさんがさらりととんでもない事を言い始めた。


「それのどこが大丈夫なのか根拠を示して欲しいんですけど?」


私がそう言うとエルンストさんがありえないと言う表情をして言った。


「お前、テレーゼを殺して、その死体を活用しようとしてないか?」


「廃人になるなら良いでしょ?」


「ガバガバの倫理観に恐怖を感じるんですが?」


エルンストさんが言う。


「でも、死人に口なしって言うでしょ?」


「それは何に対しての反論?」


「全員殺せば、証拠隠滅って事だよ~」


「そうなったら、俺がお前を先に消す」


ユリアさんとエルンストさんが急に玄関の方を向く。


「お二人とも、どうかしましたか?」


「なんか入って来たね、エルンスト。ここのセキュリティどうなってるの?」


「セキュリティに問題はない。だが、少し改善した方が良さそうだ。まあ、奴には効果がないだろうが」


奴?

エルンストさんは既に見当がついているんだろうか?

ユリアさんも侵入者に心当たりがあるようだ。


「うわ、あいつ何しに来たの?」


扉がコンコンと叩かれた。

だが、二人は反応する様子がない。


「良いんですか?」


「ちょっと、テレーゼ静かにしていて。居留守がバレるじゃない」


ユリアさんがシーと口に人差し指を当てながら小声で言う。

まあ、もうバレてると思いますが。

再び、奴と呼ばれた人が扉を軽く叩いた。


「もしもし~。いるの分かってるんだから、早く開けてよ~」


なんか可哀想になってきた。

私は視線を感じて窓に目を向けるとシミュラクラ現象を体現したかのような点が三つあるだけの仮面を付けた人間がこちらを凝視していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る