第8話 判明
上暮地薄荷ではなく、三峠みつ。これは一体どういうことなのだろうか。おそらくはミツトウゲ……そう読む他ないのだろうが、読み方などどうでもいい。身に覚えのない人物が、またもやアプリ上に表示されていることに驚きを隠しきれない僕だった。
「どうしましたの? 酷い顔をしていますわ」
見かねたひばりさんが言った。
「ちょっと、今はあたしが交換するところなんだけど」
「交換……?」
「電話番号だよ。ねえ枢?」
「んなななっ!? この沈黙の間になに抜け駆けしてますのこの女は! 枢くん、今から私の番号を口頭で申し上げますので打ち込んでくださいな! ゼロキュウゼロ――」
「あああ! じゃああたしもっ!」
両サイドから呪文のように聞こえてくる別々の電話番号。ちょっと待って。今本当にそれどころじゃないので……。
とにかくこの三峠みつの四文字から目が離せない。僕はこの人とやり取りをしたことがあるのか? いやないだろう。それなのに上から三番目に名前があるとは何かしらのアクションがあったということ。
――そうか。そういうことなのか?
僕は意を決して三峠の名前をタップする。そしてその疑問は解消された。
確かに、僕と三峠の間には短いやり取りがあったのだ。それは六日前の晩、ハギノでお蔵入りとなった動画の撮影を終え、トロアちゃんから預かったSDカードを確認した後に。
僕は『あなたは誰ですか』といった内容の返信をした。返信をしたということは、先にメッセージを送ってきたのは三峠だった。
『トロアにこれ以上近づくな』
なりすましたのだ。上暮地薄荷を
このアプリは自分の名前を自由に変えることができる。だから本人の名前ではなく、例えばニックネームで利用をする人もいるわけで、これは誰だと混乱することもままある。三峠はそれをした。上暮地薄荷として僕にメッセージを送り、数日経ったところで自分の名前に戻す。それを今僕が見たということだ。
なぜこんな、すぐにバレるようなことをしたのか。三峠の心境は読めないが、これではっきりしたことがある。それは、これは上暮地薄荷本人が送ったメッセージではないということ……いや、それもまた嘘で、更に裏をかいて……ダメだ。考えれば考えるほど疑心暗鬼に陥ってしまう。
……やはり、メッセージを送ろう。
もしこの場に三峠なる人物がいるのだとすれば、僕がメッセージを送った次の瞬間、三峠のスマフォは受信音が鳴る。これで今感じている疑問は解消される。
やるしかない。鳴るのはトロアちゃんのスマフォか。それともモモちゃんのスマフォか。
『あなたは、トロアちゃんの何ですか』
指を震わせながら、やっとのことで打ち込みを終えた。あとは送信ボタンをタップするだけだ。
「あ! 今登録しましたわよね! 私見ましたわ!」
「あたしの番号だったから期待しなくていいよ、ねえ枢?」
両サイドは依然としてうるさい。
「いつ見たのかしら~? あなた、私が言った後に気づいたようじゃありませんの!」
「ずっと見てたし。新倉さんはその爆乳で下が見えないもんね、仕方ない仕方ない」
「キーッ! 言いましたわね~! 確かに見えませんわよ!」
「ちょちょっ……!」
突如として大月先輩に掴みかかったひばりさん。間に座る僕は当然、彼女の暴挙の一番の被害者になるわけで。
「もがががが!」
僕の顔面にひばりさんのバカでかい何かが覆い被さった。ヤバい。生涯で一度も触ったことのない弾力。
「きゃっ! あんたね……枢がパイ死しちゃうでしょ!」
なんですかその恥の多そうな死に方は。
僕というクッションがありながらも、ひばりさんの勢いは止まらなかった。成す術もなく、僕はひばりさんと一緒に大月先輩に倒れ込む形となる。
「枢!」
大月先輩が僕を抱きかかえた感触があった。感触があったのだけれど。
「……」
なんというか、物足りないものがあった。
「枢、いまあんた――」
「も……もが」
「……比べた、でしょ」
「もがっ!?」
な、ななななな何をでしょうか!?
ぴろん
するとこの喧騒の中で、はっきりと聞こえた音があった。
……いま、何かが。
僕は動きを止め、視界を塞いでいるもにゅもにゅとした物体を手で少し押しのけた。
「はぅんっ……! 枢くん、あなた何を!」
ようやくできた隙間から、もう片方の手に持っているスマフォ画面に目をやる。
……ギョッとした。送信することをためらっていたあのメッセージを、今のゴタゴタの中で気づかぬうちに送ってしまっていたのだ。
そして更に目に映る『既読』の文字。
――
「こんなウシみたいなのと比べたってさ……というかここまで大きいのって男の子的にはアリなの?」
「口を開けばセクハラですのこの女は!?」
受信音の直後、僕の送ったメッセージが既読になった。これはつまり、この中に三峠がいると理解して問題ないだろう。
「も……もう離れて下さいっ!」
「んもぅ! 枢くん、もう少し優しく……」
「ウシみたいな鳴き声を上げないでよ!」
僕はやっとのことでこのサンドイッチから脱出。モモちゃんとトロアちゃんの様子はどうなっている。
と。
ぴろん
僕のスマフォが震えた。まさか、こんなに早く?
『あなたこそ、トロアの何?』
スマフォの受信は、やはり三峠からだった。質問を質問で返されてしまった。
スマフォが鳴ったタイミング。そして直後の返信。やはり三峠みつは、モモちゃんだったのだ。
「……あら、あなたは」
僕が画面に目を落としている最中、ひばりさんが何か言った。
「……うげ!」
明らかに怪訝な表情をしてそうなここり先輩の声も。
「奇遇ですわね、三峠さん。お隣に座っていましたのに気づきませんでしたわ」
ざわり、体中が波打ったような気がした。
「――あれ、ひばりちゃんだ。こんな所にいるなんて珍しいね。いつも塾に直行してるのに」
――ああ。あの日の学食で、そして今朝の校舎裏で聞いた張りのある声が。
「たっ、たまには息抜きも必要でしてよ! ……そんなことよりあなた、ビショビショじゃありませんの! 風邪引きますわよ!」
「ついさっきママに迎え来て~って言ったから大丈夫大丈夫」
心配ご無用といった様子でモモちゃん――三峠みつ――は笑ってみせた。
「しかし、面白い集まりだね。みんな知り合いなの?」
モモちゃんはひばりさんに尋ねた。
「う~ん、大体そんなとこですわね」
「なんじゃそりゃ」
「偶然が偶然を呼んだとでも言いましょうか。私にもよくわかりませんわ」
「謎が謎を呼んでるね……と」
三峠は苦笑いすると、ぐい、と僕の方を向いた。まるでタイミングを見計らっていたように。
「――あ! 君は今朝の! 鹿留くん、だっけ?」
わざとらしいったらない。
「あ……あ……」
なんて言っていいのかわからなかった。何せ一分前までこの人とスマフォでやり取りをしていたのだ。
「鳥沢ちゃんといい今といい、いろんな女の子といるんだね」
「みつ! う、うっさい!」
ここり先輩が大月先輩を盾にしながら、顔を真っ赤にして唸っている。
「ありゃ、いたんだ」
「いたし! はやくどっか行っちゃえ!」
しっし! と舌を出してけん制するここり先輩だった。三峠はそんな先輩に意も介さず、
「えーっとー? そしたら鹿留くんはどんな子たちをはべらせているのかなぁ~?」
僕たちを順に、舐め回すように観察を始めた。
「ひばりちゃんでしょ。次に鹿留くん、その隣は……ちょっとわかんないけど」
「む」
大月先輩、怒らないでください。そりゃ知らないですって。
「そしたら鳥沢ちゃんに、最後は……ほらほら、隠れてないで出ておいで――」
三峠は意地の悪そうな笑顔で、両手をワキワキとしながらトロアちゃんに近づいた。すると。
「――え? え?」
三峠の動きがピタ、と止まる。そして止まったかと思ったら今度は小刻みに震えだしたのだ。
「な……なななんで
……あなた様?
三峠は瞬時に後退し、姿勢を正しだした。
「うう……! その呼び方やめなさいって言ってるでしょうが!」
トロアちゃんはついに見つかってしまったとばかりに嘆息すると立ち上がり、大きく息を吸ってこうまくしたてた。
「この……くそばか!」
――なっ!?
「はうぅんっ! ありがとうございますっ!」
三峠はトロアちゃんの罵声に、電流が走ったみたいに痙攣した。
僕以外にくそばか呼ばわりされている人間がいた! そしてそれを言われているのはまさかの恍惚とした表情でいる三峠。
つまり、トロアちゃんと三峠は知り合いだということになる。それもトロアちゃんが自分の素を出せるほどの親密な。
「こうなるに決まってるんだから、見つかりたくなかったのよ……」
がっくりとうなだれるトロアちゃんだった。
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