第6話 夕立

「いや、こんなの聞いてないんだけど……ここり、傘持ってる?」


「ああ……クラックラする……ううん、持ってない」


 トロアちゃんの膝を枕にしながら、苦し気に言うここり先輩。


「そうよねぇ……」


「ゲリラ豪雨ってやつでしょ。すぐ止むと思うよ」


「私もそんな気がしますわ」


 大月先輩に同意するひばりさん。知能指数的にこの二人は意外とウマが合うのかもしれない。


 考えているうちに雨足は更に強さを増す。屋根に叩きつけられる雨粒の音が店内のBGMをかき消すほどのでたらめな雨。辺りはみるみるうちに水浸しになり、しぶきを上げながら突き進む車にちょっとワクワクしたりもした。


 すると大月先輩は外を指さし、


「うわぁ、あの人見て」


「かわいそうに。やっぱり傘持ってなかったんですわね」


 二人が同情するのも無理はない。この雨の中を傘もささずに走っている人がいたのだから。服を着たままシャワーを浴びているようなもので、これには僕もいたたまれない気持ちになってしまう。


「……あ、ダメ」


 トロアちゃん?


「ここり、もうちゃんと座ってっ!」


「ふええ?」


 見ればその人は光城の女子生徒で、申し訳程度に鞄を頭の上に乗せながら、こちらに向かってやってきていた。


「とりあえず雨宿り。賢明な判断だね」


「ですわね」


「……枢、私を隠して」


 ――隠す?


 奥の席で、トロアちゃんがそう囁いたのが聞こえた。


 聞こえたのも束の間、陽気な入店チャイムが鳴る。ようやく安全地帯に到着した女子生徒は息も絶え絶えに、


「ひ~ん! なにこの雨! 下着から靴の中までビショビショなんですけどぉ!」


 ――――。


「どうしよう、ママに迎え頼もうかな」


 その女子生徒の姿をはっきりと視認した瞬間。僕もまた、咄嗟に彼女から背を向けた。


「……ひばりさん、席変わってくれませんか」


「え? どうしたんですの急に」


「なるほど、枢はやっぱり先輩であるあたしの隣じゃないと落ち着かないってことね」


 ふふん、と鼻を鳴らして大月先輩は言った。


「ほら、どいたどいた」


「ああっ、なんですのもう……」


 僕はほぼ無理やりに、ひばりさんと席を変わってもらって事なきを得た。そうしなければ、何かよくないことが起こりそうな気がして。


 それとほぼ同時に、ぴちゃぴちゃという足音が聞こえた。そして椅子を引く音も。


 ……座ったのだ。イートインコーナーに設けられていた六席ある最後の空席に。それはひばりさんの左隣。つまり、ひばりさんを挟んだ向こう側に、その人は腰を下ろした。


 これは、偶然だろうか。いや、間違いなく偶然なんだ。そうでも思い込まなければ、頭がおかしくなってしまいそうだ。


 高嶺の花たちは決まって朝に咲く。その咲き具合を確認するのが楽しみで、僕は毎朝、崖下からこっそり眺めるのが好きだった。


 だが今は朝でもなければ、崖下にいるわけでもない。僕は、高嶺の花園に足を踏み入れてしまったのだ。


 六つの席は右から、


 トロアちゃん。


 ここり先輩。


 大月先輩。


 僕。


 ひばりさん。


 ――そして、モモちゃんが座っていた。

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