第4話 トロアちゃんを囲む会(本人参加)
こうして僕たちはコンビニに立ち寄り、それぞれ思い思いの飲み物を買って、店内の六席あるイートインコーナーに横一列で座った。トロアちゃんは飲むヨーグルト、大月先輩は五百ミリリットルの紙パックレモンティー。僕は例によって缶コーヒーを買った。
椅子に腰を下ろしたところで気づいたが、左に大月先輩、右にトロアちゃんと、挟まれる構図になってしまった。二人の美少女に挟まれ、どうしようもなく気まずい反面、これで大月先輩にトロアちゃんを近くで見られることもないだろうとホッとしたりもしている。
僕は上を見上げ小さくため息をついた。目に入った空模様は、重たげな鼠色の雲が一面に広がっていて、そろそろ雨でも降りそうな感じだ。
「く……うぐ……」
ところでさっきから大月先輩の様子がおかしい。ちらちらとどこかをしきりに気にしているようだ。
「どうかしたんですか」
「いや、別になんでもないけど」
「何を真顔で大ウソついてるんですか。僕の方が気になりますよ」
「大丈夫。ほんとになんでもない」
顔と行動が伴っていないのはこの人の癖なのだろうか。大月先輩は依然として真顔で……後ろを気にしているのか。後ろには……。
僕は先輩の気になっているであろう後方を見る。そしてはっとした。なるほど、そういうことか。
「マンガコーナーですか」
「何を言っているんだ?」
「……顔、真っ赤なんですけど」
大月先輩はマンガコーナーに行きたくて仕方が無くなっていたのだ。しばらく立ち読みはしていないと言っていたから、我慢の限界なんだろうか。
「行ってくれば良いじゃないですか」
「それじゃもったいない。トロア談議に花を咲かせるのが今回コンビニに立ち寄った理由だし」
大月先輩はぐっと自分を押し殺して、前のめりになってトロアちゃんの方を見た。
「ねえねえ、そう言えば名前聞いてなかったと思うんだけど教えてくれる? あたしは大月美小夜って言うんだけど」
僕とトロアちゃんの肩が同時にぴくりと動いた。
その実、僕たち三人(というかトロアちゃんと大月先輩)はコンビニまでの道すがらで既に打ち解けたと言ってよかった。トロアちゃんのどの動画が好きなのかとか、そもそもトロアちゃんのどこが好きなのか、とか軽いジャブのような会話を皮切りにそれぞれの着眼点からトロアちゃんについて語り合った。トロアちゃん本人がそんな話をするのが僕にはたまらなく楽しくて、彼女からすれば罰ゲームとしか思わなかったかもしれないけど、良いトークが出来たように思う。
……ただ、その間僕とトロアちゃんはかなり言葉を選びながら会話をしていたように思う。トロアちゃんの呼称問題だ。
僕はトロアちゃんの名前を知らない。
大月先輩にはトロアちゃんがトロアちゃんであることを知られてはならない。
そして、トロアちゃん自身は僕に名前を教えたくない(と僕が勝手に思っている)から、自分の名前は出せない。
こうした三つの制限が設けられている中での会話は自然と不自然になる。なんとか切り抜けられるのではないかと思っていた僕たちだが、相手はトン高の特進クラスの人間。当然こうなるわけで。
大月先輩はちゅう、と紙パックに差したストローからレモンティーを吸いながら、まじまじとトロアちゃんを見つめている。
何か……何かこの場をうまくやり過ごせるアイディアを出さないと。僕はああでもない、こうでもないと頭を巡らせ始めたが、やがて、
「……観念、するしかないか」
右耳から、ぼそりとそんな言葉が聞こえたのだった。
……え? 言っちゃうの? こんなに簡単に?
「正体がバレるよりはマシだしね」
トロアちゃんは一呼吸置くと大月先輩を一瞥して、自分の名前を口にした。
「――私は上暮地薄荷。ちょっと珍しい苗字に名前だけど、よろしく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます