第2話 校門前の美人
僕がモモちゃんを初めて知ったのは光城に入学して間もない頃。後姿しかわからなかったけど、それでも僕には彼女が麗しき美少女であることを確信していた。それから一カ月して、偶然にも寄る羽目になった学食で運命の出会いが発生。ちょっとしたトラブルによって、モモちゃんの人当たりの良さを垣間見ることができた。そして、ついさっき……。
――こうして振り返ってみると、僕がモモちゃんを知ったのは入学直後だが、モモちゃんが僕を知ったのは、恐らく僕が学食で彼女のきつねうどんを取ってしまった時。
そして、僕の脳内を常にうろついている上暮地薄荷からメールが来たのは、それよりも後――。
そう。僕はモモちゃんと上暮地薄荷は同一人物だと踏んでいる。そうでもないと彼女からあんな言葉は出てこない。
――これ以上トロアに近づくな。
――いつまでトロアと一緒にいるの?
文章と声。表現の仕方こそ違うものの、この二つは同じ感情を含んでいる。
「……嫉妬」
僕がトロアちゃんといることが許せない。どうしてあなたなんかが。そんな意味を感じ取ることができた。
……ちょっと。ちょっと待てよ。
もしモモちゃんが上暮地だとして、彼女が僕とトロアちゃんが一緒に活動していることが許せないのだとしたら、
「――モモちゃんは、根ツイ先輩がトロアちゃんだってことを知っている、ってことじゃないか」
なぜだ。トロアちゃんとモモちゃんに繋がりなんてあるわけ――。
「ねえ、アレ……」
そんなところで僕の耳にちょっとしたざわめきが入ってきた。
「だよね、ウチの制服じゃないよね」
最終六限目の授業が終わり、ああでもないと考え事をしながら鞄に教科書をしまっていた時だった。
クラスメイトの女子二人が何やらひそひそと話をしている。大声で話をしているのであれば全く聞く気にもならないけど、そうも囁きながら話されると嫌でも気になってしまうのが人間というもの。僕は二人の様子を観察してしまう。
見れば二人の視線は外にあった。窓の外に何かあるのか、と僕は帰り支度を済ませ、席を立ちながら同様に外に目をやった。すると。
……は?
「トン高の子かな……彼氏でも待ってそうな感じだよね」
「それにしても可愛すぎない? ウチの高校にあんな子に見合う男子なんていたっけ?」
「絶対モデルとかやってそうだよねぇ。私もあんな風に生まれたかったなぁ」
二人はその人のことを褒めちぎっていた。ちぎりすぎて原型を留めないほどに。
確かにモデルもやっていそうだし、なんなら既に売れっ子のタレントとしてテレビに引っ張りダコなのではないかと思うくらいは別次元の美少女。この僕が不覚にも一緒にベタ褒めしてしまうレベルの女の子が、校門の脇に立っていたのだ。
道行く生徒の百人が百人、彼女に一度は目をやってしまう始末。きっと別の教室からも僕らみたいに彼女に見とれているギャラリーがたくさんいるのだろう。完全にアイドルじゃん。
……ていうか、デニ子じゃん。何してんだろ。
正面玄関に出てみると、デニ子はまだそこにいた。少しずつだけど人だかりが出来ているようにも見えるのは気のせい? まああの容姿である。男がいたって何も不思議じゃない。
ちょっと虫の居所が悪くなりつつも、あの校門を越えなければ家には帰れないので歩くことにする。
ようやくデニ子の顔がはっきりと見える付近まで歩いてきてみると、ちょうど男子生徒に声を掛けられたところだった。すると背後の校舎から見えるすべての窓から、観客よろしく期待を含んだ煽り声をあげる生徒たち。なんだこれ。
「トン高の生徒さんですよね。誰か待ってるんですか?」
「……ん? そう。私が勝手に待ってるの。誰かもわからないんだけど」
デニ子はクールにキメながらメチャクチャなことを言っていた。
「誰かわからないけど待ってるって……だったらオレとどこか行きませんか? そっちの方が有意義だと思うんですけど」
「うん、お構いなく。ほんとお構いなく」
「……あ、はい」
塩よりしょっぱい対応をされた男子生徒は、見るからに肩を落としながら消えていった。そして付近から漏れるため息。対戦ありがとうございました。
デニ子は男子生徒を軽くあしらうと、辺りをきょろきょろと見まわしている。その『誰かもわからない誰か』を探しているのだろう。もはや他人じゃないか。一体何を目印に探しているんだ。
「……あ、いた」
まあいいや。僕とデニ子は登校時にニアミスをするだけの関係。つまり無関係。それより、早く帰ってトロアちゃんに聞いてみたいことが――。
「ね、ねぇそこの……!」
僕は人ごみの脇を、皆さんの邪魔にならぬようすり抜けるようにして歩く。
なんかまた歓声みたいなのが大きくなってる気がする。ネクストチャレンジャーでも登場したんだろうか。勝ち目なんてないだろうに……というかこれは、歓声というよりも。
……困惑?
瞬間、何者かに手首を掴まれた。
「ひえっ!」
な……なになになにっ!?
人ごみの中から突如、白い腕が飛び出したのだ。振りほどこうにも力が強くて無理! 釣られた魚はこんな気分なんだろうか。少なくとも僕から寄っていったわけではないけども。
うわ、だめだこれ。成す術なし。やがて僕は抗うことを諦め、この腕の主が姿を現すのを待つしかなくなった。
逃がすものか。この腕からはそんな強い意志を感じる。
……まさか、モモ――。
不意に思い出してしまった彼女の姿に、僕の血の気はみるみるうちに引いていく。そして。
「……よ、ようっ」
失くしていた財布を見つけたような様子で、デニ子の顔が出てきた。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
逆転満塁サヨナラホームラン。そんな様相を呈した歓声が校舎を取り囲んだ。
「やっぱり、光城の人間だったんだ」
「な……ななななななな」
「待った甲斐があったよ。ねえ、ちょっと顔貸してくれない?」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
うるさい! うるさいうるさいうるさい! 三百六十度からこだまする怒号にも似た歓声と、微笑むデニ子の顔! 意味不明な状況に脳みそがぐしゃぐしゃになってしまう!
「ぼ、僕は帰らないといけないので……!」
「コンビニの近くでしょ? だったら一緒に帰ろうよ」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
公開処刑! 公開処刑にも程があるでしょ!
「ね?」
「………………はい」
断る理由が見つからなかった。
こうして僕とデニ子はほぼ全校生徒に見送られる形で、学校を後にするのだった。
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