第4話 疑惑

 根ツイ先輩は僕が学校に向かう途中に出会う、ちっちゃくて可愛い、そして清楚な女の子だ。


 一方でそんな彼女の正体は、現在人気急上昇中のワオチューバー、トロアちゃん。元気が取り柄の、ワオチューブ活動にひたむきな女の子という顔も持っている。


「ここでこうテロップを入れて……そしたらSEを……」


 ハッパさんとの一悶着を終えて家に帰って来た僕は、今までずっとパソコンとにらめっこをしていた。


 時刻は夜の八時半。僕は動画の編集作業に没頭している。


 トロアチャンネル初の野外ロケから五日。そろそろトロアちゃんに「まぁだ完成しないの? このくそばか!」とかどやされそうな気がして焦っている今日この頃。


 インターネットとか、本屋の立ち読みとかで得た知識を使い、見よう見まねで編集に取り入れる。本当にこんなんでいいのだろうか。


「むむむむ……」


 ……脳みそがぐつぐつと煮えている音がする。ちょっと休憩しよう。


 僕はイスの背もたれに大きく体を預け、体を伸ばした。


 進捗状況はおおよそ八十パーセントで、ようやく完成が見えて来たというところ。あと二日もあればトロアちゃんに完成品を見せられるだろう。しかし動画編集って頭使うんだなぁ。トロアちゃん含め世のワオチューバーさん達には頭が上がらないよ。トロアちゃんの性格だ。編集作業にも一片の妥協を許さないんだろう。


 ただ、トロアちゃんも頭ごなしに僕を急かしているわけではない。僕がこうしてもたもたすることを予想してか、別の動画をストックとして撮影してくれているのだ。本当に良くできた中学生だよ……。


 ハギノで撮影をしてから、そのストック動画は三つアップロードされた。


 最初はデニ子と一緒に見た激辛カップ焼きそばのやつ。二人して動画の勢いに圧倒されたことは記憶に新しい。


 二つ目は一昨日。僕たち学生にとっては必需品、シャーペンのレビュー動画だった。色んな文字を紙に書いて見せてくれるんだけど、可愛らしい字にほっこりとしてしまった。


 そして三つ目はつい先ほど、八時に炭酸ジュースの動画がアップロードされた。強めの炭酸なのか、飲んで喉を通る瞬間にちょっと顔をしかめちゃったりして、これまたほっこり。ついさっき休憩したばっかりじゃないかという指摘はしないように。


 トロアちゃんのワオチューブページをころころと上下にスクロールしながら、これまで投稿された動画たちをなんとなしに眺める。トロアちゃんは四月から活動を始めて、ほぼ二日に一回のペースで動画をアップロードしている。この調子で行くと明日はお休みで、明後日また新しい動画がアップロードされるはずだ。


 ワオチューバーとしてはまだまだ駆け出しのひよっこ。そんな新米ワオチューバーの中ではかなり上位の人気を誇っているトロアちゃん。僕たちが撮影した屋外ロケを皮切りに、徐々に個性溢れる動画を作っていって欲しいなと思っている。いや、僕はファンではなくスタッフなのだから、提案すれば採用されるのではないか。よーし、視聴者に目に物言わせるような企画を思いついてやるぞ。


 僕はニヤニヤとしながら、トロアちゃんが最初に投稿した動画をクリックした。まだ一カ月ちょっとしか経っていないけど、最初の挨拶とか、今見れば所々ぎこちなさを感じる。大人になったなぁ。


 ……そう言えばここ最近は色々と忙しかったせいか、トロアちゃんが動画でおススメしてくれた商品が買えていない。近いうちにまとめて買っちゃおうかな。


 そう思い立った僕はメモを取り出し、買うものをリストアップしようとボールペンを手に取った。一体いつから買っていなかったのか、動画一覧をアップロード順にして確認してみる。


 ……そうだ、あれは確かトロアちゃんが根ツイ先輩――逆か。根ツイ先輩がトロアちゃんだと知った日にアップロードされた、スナック菓子の動画からだ。


 ということは次に焼きそば、シャーペン、ジュース……全部で四つか。思いのほか溜まっちゃったな――。


 どくん。


「――――――――え?」


 突然、心臓が跳ねた。一瞬、何が起きたのか自分でもわからなかったが、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。


 どくん。どくん。


 頭蓋骨の内側がぞわぞわと、気持ちの悪いむず痒さを覚える。瞳に映るのはパソコンの液晶画面、トロアチャンネルの最新動画のサムネイル四つ。


 僕はこの四つの商品ラインナップに見覚えがある。どれも新発売なのだから店頭で見かけることがあるからとか、そんなことではない。あれはそう――。


「――いやでも、ということは」


 今まで錆び付いていた思考の歯車たちが、全て上手く噛み合い、滑らかに回りだした。


 勢いのついた歯車は加速度を付けて更に回転する。


 マウスのホイールを動かす指が、完全に止まっていた。


 ――何のために? どうして?


 次々に立ちはだかる疑問符の壁を次々になぎ倒す。まさかそんな……こんなことがあっていいのか。もしこれが本当だったとしたら、僕はここり先輩にどう説明をする!


「……訊かなきゃ」


 ここで一方通行の推理に頭を巡らせていても埒が明かない。衝動は行動として現れ、自然と体が動きだしていた。


 僕はパソコンからSDカードを引き抜くと、一目散に部屋を飛び出した。


「トロアちゃん……っ」


 嘘であってくれと、心から願いながら。

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