第8話 鬼のいぬ間に

 別に後ろめたいことは何一つない。でもこの気まずさと、彼女から漂ってくる尋常ではない殺気は何なのだろう。


「……」


 僕の蚊の鳴くような言葉に、トロアちゃんから返答はなかった、ただ無言で、僕とデニ子をじっと見つめるのみ。見下ろされていることも相まって、更に恐ろしさが増していた。


「…………」


 トロアちゃんはひとしきり僕たちをねめつけると、踵を返して静かにコンビニへと消えていった。


「――――――はぁっ、はぁっ」


 ほぼ息を止めていた僕は、ようやく酸素を肺に取り込み、生きていることを再確認する。


「うわー、何だったの今のは。すごい顔してたけど」


「……さ、さぁ」


 突然見知らぬ女の子にメンチを切られて、怪訝な表情をするデニ子。


「あなたのカノジョとかじゃないの? それだったらわからなくもないけど」


「えっ!?」


 持っていたスマフォを、危うく落としそうになってしまった。


「だって、仲良く一つのスマフォを見ているところをカノジョが見かけたら、あんな顔もしたくなるでしょうに。ヤキモチってやつ」


 自覚はあったんですか!


 ――って、ヤキモチ? トロアちゃんが僕に? いやそんな馬鹿な……。ないに決まっている。


「人違いでもしてるのかな。でもあの子、買い物したらまた出てきちゃうから、何されるかわからないし、早めにずらかった方がいいかもね」


 デニ子は言うと、すっくと立ち上がる。


 ……またパンツが見えていたことは言わないことにした。


「あたしの秘密がバレちゃったのはアレだけど、とりあえず今日はトロアを教えてくれてありがと。これでちょっとはコンビニ通いも控えられるかも」


 あんなに堂々と立ち読みしてたら秘密も何もないでしょう。


「いや、こちらこそ今日は」


「パンツを見せてくれてありがとうって?」


「ち、ちが……」


「気にしないで。こんなので良かったらま、また見せてあげるから」


 また無理をするデニ子だった。


「それじゃ、これで……」


「うん、それじゃ。あたしんち、あっちの方だから」


 僕は苦笑すると、デニ子に別れを告げる。僕から声でも掛けない限り、また明日からは他人として別々の通学路を歩くことになるのだろう。


 ちょっと寂しいような気もしながら、僕は家に向かって歩き出した。とりあえず、トロアちゃんに何て説明しよう。というかそもそも、彼女は僕の何が気に入らなかったのだろうか。まずはそこを理解しないと。


「――って、あ」


 するとちょっと歩いた所で、何かを思い出したようなデニ子の声が聞こえたので、僕は後ろを振り返る。


「どうかしました?」


 僕は訊くと、


「さっきの子、あたし知ってる」


 神妙な面持ちで、そう言った。

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