第3話 盗み聞き

 椅子取りゲームは、存外簡単にクリアした。


 光城高校の学食は、十人掛けの長いテーブルが幾つも並ぶ、食堂のテンプレートのような見取りだ。こうして見てみると、どこまでが一つのグループなのかがまるでわからない。これはなかなかに苦戦しそうだ。


 さすがに立って食べるわけにもいかず、僕は空いている席を探そうと歩き出す。その矢先に目の前の四人組グループが席を立ってくれたのだ。僕はここぞとばかりにその席に滑り込んだ。ようやくお昼ご飯にありつくことができそうで、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 一生大事にするとは言ったものの、伸び切ったうどんを家にコレクションするほど僕は変態ではない。さて、モモちゃんと交換こしたきつねうどんに舌鼓を打つとしますか。しかしモモちゃん、初めて顔を見たけど僕の目に狂いはなかった。お尻と顔の美しさは比例するのだ。絶対そうだ。


 そんなことを考えながら、僕はうどんを口に運――。


「ごめんなさ~い、ここ、空いてますかぁ?」


「はぇ?」


 見知らぬ二人組の女子生徒に声を掛けられてしまった。


「……あ、はい。どうぞどうぞ」


「ありがとうございま~す」


 状況を飲み込み、僕は快く了承する。やっぱりこういう忙しない場所は好きではない。こうしている間にも席が空くのを今か今かと待っている人がいるんだ。そういう人たちの視線も気になったりして、とてもじゃないけど落ち着くことはできなかった。早々に食べてずらかるとしよう。




 ――十分後、なんだかんだ言って落ち着いてしまっている自分がいた。きつねうどんをツユまでしっかり飲み干すと、満腹感のせいもあってか幾分か緊張が和らぎ、もう少しゆっくりしてみようという気持ちになってくる。意外と順応するスキルはあるのかもしれない。


 そう言えばお昼のフイッターチェックを忘れていた。僕はスマフォを取り出すと、トロアちゃんが呟いていないかを見る。


 ……うん、呟きはなし。昨日が珍しかっただけだ。


「そう言えばさぁ、万引きの話聞いた?」


 ここで、先ほど僕とやり取りをしていた二人組の会話が耳に入ってきた。


 この万引き事件は僕のクラスのみならず、全校生徒中の話題となっていた。僕は二人の会話が気になり、水を飲んだりスマフォを弄ったりしながら、耳をそば立てる。


「スゴイよね~、これで六日連続だっけ?」


「どんだけ神経ず太いんだよって話だよねぇ!」


「このまま何日連続でやるか、予想してみようよ!」


「そうだなぁ、私は――」


 今朝教室に入った時、クラスはその話で持ち切りだった。僕もその時知ったのだが、昨日もハギノで、実に六日連続となる万引きが実行されたらしいのだ。


 興奮状態の小林から聞かされた時、僕はさすがにもうないだろうと思っていた。きっとゴールデンウィークの間、僕のようなどこにも行く予定のない人間が暇潰し程度に行ったものだ。そんなことを考えていた。しかし連休が明けた六日目も、それは当然のように起きた。


「暇つぶしじゃ、ないのか……?」


 犯人の中でこの万引きは暇潰しなどではなく、一日の中で生活にしっかりと組み込まれたルーティーンなのだとしたら、今晩も……。


「――でさぁ、ここりちゃんがやってるって、それマジなの?」


 そうだ。鳥沢ここり先輩は昨日もいたのか。これは一応知っておきたい。


「どうなんだろうね。昨日も見かけたって誰かが言ってたし、光城生の中では最重要人物なんじゃないかな」


 やっぱりいたのか。


 鳥沢先輩、何者なんだ。今すぐにでも訊いて回りたいところだけど、僕にそんなコミュニケーション能力がないことはわかっている。風の噂に頼るしかない。


 ん? というか今、変なこと言ってなかったか?


 ――〝光城生の中〟では?


「トン高にもそれっぽい人がいるんだっけ?」


「そうみたいなの。トン高の友達が言っててさ」


 トン高って、光城東高校か?


「でもトン高って、ウチとはちょっと場所が違うじゃん」


「別に不思議なことじゃないと思うよ。この辺から通ってる人だって普通にいるし」


「あー、言われてみればそうかぁ。で、そのそれっぽい人っていうのは?」


「噂だよ? あくまで噂だから広めないでよ?」


「わかってるよぉ~」


 そう言うあんたが拡散してどうする。


「本当に~?」


「ホント! ホントだから、早く! 昼休み終わっちゃうじゃん!」


「はいはい。ええとね――」


 女子生徒はたっぷりタメを作ると、もう一人の女子生徒を近寄らせ、囁きながらこう言った。


「――大月美小夜みさよって子がね、どうにも怪しいらしいの。知ってる?」

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