第4話 帰り道

 その後は特に何事もなく、時間が過ぎていった。


 六限目の終了を告げるチャイムが鳴るのと同時に、教室内の空気はオンからオフに切り替わる。これから部活に向かう者や帰宅の途に就く者など三々五々、教室を後にしていく。


 僕はもちろん帰宅部。忘れ物がないかをチェックすると、早々に教室を出た。




 時刻は午後三時半を過ぎたところ。まだしばらく日も沈まなそうな通学路を、僕は一人で歩く。


 家に帰ったらやることは決まっていた。ワオチューブの視聴である。


 五限目が終了した時に、僕はいてもたってもいられずスマフォに手を伸ばした。クラスメイトの小林のせいでおあずけを喰らってしまった、トロアちゃんのつぶやきをチェックするためだ。


 どうせ特に変化はないだろうと思いつつ画面を更新してみると、これが意外とそうでもなかった。


『やっほー! 今日あたり動画上げるから、絶対見てよね~!』


 きっと彼女も昼休みだったのだろう。ただ簡潔に一文、そう書かれていた。


 そう。なんと、トロアちゃんがつぶやいていたのだ。


 つぶやいた時間はお昼の一時十五分。なんと、丁度僕が小林に捕まっていた頃だった。おのれ小林……。


 こうして現在に至るわけだが、僕は歩きながら、もう一度トロアちゃんのつぶやきを見返す……どうしてだろう、たったこれだけの文章なのに、ニヤニヤが止まらない。


 トロアちゃんの新しい動画が見られる! こんなの、家に帰った瞬間パソコンの前で正座待機をするしかないでしょう!


 僕の足取りは自然と速くなる。今度は一体どんな内容なんだろう。やっぱり商品レビュー? はたまた初めてのゲーム実況? ああ、楽しみだなぁ。


 そんな妄想に思いを馳せていたところで、目の前の信号が赤になったことに気が付いた。


 ちょっとドキッとして立ち止まると、僕は持っていたスマフォをポケットに入れ、信号が青に変わるのを待つ。歩きスマフォはよくないからね。


 右から左、左から右へと車が流れていく光景を、なんとなしに眺める。郵便物を配達する赤い車や、気だるそうに煙草をふかしながら走る営業マンの車……そうだよな、まだ四時にもなっていないんだ。大人の皆さんはまだ仕事中なわけだ。


 高校生としての定時ダッシュを決めたということもあり、通りを歩いている学生もまだ少なかった。そんな閑散とした通学路を、少々の罪悪感と共に見渡してみる。無意識にモモちゃんやハッパさん、サコちゃんの姿を探してみるが、それらしき姿はなかった。


 ……うん、そろそろ青に変わる頃だろう。さあ、早く家に帰らなければ。トロアちゃんが待っているんだ!


 僕は正面に向き直り、心だけはクラウチングスタートの態勢で信号を待った。

と、ここであるものが僕の目に入った。


 横断歩道を渡ったところにすぐ構える、スーパーハギノ光城店の看板である。


 同時に、小林との会話を思い出してしまった――あのスーパーマーケットで、ゴールデンウィークの五日間、毎日万引きが行われていたのか。


 ここでようやく信号が青になり、僕は歩き出した。


 正直、万引き犯の気持ちなんて理解はしたくないが、確かに小林の言う通り、この万引きは考えれば考えるほどに不思議な事件だと思う。


 なぜ同じ店で毎日、しかも同じ時間帯に万引きは行われたのか。


 考えられる要因の一つは、店の管理体制が緩かったかもしれないということ。


 犯人は初日に万引きを決行して、そのあまりのちょろさ具合に味を占め、それ以降も盗みを繰り返したのではないか。


 しかし、僕の中でこの説は信ぴょう性に欠けるものだった。


 僕は横断歩道を通り過ぎ、件のハギノの前で立ち止まる。


「緩そうには見えないよなぁ」


 ハギノは県下でも有数のシェアを誇るスーパーマーケットだ。家族で出かけると、どこの街へ行っても必ずハギノの看板を見かけるイメージが僕にはある。最近ではいよいよ県外に進出するとかしないとか。とにかく、そんな大手スーパーの管理体制がしっかりしていないとは僕には考えにくかった。


 すると浮上するのが、愉快犯説だ。


 犯人は万引きを繰り返し、店の関係者や近隣住民の関心を惹くことに快感を覚えてしまったというもの。もしそうなのだとしたら、僕たちは犯人の思うツボということになる。 


 なんでそんなことを? やっぱりこういうことをする人間の考えることはわからない。


「……鳥沢先輩、か」


 小林や、他のクラスメイトも口を揃えて言っていたという鳥沢ここり先輩とは、一体どのような人物なのか。ここまで来ると、少しばかり興味が湧いてしまう。


「…………いや、帰ろう」


 僕はハッとして、思考に急ブレーキを掛けた。


 まただ。僕はまた、どうでもいい万引きのことについて考えてしまっている。僕は探偵じゃないんだ。そういうのは他の人に任せればいいだろう。それでそのうち犯人が見つかって、めでたしめでたし。やっぱり僕は、端から様子を窺う観客くらいのポジションが丁度良い。


 僕は小さく息を吐くと、この場を後にしようとした。


 が。


 正面から、歩いてくる女の子がいたのだ。


「あ……」


 それはまさに、今朝の登校時と同じシチュエーション。


 しばらくすると女の子は僕の存在に気が付いたのか、せっかくの美貌が台無しになるほど、顔をしかめていた。


「うげげ……あんたは今朝の……!」


 根ツイ先輩である。

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