第2話 光城高校の朝

 朝の教室は、いつだって忙しない。連休明けは特にそれを感じる。


 終わっていない宿題を見せてほしいと駆けまわる者。


 久しぶりの再会にキャッキャ、ウフフと喜び合う者。


 とにかく色んな会話で溢れているのだ。僕だってその輪に入れるものなら入りたい。


「お、鹿留、久しぶり! 元気してたか!」


「……あ、うん……ぼちぼち」


 僕には人とコミュニケーションを取るという才能が欠如している。普通に人と会話をすることを『才能』とか抜かしている時点で、結構致命的だと自覚もしている。


「なんだよそれぇ! 相変わらずだなぁ!」


「はは……」


 こうしてクラスメイトは僕にきさくに話しかけてくれるが、僕は最低限の返しをすることしかできない。普通はここから会話を広げて、先生が来るまで駄弁っているものなのだろうけど、それが続かない。


 みんなと距離を置きたいわけではない。むしろお近づきになりたいとさえ思っているのに、どうしても言葉が出ないのだ。幸い、クラスメイトのみんなは僕のこの性格を不快には思っていないみたいで、それだけは本当に良かったと思っている。


 僕は話しかけて下さったクラスメイトの男子にぎこちないはにかみ顔を披露しながら、いそいそと自分の席へ向かい、静かに腰を下ろした。


「馬っ鹿だなぁ! そりゃあお前――」


「わ~! すごい良く撮れてるじゃん!」


「今日って一限から数学でしょ? やんなっちゃうよねぇ」


 たくさんの声が四方八方から僕の耳に入る。ああ、楽しそうだなぁ。





 程なくして、始業のチャイムが鳴った。それを合図に、クラスメイト達は別れを惜しむように自分の席へと戻って行く。


 それから一分くらいして、我がクラスの担任がやってきた。クラス委員の起立の掛け声と同時に、全員が席から立ち上がり、朝の挨拶を行う。


「――ん、おはよう。欠席者は……いないな」


 我がクラスの担任、笹子ささご先生は出席簿と教室を照らし合わせながら、満足げに言った。


「連休明けの初日にこうして皆が休むことなく学校に来てくれて、先生は嬉しいぞ。高校生になって初めてのゴールデンウィークはどうだっただろうか」


 しきりに頷きながら、そう続けた。


 笹子先生は、一見お堅そうに見える女教師。しかし、一カ月クラスで先生を見て来た僕は、意外と生徒想いの良い先生なんだな、という印象。じゃなかったら欠席者が一人もいなかったことに対して、こうも感慨深そうにはできないだろう。


「入ったばかりの部活に明け暮れた者、どこかへ出かけた者……思い思いの連休を過ごしたかと思うが、また今日から学校生活が始まる。次の大きな連休は夏休みだ。それまでまた気を引き締めて、勉学に励んで欲しい」


 先生は言いながら出席簿を閉じると、


「――特に、国語はな」


 どこか意地の悪そうな笑みを浮かべながら、そう言った。先生の担当教科は国語だった。


「今日の五限は国語だ。その時に連休中の課題を集めるから、用意しておくように。他の教科の課題は提出しようがしまいが知ったことではないが、国語だけはしっかり頼むぞ」


 結構横暴なことを言っていた。


「……と、まぁ、冗談はこれくらいにしておいて、今朝の連絡事項を伝える」


 冷たくはないけど、いまいち何を考えているのかがわからない。それが笹子先生なのだった。ちなみに年齢は教えてくれない。僕の見立てでは二十代後半くらいだと思う。思う。


 僕たちは連絡事項を淡々と聞いていく。進路希望調査の提出期限、中間テストの日程再確認など、いつものように大したものではないと思っていたのだが。


「――最後だが、どうやらこのところ、光城高校周辺で万引きが多発しているらしい」


 万引き?


 この言葉に、気だるそうに俯いていた生徒たちも、少しばかり反応を示した。


「我が校の生徒ではないと願いたいが、もしそのような現場に遭遇したら、先生に伝えるように。それでは以上。今日も一日元気に行こう。クラス委員、号令を頼む」

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