05 重なり合った心と、







 警報はすぐに取り消された。智希が突き破った皇宮の結界も、既に張り直されている。

 それから簡単に、これまでの状況の説明を受けた。


「3週間?! そんなにたってんの?!」


 事情を聞いて智希は驚愕する。

 あの暗闇の世界で過ごしたのはほんの数時間のつもりだったが、外の世界では3週間もたっていたようだ。


「それで、仮の対を結ぼうとしてたってことか…」


 それなのに割って入ったりして、めちゃめちゃカッコ悪いじゃん俺―――智希は先程の自分の行動を思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。


 智希も、いなくなっていた期間の出来事を説明した。


「なっ……! 暴魔化してもなお生きている子どもだと……!?」

「今は魔族に保護してもらってます。会話もできるし、今のところ危険な様子はない」


 敢えて名前は伏せ、トゥリオール達の反応を探った。


「2人の安全が約束されるなら、連れてくる。そうじゃなきゃ、このまま魔族に匿ってもらう」

「そ、それは……!」


 簡単に判断できる内容ではないことはわかっていた。

 しかしできるだけ早く、2人を迎えに行ってあげたかった。


「……多分、2人だけじゃない。他にもたくさん、がいると思う。助け出せるかは、わからないけど」

「それはまさか、《魔神》の仕業……ということか」

「……恐らく、そうじゃないかと思います」


 トゥリオールの顔が青ざめる。

 ロブルアーノも渋い顔をしたまま、固く結んだ唇をようやく開いた。


「我々で決められることではありませんね。まずは陛下に伝えましょう」

「そうだな。早速陛下のもとへ……」

「待って待って待って!!」


 トゥリオールの言葉を遮ったのは、光莉だった。


「その前に、私! “マナの混和”しなきゃ死んじゃう!!」


 光莉の勢いに周囲の者は若干引いていた。

 …が、智希だけは光莉の考えを察して噴き出してしまった。






 一旦ユエに『念話』し、これからナジュドとの話し合いを行うのでもう少し時間がかかることを伝えた。

 フェルモとカイリは問題なくワーウルフ族のもとで過ごせているようで、安心する。


「ごめんね、早く…行かなきゃいけないのはわかってるんだけど…」

「ううん。何かあったらユエが連絡くれるから大丈夫だよ」


 智希と光莉は“マナの混和”をすると口実をつけ、トゥリオール達に先にナジュドのもとへ向かってもらうよう伝えた。

 広い神殿に、いまは智希と光莉の2人だけが立っている。


「長い間、姿消してたみたいで……ごめん」

「……う、うぅっ……」


 皆が居なくなった途端、光莉は智希に抱き着いて泣き出した。


「もうダメだと思った、ほんとに1人になっちゃったって……もう二度と会え、ない……って……!!」

「ごめん、ほんとに」


 智希の体感的には数時間だったが、光莉は3週間も待っていたのだ。

 どれほど辛く寂しい想いをしたかと思うと、胸が痛む。


 智希が光莉の頭を撫でると、光莉はひくひくと肩を揺らしながら言う。


「……みんな、待ってるから……言うことだけ、言うね」


 光莉の想いは、ひとつだった。

 また離れ離れになったら困るから、智希への返事だけは絶対に済ませたかったのだ。


「待って」


 智希が言うと、光莉は「え?」と顔を上げる。


「もっかい……俺から言わせて」


 光莉の目が、大きく開く。

 “混和”をする時のように向かい合い、智希は光莉の手を取った。


「……ずっと光莉に会いたかった。光莉のことばっか考えてた。

 会いたくて、会いたくて、結界突き破ってきちゃった」

「ぶっ……ふふっ、それやめて? 笑っちゃう」


 光莉は堪えきれず、笑いだしてしまった。

 その笑顔を見て、智希はほっとする。

 やっぱり、光莉には笑っていてほしい。


 智希はひとつ息を吐き、もう一度言った。


「光莉のことが好き。大好きだ。

 この先なにがあっても、ずっと光莉の傍に居たい」


 開戦前のあの時から、想いは変わらない。

 むしろあの時よりも、光莉を想う気持ちは強くなっている。


 光莉はまた泣き出しそうだった。

 大きく育った気持ちがまた膨らんで、胸が破裂しそうだった。


「……私も、待たせて…ごめんね」


 返事をしないままで、きっと智希を苦しめた。

 智希が居なくなって、自分にとって智希がどれほど大切な存在だったのかを、痛感させられた。


「私も……私も、智希が好き。好きで、好きで……苦しいくらい、好きなの」


 言いながら光莉は、涙をうるうると目に溜める。


「もう絶対どこにも行かないで、ここに居て……!

 智希が好き。大好き、大好き……!!」


 言葉の途中から、決壊したように涙が零れ落ちてきた。


「すき……智希が、好き……っ」


 不格好だけど、やっと言えた。やっと。やっと。

 こんなにも好きな人に、好きと言えた。

 嬉しくて、胸が痛くて、止めどなく涙が落ちてくる。


「……良かった」


 智希はそれだけ言って、光莉を強く抱きしめた。

 光莉も智希の背中に手を回し、力を込めた。


 通じ合った大きな想い。

 確信的で、揺るがぬ想い。

 こんなにたしかなものが在るなんて、思いもしなかった。






 数十秒そうして過ごすうちに、光莉の涙は徐々におさまってくる。


「……“混和”、しよっか」

「そう…だな」


 智希も光莉も、魔族のもとで待っている2人のことが気になっていた。

 離れがたかったが、早く“混和”をして皆のもとへ戻らなければならない。


 向かい合って立ち、両手を繋いで爪先を合わせた。

 いつものように智希が額を合わせようとすると、光莉がそれを避けるように少し身を反らせた。


「……智希。今日は……こっちがいいな」


 そう言って光莉は、智希を見つめる。

 光莉の考えを察して、智希は唇を結んだ。


 心臓の音が相手に聞こえそうなほど、大きく高鳴っていた。

 どのタイミングで目を閉じるんだろうと考えていると、光莉が先に目を閉じた。


(ダメだ、考えは一旦手放そう……)


 智希は無心を決め込み、徐々に腰をかがめ光莉に顔を近付ける。


 光莉の長い睫が、涙の雫できらりと光った。

 白い肌も、柔らかな髪の毛も、薄桃色の唇も、光莉の全てが愛おしかった。




 智希は顔を傾け、ようやく、そっと唇を重ねた。




 光莉の柔らかな唇の感触に、智希はきつく目を瞑る。

 そうでもしないと、感情と感覚の渦に飲み込まれそうだった。


 2人の魔力が、強く、大きなうねりのように混ぜ合わされていく。

 なにもかもがひとつになるような感覚に、快感すらあった。


 とうとう気持ちが重なった。

 この先はもっと光莉に触れられるんだと実感し、智希はどうにかなってしまいそうだった。


(好きすぎて、痛い……)


 心地よい胸の痛み。全身を覆う温かな熱。身体の中心が、熱く痛い。


 好き、が溢れて、2人の身体を優しく包み込んでいるようだった。

 光莉の感情が伝わってきた気がして、智希も涙が出そうになるのを必死で堪えた。


 どれくらい、そうしていただろうか。

 “混和”が終わっても、2人はしばらく離れられなかった。

 名残惜しかったが、智希はそっと唇を離した。


 ようやく大きく息をして、肺に空気を取り込んだ。

 お互いの紅潮した頬に気付き、急に恥ずかしさが湧いてくる。


「……やばいな、これ。心臓痛い」

「ほんとだね。でも、嬉しい。幸せ……」


 手を繋いだままで、光莉は智希の胸に身体を預けた。

 智希の心臓の鼓動が聴こえて、光莉はますます智希が愛おしくなった。


「……いかなきゃ」

「……だね」


 そのままの状態で、光莉は智希を見上げる。


「あとでもう1回、しよ」


 上目遣いでそう言った光莉が可愛くて、愛おしくて、智希は再び顔を赤くし掠れた声で「うん」と答えた。









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