06 魔導核
2人は神殿を出て執務室へと向かった。
つい浮ついた気持ちで執務室に入ってしまった智希と光莉だったが、室内の空気は非常に重かった。
「トモキ、心から心配していた。無事に戻ってこられて何よりだ」
「ご心配おかけしました」
ナジュドは智希に労いの言葉をかけたが、心中ではそれどころではない様子だった。
トゥリオール、ロブルアーノの他に新たにアウグスティンも加わって、皆一様に重い空気を醸し出している。
「暴魔化した子ども達とは、普通に会話ができたということか?」
「はい。魔力は強大でしたが制御はできていて、魔法も使えました。
会話もできたし、状況を理解して……泣いてもいました」
智希が答えると、アウグスティンは「そんな暴魔化は見たことがない…」と唸る。
今度は光莉が尋ねる。
「暴魔化は、元に戻すことはできないの?」
「俺が手を貸せばできるだろうって言ってたな」
「え、誰が?」
そういえばその話をしていなかった、と思い、智希は自身が引き込まれた暗闇の世界、そこに居た神らしき少女の話をした。
するとトゥリオールが、難しい顔を更に
「まさかとは思うが……トモキは、神話にある《冥界》に居たのでは……?」
「《冥界》?」
馴染みのない言葉だが、響きからなんとなく死者の世界であることはわかる。
トゥリオールは説明を続ける。
「《冥界》は地下深くで、女神・エレシュキガル様が支配する世界。
神話は神話なので、実在するかなど考えたことも無かったが…」
「あ! そういえばイシュタルも、女神がどうとか言ってた……智希は、普通は生きたまま入れない世界にいるって」
確かにあの時、少女の姿をした女神は言っていた。普通は生きている者は来られないが、門番がなぜか通してしまった、と。
光莉は智希がいない間にイシュタルに会っており、智希の居場所についてもイシュタルから話を聞いていたようだ。
「ヒカリ殿、せめて“イシュタル様”と言ってはいただけぬか…心臓に悪い…」
「あぁ、ごめんごめんロブルアーノさん」
皇級神官のロブルアーノとしては、神が関わる案件についてはやや神経質になるようだ。光莉は素直に謝った。
「じゃあ俺は、エレシュキガル…様と話したってことか」
「し、しかしそうなると《魔神》とエレシュキガル様が手を組んでいると、そういうことか……?!」
トゥリオールに言われ、智希は唇をとがらせる。
「なんか、エレシュキガルの方は《利があるから協力してる》っていう言い方だったけど……
って、今はそれよりも2人の子どもをどうするかが先だ。どうしたらいい?」
だんだん話が逸れてきたので智希が軌道修正すると、ナジュドは真一文字に結んでいた唇をようやく開いた。
「……神ができると言ったのであれば、トモキの助けがあればその子どもたちを人間に戻せるのかもしれんな」
ナジュドの言葉に、智希は身を乗り出す。
「じゃあ……」
「あぁ。2人の暴魔化を解き、救う方法を考えよう」
「っしゃ! ありがとう、ナジュドさん!」
この世界では、暴魔化すれば問答無用で捕えられる。
それを覆し、2人を救う機会を与えてくれたことが有難かった。
「そうだ、リオンとリイナに連絡入れていいですか?
2人の子どものうち1人がカイリ……2人の弟だったんです」
「ほんと!?」「本当か!?」
智希が言うと、光莉とトゥリオールがほぼ同時に反応した。
「なんと……! そうか、カイリは無事で……!!
すぐに2人に連絡を取ろう。もう1人の子どもの名は、聞いているか?」
「はい。フェルモ…ガリエだったかな」
「そ、それは本当か!?」
2人目の名前にも、トゥリオールは驚いた様子で反応する。
続けてロブルアーノが、重苦しく口を開く。
「蔵書の模造品の盗難疑いで捕らえられている神官……フェデーレ・ガリエの息子ですね」
「じゃあやっぱり、蔵書の模造品を盗ませたのは……」
ロブルアーノの言葉に光莉が深刻な様子で言った。
蔵書の模造品の盗難とは? と思いながらも、智希は敢えて聞かずに優先すべきことを進める。
「とりあえず今は、2人を救うことを考えよう」
「あぁ。念のため、フェデーレの警護をさらに強化しよう。フェルモの母親にも連絡を入れる」
智希は族長のユエに、これから向かうと連絡を入れた。
まずは智希と光莉、それにナジュドとロブルアーノがワーウルフ族の住処に向かうことになった。
トゥリオールは2人の家族との連絡のため、アウグスティンは2人を軍基地で保護する準備を整えるため帝都に残った。
「2人は変わりないか」
「あぁ、大丈夫だ」
2人の警護にあたってくれていたのは、研究所に侵入したワーウルフ族のリーダーだった。
「もしかしてトモキは…《冥界》にいたのか?」
「そうみたいだな。《冥界》を知ってるのか?」
リーダーは、声をひそめて言う。
「《冥界》は、《魔界》と───我々の多くが生活する空間と繋がっているんだ」
「え、そうなんだ」
各地に点在する魔族の住処だが、そこは《魔界》とされているようだ。
「ここにも《冥界》への入口が1ヶ所だけある。
通常、《冥界》に入った者は出て来ない。だがここ数十年、妙な者たちの出入りが盛んとなっていて、我々もなるべく近寄らんようにしていた。
出入りしているのは、それこそあの子たちみたいな……人間とも魔族とも亡者とも言えない者たちだ」
意味ありげなリーダーの言い方に、智希は眉をひそめる。
暴魔化した者たちが、《冥界》と《魔界》を頻回に行き来している?
「……ちなみにさ。この《魔界》から地上に行くことももちろん、できるんだよな?」
「あー…まあな」
つまり、暴魔化した者たちが地上に出てくることもできる……いや、もう既に地上と《冥界》を行き来している可能性もあるということだ。
智希の到着を聞き、族長も姿を見せる。ナジュドやロブルアーノも、族長と挨拶を交わす。
「……ろ、ロブルアーノ様に、皇帝陛下まで……!!」
「怖い思いをしましたね、フェルモ。ともかく見つかってよかった」
ロブルアーノとナジュドが来たことに、フェルモはひどく驚いていた。
ロブルアーノとフェルモは顔見知りのようで、ロブルアーノが声をかけ労る。
「まずは『解析』してみよう」
智希と光莉は、フェルモを『解析』する。
「魔力容量、13億6800万……やっぱ爆増してるな」
「『状態異常:暴魔化』ってことは……『浄化』が効くのかな?」
「『心眼』もしてみるか」
智希は気になっていることがあった。
『転移』の時に感じたのだが、フェルモもカイリも異常なほど体温が低かったのだ。
「なんか、黒い塊が……見えるね」
「それは恐らく…
「魔導核?」
ロブルアーノの口からは、初めて聞く単語が出てきた。
「この世界で魔力を有する生き物全てが持っているもの。それを生きたまま取り出したものが魔導石です」
「あの、魔獣の身体から取り出したってやつか……
魔導核はどういう働きをしてるんですか?」
智希の問いに、ロブルアーノは眼鏡をくいっと引き上げながら答える。
「魔導核は、体内の魔力の源。
年齢や経験によって魔導核も成長し、魔力が上昇する。
成長すると徐々に制御が困難となり暴走しやすくなるため、人間は対との“マナの混和”を行うことで魔導核から溢れる魔力を安定化させる。
暴魔化すると、魔導核が正常に機能せず暴走状態となり、本来ならばすぐに自我を失ってしまう」
ロブルアーノの説明に、光莉はぽかんと口を開けている。
「……要するに今のフェルモ達は、魔力の源が暴走してるけど自我は保ってるってことだ。
ロブルアーノさんの魔導核、『心眼』で見てみてもいいですか?」
「えっ。まぁ、構わんが……」
なんとなく光莉の身体を『心眼』で見るのは気が引けて、ロブルアーノの身体を『心眼』で見る。
ロブルアーノの魔導核は濃紺と紺碧の間くらいの色で、ほのかに揺らぐ球体のような見た目だった。
それに対し、フェルモやカイリの魔導核は闇のような漆黒。まるで渦巻く黒炎。魔導核の周囲の魔力は、全身を喰らい尽くさんとする黒い大蛇のようにも見える。
正常な魔導核と、暴魔化した魔導核は明らかに見た目が違うことがわかる。
「ねぇ。フェルモもカイリも、心臓の動きが弱くない?」
「……確かに。動きが遅いかもしれない」
「心拍数って、1分に何回かってことだよね? 40回くらいしか打ってないよ」
「遅いな。普通の心拍数は、1分間に60~100回だ」
光莉はピアノを弾き慣れているので、音楽のテンポと比較して気付いたのだろう。
「今まで、暴魔化した人を『浄化』した例ってありますか?」
「皇級魔導師が行うレベル───不完全な『浄化』を行った記録しか無く、神級魔法での『浄化』は行ったことがありません」
「まずやってみるのは、『浄化』かな」
同時に、トゥリオールから「家族らと連絡がついた」と連絡が来た。アウグスティンからも、「軍基地での受け入れ準備が整った」と連絡が来た。
ユエや他のワーウルフ族にお礼を言い、一行は帝都の軍基地へと転移する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます