04 仮の対







 ◆◆◆


「面白い男だったな。なぁ、コウ」


 召喚者の痕跡を、深緑の蝶が羽ばたきでかき消す。

 その様を見ながら、少女は独り言のように言った。

 門番のコウは当然、表情ひとつ変えず立っている。


「アタシのしてることが気に食わねぇっつーんだろ。

 仕方ねぇよ。アタシにはしか居場所がねぇんだ」


 少女はここを出ることを許されていない。

 少女がいなくなれば亡者の行き場がなくなり、地上に亡者が溢れかえってしまう。


 そんな事情など少女にとってはどうでも良かった。

 ここから出られない以上はここで快適に過ごしたい。そのために《魔神》に協力したまでのこと。


「そんなに心配なら、地上に戻りゃいいんだよ。

 お前まだ永劫回帰リインカーネーション、大事にとってあるんだろ?」


 コウはじとりと少女を睨む。

 ……実際はコウは身動きひとつしていないが、少女にはそう見えていた。


「アタシは大丈夫だよ。

 今までずっと1人でやってきたんだ。

 お前が居なくなりゃ、代わりの門番を見つけるだけのことさ」


 深緑の蝶は仕事を終え、再び止まり木で羽根を休める。

 色とりどりの蝶たちは、時々枝を変えながら羽ばたいては止まり、舞っては止まりを繰り返す。

 少女はその様子を、愛しいものを見るかのような目で眺めていた。










 ◆◆◆


 さて、どうしたものか。

 フェルモの『転移』が成功し、智希らはなんとかあの暗闇から脱出できたが、この先のことは考えていなかった。


「フェルモ、大丈夫か?」

「大丈夫です」


 ここは地上の、どこかの森の中。

 フェルモには、人が絶対に来ないような場所に転移するよう伝えていた。

 智希は、周囲を『探知』する。人も魔物も、近くにはいないようだ。


 本当なら光莉のもとへすっ飛んでいきたい気持ちだが、まずはこの暴魔化した少年2人をなんとかしなければならない。


(下手に皇宮に近付いたら、この2人がどうなるかわかんないし…)


 通常、暴魔化した者は無条件に捕らえられ幽閉されるという話だった。

 フェルモはカイリを抱きかかえ、不安げに智希を見つめている。

 その姿を見て、智希は覚悟を決めた。


「フェルモ、落ち着いて聞いてくれ。

 フェルモとカイリは、恐らく暴魔化している」

「やっぱり……そうなん、ですね」


 フェルモは既に勘付いていたようだ。

 また、うるうると瞳に涙を浮かべた。その表情を見て、智希も胸が痛む。


「……大丈夫だよ。戻る方法は必ず見つける。心配するな」

「…………わかりました」


 フェルモは鼻をすすりながら頷き、服の袖で涙を拭った。


「暴魔化している状態で、下手に人間に近付くのは危険だ。どんな態度を取られるかわからない」

「……はい」

「だから、俺が信頼している魔族の族長に掛け合って、2人を預かってもらえないか聞いてみようと思う」

「魔族……ですか」


 フェルモは魔族という言葉に驚いたようで、青白い顔をますます青くさせて言う。


「大丈夫だ。俺が使役している魔族だし、族長はナジュドさん…皇帝陛下とも話をしている。信頼できる魔族だ。

 2人を預けたら、トゥリオールさん達に状況を説明して、それから必ず2人を迎えに行く。それまでカイリと一緒に待っててほしい」


 きっと不安ではち切れそうな気持ちだろう。

 …にも関わらずフェルモは震える声で、「わかりました。2人で待っています」と答えた。


「偉いな、フェルモは。ありがとう」


 智希は『念話』で、使役しているワーウルフ族の族長・ユエに連絡を取った。

 事情を説明するとユエからは、フェルモとカイリを預かると返答があった。


 早速3人でワーウルフ族の住処に『転移』した。


「トモキおにいちゃん!」

「ゆき! 久しぶり、元気だったか」


 智希が姿を見せると、狼少女のゆきが智希に飛び付いてくる。


 しばらく研究所保有の医療施設で検査を受けていたゆきだったが、無事ワーウルフ族のもとへと身柄が解放されたようだ。


「トモキ、無事だったのか。

 ヒカリもひどく心配してお前を捜していたぞ」

「え、そんなに?」


 ユエに言われ、智希は首を傾げる。

 確かに突然姿を消してしまったが、たった数時間姿を消したくらいでユエにまで話が行っているとは思わなかった。


 2人は住処の一角にて保護してもらうことになった。智希が結界を張り、ワーウルフ族も警護にあたってくれることとなった。







「よし、対の『追跡』で…」


 2人とワーウルフ族に一旦別れを告げ、対の魔法で光莉のもとへ転移しようとする。

 …が、なぜか転移できない。

 魔法は問題なく使えているが、まるで結界かなにかに阻まれているかのように。


 もしかして、皇宮の中に居るのかもしれない。

 そう思ってももう、智希は我慢の限界だった。

 とにかく、早く、光莉に会いたかった。


「くそ~~~……!!!

 オラぁあ~~~~、もう結界突き破って……いけよ!!!!」


 もはやごり押しの様相で、智希は光莉のもとへと転移した。







 ◆◆◆


 その後も結局なんの手掛かりも得られず、光莉は悶々と日々を過ごしていた。


 イシュタルとシャマシュのおかげで、智希が生きているということだけは信じられるようになった。

 それでも、いつ戻ってくるかわからないまま過ごす毎日は酷く重たく、一秒一秒が永遠のように長く感じられた。


 そしてとうとう2週間がたってしまった。

 光莉は、心底虚ろな気持ちで神殿へとやってきた。


「ヒカリ殿。“仮”は“仮”です。トモキ殿が戻ってこられたら、また結び直せば良い。いいですね?」


 ロブルアーノは、光莉を気遣いながら言った。


 光莉の仮の対の相手として選ばれたのは、光莉たちが初めて『治癒』で命を救った軍人だった。

 重度の火傷により回復の見込みがなかったため、彼の対の相手は結びを一旦解除していた。

 …が、結果的に2人が軍人の命を救った。 


 命を救ってくれた召喚者様の役に立てるならと、今回光莉の仮の対の相手を申し出てくれたのだ。


「きっとトモキ様も戻ってきます。それまで、辛抱しましょう」

「……ありがとう、ございます」


 軍人は光莉の心情をよく理解していた。

 事前に、対の適合は確認されていた。光莉は目を潤ませながら、軍人の手を取った。


 なんだかいまこの瞬間になって、突然智希の気配を感じる。

 それはもう自分の期待からくる幻想、幻覚のようなものだと光莉は半ば諦めていた。


「では、祈りの言葉を」


 2人が魔法陣の中に立つと、ロブルアーノが控えめに言った。


 軍人と爪先を合わせ、手を取り合った。

 祈りの言葉を思い出しながら、額を当て―――




「え、光莉?」




 聞き慣れた声は、すぐ真横で聞こえた。

 瞬間、心臓が止まりそうになった。


「とも……き……?」


 光莉の言葉を待たず、智希は勢いよく立ち上がった。


 そして、慌てた様子で軍人と光莉の間に割って入った。


「光莉は、ダメです。俺の対だから」


 わけのわからないことを口走ってしまった、と智希はすぐに自覚した。

 瞬間的に、光莉をとられる、と感じてしまったのだ。


 だがその不安は、一瞬のうちにかき消される。


「智希っっ……!!!!!」


 光莉は智希に抱き着いた。智希はバランスを崩し、軍人を避けながら床にへたりこむ。


「智希、智希、智希、智希!!!!!!

 どこ行ってたの、もう、もう……もう帰ってこないと、思っ……う、ぅ、うわぁ~~~~~ん………!!!」

「ひ、光莉、落ち着いて…」


 光莉はわんわん泣きながら、しがみつくように智希を抱き締めた。


 智希は状況が理解できない。

 ほんの数時間、姿を消しただけでこんなに感激されるなんて。


「トモキが戻った! トモキが戻ったぞ!! すぐに陛下に報告を……」


 トゥリオールも踊り出しそうなほど喜んでいる。

 しかし、突然鳴り響いたけたたましいサイレンの音に言葉をかき消される。


『警報。警報。転移による侵入者あり。場所は神殿周辺。繰り返す……』


 その場にいる全員に緊張感が走るが、「神殿」というワードに首を傾げる。

 智希だけが、はっと息を呑んだ。


「あ! すみません俺、皇宮の結界突き破っちゃったかも……」


 『転移』で結界を突き破るなど前代未聞、とでも言いたげなトゥリオールとロブルアーノの目が痛かった。






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