05 不完全な対の結び
善は急げとばかりにそのまま旧帝都に向かうことになり、精霊王、ナジュド、トゥリオール、智希の4人で旧帝都に赴いた(ロブルアーノは気絶したまま寝込んでしまった)。
光莉も午後になり目を覚ましたようだが、今日は傷病者の『治療』にあたると『念話』で連絡があり、智希とは別行動をとることになった。
「こんな急に行っちゃって大丈夫なもんなんですか…?」
「大丈夫でしょう。
神々は我々が向かっていることを既にわかっていますから、嫌なら招き入れないだけのことです」
精霊王は神々との親交が深いのか、わかりきったことのように言う。
旧帝都の砂漠、地域としてはウルクという場所に神々の棲み家はあるらしい。
「この辺りには何度も調査に入っているが…」
「ここに神々の棲み家が在るとわかっている者しか入れないのですよ」
トゥリオールが言うと、精霊王はひらりと笑って答える。
一行は『魔素耐性』を張り、恐る恐る精霊王についていく。
「こんばんは、来ましたよー」
フランクな挨拶をしながら精霊王が足を踏み入れたのは、一見ただの遺跡のようだった。
しかしそのまま進むと結界の中に入ったような感覚があり、目前に広がる景色に3人は言葉を失う。
「これも、魔法…?」
「でしょうね」
困惑した智希の呟きに、精霊王は事も無げに答える。
砂漠に浮かぶ湖はまるで高級ホテルのプールのように青々と広がり、周囲には大きく育ったヤシの木が何本も生えている。
結界の外の茹だるような暑さも乾燥もなく、気温も湿度も快適だ。
「ラウフ、あんた無事だったのね」
突然、どこからか声が聞こえた。甘ったるく熟れたようなその声に、智希は思わず背筋がぞくりとなる。
眩い光を発しながら、頭上からその女性は降りてきた。
白と金で彩られた煌びやかな衣装をまとい、その黒髪は艶やかに揺蕩っている。
「ええ、なんとか無事でしたよ」
「この坊やが召喚者ね。可愛いじゃない」
ラウフというのは精霊王の名なのか、精霊王が返答すると女性は踊るように笑った。
「金星の女神、イシュタル様です。
愛欲の女神でもあるので、3人とも気を付けてくださいね」
この女性が、イシュタル。 ギルガメシュに魔法を伝えた人物。
「余計なこと言うと、ウルグラに襲わせるわよ」
「え、わ、うわっ」
イシュタルがパチンと指を鳴らすと、智希のすぐ横に大きなライオンが現れた。驚いて智希は2,3歩下がる。
ウルグラと呼ばれたライオンは短くひと唸りしただけで、甘えるようにイシュタルに擦り寄った。
「イシュタル。数千年ぶりの人間の訪問者をあまり虐めるなよ」
今度は、男性の声。やはり姿が見えず、智希とトゥリオール、ナジュドはきょろきょろと辺りを見回す。
すると目の前の湖からザブンと水飛沫をあげ、燃えるような赤毛の男性が身を乗り出してきた。
「シャマシュ様は今日も遊泳ですか」
「夏は泳いで過ごすのが一番だよ。太陽神って言っても、暑いのは好きじゃないんだ」
湖から上半身だけ身体を出したこの赤毛の男性が、太陽神シャマシュらしい。精霊王の言葉に、ケラケラと笑いながら答える。
「人間たちが何の用? 立ち退きなんて絶対にしないわよ」
「4000年かけて住み心地よくしたからなぁ…この地に愛着もあるし」
イシュタルとシャマシュは、不満げな表情で口々に言う。
どうやらこちらの狙いはすべて、既に理解してくれているようだ。
砂丘と地平線の向こうに沈む夕日を浴びながら2人の神と行われた話し合いは、平行線だった。
2人は立ち退きなんて絶対にしないとの一点張りで、こちらも神様に対して強く出ることはできず何か方法はないかと頭を抱えていた。
「それにしてもこの
「頬っぺたがとろけ落ちそうだよ……!」
神饌、とは神様への貢物のことを言うらしい。
2人の神の好みを聞き出し、おにぎりや牛丼、ボルシチ、クッキー等を『生成』した。当然、媚びを売る目的だ。
神からは「我々だけ飲んでもつまらん」と酒が振る舞われた。
智希は一度断ったが、イシュタルから「神からの賜り物を断る人間など居るものか?」と圧をかけられ、仕方なくちびちびと葡萄酒を口に運んでいた。
「ギルガメシュの作るものもいつも美味しかったわね~」
「特にメロンパン!あれは最高傑作だったな」
突然出てきた初代皇帝の名前と日本特有のパンの名称に、智希は目をパチパチさせながら言う。
「そうか、2人は…初代皇帝に魔法を伝えたんでしたっけ」
「えぇ。あの子と私達は幼馴染みたいなものだから」
「お、幼馴染…?」
イシュタルの言葉に、トゥリオールはむせながら聞き返した。
「よく神殿でかくれんぼしたわよね!」
「オセロも楽しかったよな。ギルガメシュが遊び方を教えてくれたんだ」
そのままイシュタルとシャマシュは、思い出話に花を咲かせる。
人間と会話をするのは初代皇帝が亡くなって以来実に4000年ぶりとのことで、2人の神は少し浮かれているような様子も見られた。
「あんたはギルガメシュと同じ世界から来たんでしょう?」
「あ…はい、そうです。たぶん」
「「え!?」」
イシュタルの問いに智希が頷くと、ナジュドとトゥリオールは驚いた様子で聞き返した。
「すみません、言いそびれてて…。
たぶん初代皇帝は、俺たちと同じ世界から来た…転生者なんじゃないかなと思います」
「そ、そんな大事なことはすぐに言ってくれ……!!」
「ご、ごめんなさい…」
トゥリオールは目を真ん丸に見開いて、困っているような怒っているような表情を向けてきた。
「ははは、まぁそうなんじゃないかとは思っていたよ。それなら色々と合点がいく」
「へ、陛下がそうやって甘やかすからですねぇ……!」
ナジュドがケラケラと笑うので、トゥリオールは益々困惑した様子で言った。
人間たちの会話を聞きながら、イシュタルはフンと鼻を鳴らす。
「またあんたが美味しい神饌を用意してくれるなら、少しくらいここを離れてもいいけどね」
イシュタルはよほどα地球の食事が好きらしい。だが、シャマシュはいまいち乗り気ではないようだ。
「しかしなぁ。ずっと天界にいるのも息が詰まるぜ?」
「問題はそこよね……天界はほんとうざったい神ばっかでイライラしちゃうのよね……」
天界というのがどんなところかはわからないが、イシュタルとシャマシュにとってはこの地が丁度良い逃げ場にもなっているようだ。
「どうしたものか…。この魔素量は魔族らには良くとも、人間には害悪となる量だろうからなぁ……」
トゥリオールがうーんと唸ると、精霊王は首を傾げて言う。
「そもそも、魔素が漏れなきゃいいんでしょう? 結界を張ればいいんじゃないですか?」
精霊王の言葉に、人間たちは一瞬押し黙る。
「……そうか。この空間にだけ結界を張って、魔素が漏れないようにすれば……」
確かに、原理としては可能だろう。
今もこのオアシスに結界は張られているが、神の創造した特殊な結界のようで魔素の漏れを防ぐ効果はないようだ。
「魔素が漏れないような結界を張ることが可能なのか?」
「可能は可能ですが……」
通常の結界では、魔素の漏れを封じることはできない。
智希はその手順を、思案する。
魔素を封じるような結界はないため、『魔法創造』しなければならない。且つこの地にその結界を張り続けるとなると、『魔法陣創造』した上で魔導師が魔法を発動し続けるか、魔導石の魔力を使って魔導装置を造る必要がある。だが、神の張っている結界の外は灼熱の砂漠だ。そんなところで魔素を封じる結界を張り続けるためには……
プスプスと脳がショートしそうになり、一旦思考を手放した。
「ちょっと大掛かりすぎて……自信ありません……」
「そうか……」
原理としては可能だが、その仕組みをどう作りどう維持するかが問題だった。
「お2人が結界を張ってあげればいいじゃないですか」
「え~、いいけど条件付けるわよ」
精霊王の提案に、イシュタルはニヤニヤと笑いながら言う。
「朝昼晩3食+おやつ2回、毎日欠かさず
「…………」
イシュタルは本当にα地球の食事が好みらしい。
意外と食いしん坊なんだなぁと、智希は内心で思う。
「……食いしん坊だなって思ったわね?」
「お、思ってません」
バレた、と思いかぶりを振るが、きっとそれも見抜かれているんだろう。
「俺がいなくなったら、お供えもできなくなりますけど…」
「あんたが生きてるうちに料理人を育てなさい。供物が止まったら結界を解くわ」
それはそれで賭けだなぁと思い、智希はすぐに返事ができなかった。
「イシュタル……お前意地が悪いな」
「だったらシャマシュがやりなさいよ」
「俺はちょいちょい天界に呼ばれるから、ずっと結界張るのは荷が重いなぁ」
「じゃあ口出さないでよね」
双子というだけあって、イシュタルとシャマシュは遠慮のない様子で言い合う。
ひとまずお試しで、毎日の供物の用意を交換条件にイシュタルに結界を張ってみてもらうことになった。
供物は皇宮神殿の祭壇に用意すれば良いとのことだった。
智希のTO DOリストに、「α地球の料理を作れる職人を育てること」が加わった。
「あんた……トモキっていったかしら」
ナジュドによる臣民へのスピーチの時間が迫っていたので、一旦新帝都に戻ることになった。
帰り際、イシュタルに声をかけられる。
「はい。天野智希です」
「
「…朝倉光莉です」
なぜわざわざそんなことを聞くんだろうと思いながら智希が答えると、イシュタルは智希を指さして言う。
「あんた達まだ、対の結びが完全じゃないわね」
「え?」
イシュタルの思わぬ言葉に、智希は驚いて聞き返す。
後ろでシャマシュも腕を組み、小さくうんうんと頷いている。
「今度来るときは対の相手も連れてきなさいよ」
「は、はい」
対の結びが完全じゃない、とは一体どういうことなのか。
ナジュドもトゥリオールもその意味がわからない様子だったが、イシュタルはそれ以上は何も言わなかった。
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