06 避けられてる








 新帝都に戻るとすぐに、ナジュドから臣民に向けてのスピーチが始まった。


「―――歴史上もっとも運命的な今日のこの日、尊き民に言葉を贈ることができる奇跡に感謝している」


 開戦時と同様に、『投影』の魔法陣により臣民はナジュドの言葉を聞いている。

 智希とトゥリオールは、ナジュドがスピーチを行っている執務室で一緒にその様子を見守った。


「ラティア神が召喚し賜った勇気ある2人の若者が、3500年にも及ぶ戦いに終止符を打った。

 長きに渡る戦いは、多くの臣民、そして多くの魔族に深い悲しみをもたらした」


 今回は同時に、魔族たちにもスピーチが聞けるようにしているらしい。

 交渉に時間がかかりまだ監獄にいる魔族にも、スピーチが聞ける環境を整えたようだ。


「我々はようやく、魔族との対話の機会を得た。

 対話の中で“災厄の8年”は、我々の祖先である人間が魔族を殺戮した歴史が発端であることが明らかとなった。

 私は、祖先の過ちを悔いている。力を振りかざし罪なき魔族を蹂躙したことは許されざる醜行しゅうこうである」


 戦闘の終結から今日までの間に、さくらへの聴取で得られた情報の一部は新聞などを通じて既に臣民に公開されている。

 この戦いのそもそもの発端として人間からの魔族への攻撃があったことも、戦闘の主導者は捕えたが主導者を操った者がいることも。


「我々は暗闇の中にいた。

 この世界に生きるたった2つの種族は、未来永劫争い続ける運命なのだと思い込んでいた」


 ナジュドはそこでひとつ、息をついた。


「ラティア神の賜った気高き召喚者たちは言った。

 『争うことではなにも生まれない』『誰も幸せにはなれない』『共に生きる道を探るべきだ』と。


 当初はそんなものは机上の空論だと思われた。しかし2人は、魔族との対話を諦めなかった。戦いの最中さなかにも共に生きる道を切り開こうと、魔族に語りかけ、そして魔族の心をも動かしてきた」


 智希はむず痒く、居心地の悪い思いだった。

 それを察したのか、トゥリオールが隣に立つ智希を肘でグイグイと押した。


「彼らはこの世界の住人ではない。

 だが、その強大な力を私利私欲のために使うことは一切なく、全てをこの世界の平和と安寧のために使い続けてくれている。


 我々も立ち上がる時が来た。姿の見えぬ敵はまだ存在しており、試練は続いている。

 今こそ、今こそ世界はひとつとならねばならん!」


 ナジュドが語気を強め、拳を握る。


「我々の忠義と献身を、神も見守ってくださっている。

 親愛なる臣民たちよ。そして新たに仲間に加わる魔族たちよ。

 共に、共にこの世界の秩序と平和を目指していこう!!」


 ナジュドの言葉に、皇宮の外から大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 この世界にとって間違いなく今日は、新たな歴史の始まりの日となったことだろう。








『光莉、どこにいる? そろそろ“混和”した方が良さそうだけど』


 ナジュドのスピーチが終わり『念話』で光莉に呼びかけると、数秒たって光莉から返答がある。


『……ちょっと立て込んでて。今日は“遠隔混和”でもいい?』

『え、うん。わかった』


 言葉少なに光莉はそう言って、そのまま“マナの遠隔混和”が始まった。


(なんか……避けられてる……?)


 うっすらと感じた違和感を振り払い、一言二言交わして『念話』を終えた。







 それからの数日間も、魔導師たちは復興支援に追われていた。

 ロブルアーノは倒れたあと無事に意識を取り戻したが、ナジュドのスピーチを聴けなかったこと、そして崇敬していた神々が天界ではなく地上に居たことで、魂が抜かれたように元気をなくしていた。

 その辺りの感情は、智希にはよく理解できないものだった。


 智希はその後も魔族との交渉にあたり、同時にイシュタルへの供物の『生成』と供物のレシピ作成を進めていた。

 そして光莉は引き続き『治癒』を行い、復興支援のため被災地を駆け回っている…らしかった。


「……完全に避けられてるな、これは」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでも……」


 思わず零れた独り言をトゥリオールに聞かれ、智希は適当に誤魔化す。

 この数日、光莉とは最低限の連絡と“遠隔混和”を行うのみで、顔を合わせることはなかった。


(別行動って確かに効率的だけど……もうこれはダメかもしれんな……)


 勢いあまって告白してしまったことを、智希は若干後悔しつつあった。

 自分は言えて良かったと思っていたが、結局光莉にいらぬ負担をかけることになってしまったんじゃないか、と。


 しかし智希は悩んでいる暇などなかった。

 魔族の族長たちとの交渉は、順調とは言い難かったからだ。


「だって人間って何言ってるかわかんないし…」

「人間と関わっても良いことなんてない」

「戦うのを辞めれば我々に価値など無い!!」


 ……族長たちにはそれぞれ、言い分があった。それをひとつひとつ片付けていくしかなかった。







 言語の問題に関しては、『翻訳』魔法を『魔法陣生成』し、翻訳用の魔導具を作成することになった。これで、もっと容易に魔族と人間との疎通がとれるようになる。


 人間との関わりに拒否的なイエティ族は、氷の大地など人間がほとんど住まわない地域に住んでいる。そのため、そもそも人間との関わりは必要ないと話す。

 それは、ドワーフ族やセイレーン族も同じだった。


 それぞれの種族の意向に理解を示しつつ、なにか不便に思っていることはないか、と問うてみる。


「毛が絡まるのでいつも解くのが大変」

「戦ってないと筋力が落ちる」

「好きで歌ってるだけなのに、勝手に船乗りたちが寄ってくる」


 …それぞれ、深刻な悩みだった。


 長毛が絡まるイエティ族には、人間が作ったペット用のグルーミングブラシとリンス代わりのオイルを贈った。定期購入したければ、住処である天然の冷蔵庫を使った商売などで稼ぐ方法を教えると伝えた。


 筋力低下を気にするドワーフ族には、自家製プロテインの作り方を教えた。

 プロテインは運動直後に摂取すること、空腹時の運動は避けること、鍛えたい筋肉ごとのトレーニング方法、適切な負荷量の設定……等を細かく教えた。

 もっと色々知りたければ、同盟を組み智希に筋トレ指南を依頼するよう伝えた。


 歌を聴く人を無制限に魅惑してしまうセイレーン族には、初代皇帝が残した『人を魅惑しない魔法』を教えた。また、人間の世界には美容に関する製品がたくさんあること、音楽の発展していない人間世界ではきっと売れっ子歌手になれることを伝えた。







 そして、あくまで戦い続けたいと話すのはオーク族とケンタウロス族だった。強さこそ正義だと言う。

 智希は2種族の意向を確認する。


「戦うってのは、暴力ってことか?」

「暴力には限らん。勝負により強さを証明し続けたいだけのことだ」


 ケンタウロス族の族長の言葉に、オーク族の族長もうんうんと頷く。


「つまり、勝負ならなんでもいいってことだな」


 智希はケンタウロス族とオーク族を、拓けた場所に集めた。地面に線を引き、道具を取り揃えて言う。


「よし、野球するぞ」


 有り余る衝動は、スポーツで晴らせばいい。

 智希はそれぞれの種族にルールを教え、『生成』したバットやグローブ、ヘルメット等を与えた。


 足の速いケンタウロス族相手では不利だろうと、智希はオーク族に加わった。

 以下、試合展開は読み飛ばして頂いても全く問題はない。


 試合は接戦となった。ケンタウロス族の見事なバットコントロールにオーク族の剛腕打線。打ち合いとなった試合は、31対30でケンタウロス族がリード。9回裏二死満塁で回ってきたのは4番に据えられたオーク族の族長。3ボール2ストライクと追い込まれたが、6球目、ケンタウロス族の族長が放つ剛速球を完全に捉え、打球は大きな放物線を描き場外の森の中へ落ちた。満塁サヨナラホームランだ。

 オーク族は沸いた。ケンタウロス族はその場に崩れ落ちた。智希もオーク族のハイタッチや胴上げに混じり、喜びを分かち合う。


(何やってんだろう俺……)


 はたしてこれは異世界ファンタジーなのだろうか、と思ったが、結局オーク族とケンタウロス族とは無事に同盟を結ぶことができた。







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