07 逃げちゃダメだ
◆◆◆
その頃光莉は、エリアルやリイナと共に被災地の復興支援にあたっていた。
とはいえ、光莉は土魔法が使えないため建物の修繕などには加わらず、炊き出しや物品の補充などの手伝いが中心で、魔法を使う機会はあまりなかった。
やはり魔法があるからか、建物の復旧は驚くほど早かった。
一般市民の住宅や店舗の復旧は終わり、今は魔導師たちの住宅の復旧に着手している。
「あれ、ヒカリ?」
「イオ。あれ? なんか凄い久しぶり…」
「戦闘中以来だよ。バタバタして全然会わなかったな」
イオも復興支援に駆り出されていたようだ。
ちょうど休憩時間が重なったので、一緒に食事を摂る。
「ずっとヒカリに謝らなきゃって思ってたんだ」
サンドイッチのような物を頬張りながら、イオが言う。
謝られるようなことあったっけ、と思いながら光莉が首を傾げると、イオは光莉の方を向いて頭を下げる。
「トモキのファーストキス、俺が奪っちまった。ごめん」
光莉は思わず、口をぽかーんと開けた。
「……突っ込むところが多すぎてどこから口を挟めばいいのかわからない……」
「だって、女の子ってそういう…最初の相手とか大事にするだろ?」
しかしイオはあくまで真面目に謝っているようだった。
「それはどちらかというと女の子側の方であって、男の子側の最初の相手まではそんなに気にしないっていうか…
いや、その前にあれは人口蘇生だし…ていうか、なんで私に謝るの?」
「ヒカリがトモキの最初の相手になりたかったかなって思って…」
イオの言葉に、光莉は唇を結んで項垂れた。
まさかイオにまで、気付かれているなんて。
「……私ってそんなにバレバレ?」
「バレバレっていうか、お互い好きなんだろうなーと…え、違うの?」
しかもイオは、智希の気持ちにも気付いていたようだ。
案外イオは鋭いのか…それとも2人がわかりやすいだけなのか…。
「いや、違…くはない、けど…」
「ヒカリの気持ちよくわかってねーのはトモキだけだろ」
「そ……うかもしれない」
確かに智希は、光莉の気持ちには気付いていない様子だった。
だからこそ光莉に対して、紳士的な距離感を保とうとしてくれているんだろうけど。
「うかうかしてるととられるぞ」
「……それは、わかってる」
光莉は、いまだに答えを出せずにいた。
自分がどうしたいのか、智希にどう答えたら良いのか迷っていた。
リイナにも当然、何も言えてない。大体、何を言えばいいのかもわからない。
結局そのまま、智希となるべく顔を合わさないようにして過ごしている。…いつまでもこのままではいけないことは、わかっているけど。
「あいつさ、俺が『唇奪ってすまん』つったらなんて言ったと思う?」
「え、それ本人にも言ったの…?」
やはり少しイオは、ズレている。
「『イオが生きててくれたらそんなのどうだっていい』って言ったの。
一瞬トモキと結婚しようかなって思ったもんね」
智希らしい言葉だった。
内心では同じことを思っていたとしても、それを本人に言えることが智希らしい、と。
「死にかけたのが俺で良かったな。女なら確実に惚れてる」
智希の優しさは、光莉だけに向けられるものではない。
誰かが苦しんでいれば智希はきっと、誰が相手だろうと持てる全てをかけて守りぬく。
智希はそれを、光莉の影響だと言ったけど。光莉はそうは、思わない。
智希は元来そういう人なのだ。環境のせいで、本来の智希らしい人生を歩んでこられなかっただけで。
「あいつの愛情は無償提供で、制限なしだもんな。
自覚無しの人間たらしだ、あいつは」
イオの言葉に、光莉は膝を抱えて息を吐いた。
「たぶん人間だけじゃないんだよ、智希は」
魔族たちだって、きっと智希だからついていくんだ。智希は魔族さえもたらしこめる。
智希はこの世界で、自分の力でなんでも切り開いていける。
それに比べて自分はちっぽけだ、智希には見合わない、と光莉は思う。
ここにきて光莉の劣等感が少しずつ顔を出してきてしまった。
(ヒカリも同じようなモンだと思うけどなー)
イオは隣でそう思いつつも、落ち込んだ光莉の様子にどう声をかけていいのかわからなかった。
光莉は、午後の作業を休ませてもらった。ずっと働き通しだからむしろ休んで、と言われた。
「トゥリオールさん」
「おう、ヒカリ」
『探知』でこっそり智希の居場所を探ると、帝都の外れの森の中にいた。『転移』で行ってみると、広場のような場所でケンタウロスとオークが何やら騒いでいる。
森の木陰に座っていたトゥリオールを見つけ、光莉は声をかけた。
「魔族と交渉してたんじゃないの?」
「これも交渉の一環らしい」
トゥリオールが示した先に、智希の姿が見えた。身体の大きい魔族に紛れて、気付かなかった。
よく見ると、魔族たちと野球をしているようだった。智希はショートを守っているようだ。
「野球が…交渉?」
「あぁ。よくわからんが…上手くいっているようだな」
ケンタウロス族とオーク族で戦っているようで、智希はオーク族に加わっている。
ケンタウロスのライナー性の当たりはショートの正面に飛び、智希は難なくキャッチした。
すると1塁ランナーのケンタウロスが走り出し、ランナーコーチはぐるぐると腕を回す。
「走れ、走れ!」
「いやダメだ! ノーバンで捕球されたら走っちゃダメなんだよ!」
「はぁ?! なんでだよ!!」
智希は「タイム」と言うかのように手でTの字を作って、ルールを解説する。
…が、ケンタウロス族は納得がいっていないようだ。
「打球が一度も地面に着かない状態で捕られたら、打者はその時点でアウトになる。
打者がアウトになったら、走者は基本的には走れない」
「なるほど。走ったらどうなるんだ?」
初心者である魔族たち相手に、智希は熱心にルールを説明していた。智希の話を、魔族たちも真面目に聞いている。
「今のナシでいこう! もう1回、族長の打席から!」
「よーし、いくぜぇ!!」
中学の時と変わらない、大きな瞳がゆらりと笑う。
あの頃は智希の、表情のない表情に惹かれた。
だけど今の智希の瞳は、生き生きと、きらきらと輝いている。あの頃の智希とは違う。
(でも…………今の智希の方が、好きだ)
光莉は、膝を抱えて俯いた。
胸が痛くなって、涙が出そうになって。トゥリオールに一声かけて、光莉は再び転移した。
行く当てなどなかったがなんとなく、智希と『飛翔』の実験で来た海の浜辺にやってきた。
久々にちゃんと智希の姿を見て、思い知らされた。
やっぱり自分は、智希が好きなんだと。
劣等感と自己否定でいっぱいの自分が嫌だった。
そんな光莉をいつだって肯定し、認め続けてくれた智希。
慎重で、賢くて、あれほど空気を読む智希が、どれだけの勇気をもってあの日告白をしてくれたのか。今になってようやく、気付くことができた。
自分の想いばかりで、臆病になって智希の気持ちに背中を向けて。
どれだけ智希に酷いことをしているのか、ようやく気付くことができた。
(自分のことばっかりで、ほんとバカだ………)
リイナと向き合うのが怖かった。どっちも失いたくなかった。
でも、いつまでも逃げることなんてできない。
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