【第1部 召喚編】エピローグ
第1部最終話 光莉の返事
翌日は、先延ばしになっていた勲章と褒賞の授与式が執り行われることになっていた。
魔族との交渉や被災地の復興の最中ではあったが、今回の戦闘に関して一旦区切りをつけるためにも早急に行いたいと、魔導協会と帝国軍からの要請があったようだ。
「せっかくなんだし、ドレス買っちゃえば良かったのに」
「1回きりでしょ。もったいないよ」
エリアルの言葉に、光莉はかぶりを振って答える。
この世界の魔導師や軍人は、式典用の制服を所持している。
…が、光莉は当然持っていない。
魔導師や軍人の制服を着るのもなんだか違うし、着崩した高校の制服を着ていくわけにもいかないという話になった。
結局、金星通り商店街のドレスショップでドレスをレンタルすることになった。
エリアルも自宅に仕舞ってあった制服が煤けてボロボロになってしまったようで(リオンとリイナは同期たちに借りた)、今回は2人揃ってフォーマルドレスをレンタルする。
光莉が選んだのは、足元まであるアイボリーのロングドレス。襟元の詰まった長袖のドレスで、日本ではあまり目にしたことのない形だった。
午後になると、今回の戦闘で功績をあげた軍人や魔導師が続々と皇宮の離れの大会場に集まってくる。会場は当然、厳重な結界が幾重にも張られ守られている。
会場入り口でエリアルと別れ、注意深く周囲を見回す。
まだ、智希の姿はないようだった。
(智希に会ったら、まず普通に挨拶して……)
それからちゃんと言うんだ、自分の気持ちを。
「光莉」
「ひゃっ!」
聞き馴染んだ声で後ろから声をかけられ、変な声が出る。
「と、智希…」
「…うす。なんか、久しぶり」
智希はスーツ姿で、所謂モーニングのような格好をしていた。
あまり見ることのない格好に、光莉は視線をウロウロさせる。
「始まる前に、“混和”…しとこっか」
「うん。控え室、今なら人いないかも」
お互いあまり魔力を使っていなかったこともあり、もう1週間以上は顔を合わせていなかった。
“遠隔混和”は行っていたが、だんだん疲れやすさなどの症状が出るようになっていた。
今日授与式で会うことはわかっていたので、式の前に“マナの混和”をしておこうと話していたのだ。
「スーツ、借りたの?」
もうすぐ式が始まるので、控え室は無人だった。
別にこそこそ隠れて“混和”をする必要はないが、久々ということもあってなんだか今日は人前で“混和”するのが恥ずかしかったのだ。
「うん、ライルのを…借りた」
何か言いたげに智希も目線をウロウロさせる。
向かい合って手を繋ぐと、智希は意を決した様子で言う。
「その……すげぇ、キレイ」
「っ!! あっ……あり、がとう」
光莉は自分自身も慣れない格好をしていることを忘れていた。
突然の智希の言葉に、体中の体温が上昇するのがわかる。
「あの、智希……」
「ん?」
返事もしないままずっと避けてきたのに、智希の態度は今までと変わらない。
やさしく、穏やかに、愛おしい者を見るような目も変わらない。
「終わったら……話、したいな」
「っ!! ……うん、わかった」
智希は少し戸惑った様子だったが、それ以上は何も聞かなかった。
どちらからともなく、身体を近付けた。
2人とも、お互いの気持ちはもうわかっているような気がした。
けれど言葉にしていない以上、今はまだ“友達以上恋人未満”だ。
(恋人になったら、キスしながら“混和”したりするのかな)
潤んだ智希の瞳が、光莉を見つめる。
その瞳を見つめ返しながら、光莉はぼんやりと考えていた。
手を繋いでいるからか、身体全体は既に柔らかな白い光に包まれている。
爪先を合わせ、智希が少し身をかがめた。
目を閉じると、握り合う手の感覚がいつも以上に鮮明に感じられた。
(智希の「好き」が、伝わってくるみたい……)
なぜか急に愛おしくなって、光莉は智希の手をぎゅっと握り返した。
応じるように、智希も光莉の手をさらにしっかりと包み込む。
そっと、額を合わせた。
2人は眩い光に包まれ、互いの魔力が混ぜ合わされるのを感じる。
久々なせいか、まるで2人がひとつになるような感覚がして、2人とも自分の体温に茹だりそうだった。
“混和”が終わり、2人は名残を惜しむかのようにゆっくりと額を離す。
その手を離したくなくて、離れたくなくて、光莉は抵抗するかのように下を向いた。
「…………光莉」
光莉の想いを感じているのか、智希は控えめに名前を呼ぶ。
すると、皇宮の鐘の音が鳴り響いた。授与式が始まる合図だ。
光莉は途端に我に返った。
恥ずかしくていたたまれなくなって、「じゃああとで!」と言い残して光莉は足早にその場をあとにした。
◆◆◆
授与式は、厳かにスピーディーに行われた。
貢献が大きかった者から順に褒賞を授与されるため、智希と光莉は一番最初に名前を呼ばれた。
ナジュドからの謝辞と目玉が飛び出るほどの金額の褒賞を受け取ったが、智希と光莉の心中はそれどころではなかった。
(時間が過ぎるのが、長く感じる…)
智希は完全に集中が切れていた。目の前で進められる厳かな儀式を、ひたすら無感情で眺めていた。
戦闘を取り仕切ったアウグスティンやトゥリオール、ラティア神とやり取りし智希と光莉の召喚を推し進めたロブルアーノ。
各国で戦闘や住民避難の指揮を取った皇級魔導師、そしてエリアルやルートヴィヒも次々と名前を呼ばれる。
リオン、リイナ、イオ、ライルも、皇宮でさくらやドラゴンとの戦闘に当たったことで褒賞を授与されていた。イオとライルは帝国軍での昇格も伝えられた。
授与式が終わると、集まった軍人や魔導師は再び復興支援へと戻っていく。
本来なら授与式のあとはパーティーを行うものだが、まだまだ復興の最中ということでパーティーは延期された。
「智希!」
授与式のあと、トゥリオールと話していた智希に光莉が声を掛けた。
「ヒカリー! 先にドレス着替えちゃいましょー!」
…が、その光莉をエリアルが呼び止めた。
「き、着替えたら追いかけるから…待ってて!」
「うん、わかった」
光莉の言葉に、智希は失笑しながら答える。
トゥリオールとの話を終えると、手持ち無沙汰になった智希は会場の周辺を散歩することにした。
(ドレス姿……もうちょっと、見てたかったな)
だがしっかりと、目に焼き付けた。光莉の白い肌に良く似合う美しいドレスだった。
会場の裏は、森に繋がっていた。この辺りはもう皇宮の敷地内ではないようで、結界は森の入口までしか張られていなかった。
(手袋失くしそうだから、『収納』に仕舞っておこう)
借り物を失くすわけにはいかない。そう思って収納を開くと、以前リオンに貰った魔法陣が目に入った。
名前を書くようにと言われていたのをすっかり忘れて、そのままになっていた。
(使うことはなさそうだけど…書いとくか)
基本的には、術式さえわかれば魔法は発動できるので、魔法陣を所持することなく魔法を使っていた。
しかしリオンに言われたことくらい守ろうと思い、ペンを取り出し魔法陣1枚1枚に名前を書き始めた。
既に日は暮れかかっていた。
夕空を背負う森は、鬱蒼として薄暗かった。
すると、森の木々の間を1羽の黒い蝶が舞っているのを見つけた。
「真っ黒な蝶なんているんだ…」
都会育ちの智希は、余り昆虫には詳しくない。
立ち上がり、名前を書き終えた魔法陣とペンをポケットに突っ込んだ。
ゆらゆらと羽ばたく蝶の後をなんとなくついて行くと、森の中の空気が変わるのを感じる。
「なんかこの辺、魔素が漏れてないか……?」
なんでだろう、と思い近付こうとすると、後ろから駆け足の音が聞こえてきた。
「智希、お待たせ!」
振り返ると、普段着に着替えた光莉がこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
あぁ、ようやく光莉と話ができる。
なんだかほっとして、智希は自然と笑顔が零れた。
「ひか―――――」
その瞬間、智希は光莉の目の前から忽然と姿を消した。
第1部 -END-
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次回予告は、こちらから。
【次回予告】https://kakuyomu.jp/shared_drafts/o1H654wcOCmPJYvUwwUsFdsTVOSOFaUW
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