03 リオンの弟








 智希が医務室から戻った頃には、さくらと精霊への聴取は終わっていた。


 今度は会議室のような部屋に移動し、ナジュドや各国国王、本国帝国議会とのリモート会議が始まる。

 話し合いには精霊たちやリズ、オニキス、それにワーウルフ族の族長も加わった。


 光と闇の精霊も、さくらが倒れたタイミングで『服従』が解かれていた。

 他の精霊たちから説明を受けたようで、2人も会議に加わっている。


「トモキ、大丈夫か? 休んでいても構わんぞ」

「いや…もう大丈夫です」


 トゥリオールは智希を心配して声をかけるが、智希は首を振った。

 ナジュドが画面越しに語りかける。


「皆のおかげで、3500年の長きに渡り続いた魔族との戦いに、一旦終止符が打たれた。

 平和のために戦った者たちに、心からの賛辞と謝意を示したい。


 同時に、解決に向け助力を賜った精霊や精霊王、そしてリザード族・オーガ族・ワーウルフ族の族長にも謝意を示したい。

 本当にありがとう」


 ナジュドの言葉に、スクリーン越しに拍手喝采が起こる。

 魔族の族長3人は、ふんぞり返って腕を組んだまま頷いた。


「この会議はあくまで、魔族との和解が可能となった場合の、人間側の態度を決めるための会議だ。

 方針が固まり次第、魔族との交渉を進めることになる。

 まだ混乱の中にある者も多いだろう。懸念はこの場で全て晴らすつもりで、臨んでほしい」


 まずはナジュドが参加者に語る。

 ここから先の方針に関するナジュドの考えとして、先日ワーウルフ族の族長に語ったような内容の話をした。


 それに対して、各国国王や首相が返答を行う。

 各国国王や首相、そして帝国議会からも様々な意見が出たが、最終的に下記の方針と検討事項が挙がった。



<方針>

・約100種いる全世界の魔族との対話を実施し、種族ごとに同盟を結ぶ。魔族側の要望に応じて居住区を整えていく。

・当面のあいだの魔族と人間の共生地区として、旧帝都を整備。周辺国との交渉や国民の理解が得られるよう説明を行う。

・さくらの処遇については保留。監視下に置きつつも魔族との交渉の仲介人として動いてもらう。


<検討事項>

・前世紀の戦いで占拠された王国エディア南方の島々の取り扱い。漁場の利権を巡って意見が出てくる可能性が高い。

・魔族に対する税金や社会保障、貨幣制度の統一。労働環境の検討。

・魔族の政治参加に関する取り決め。

・同盟を拒否する種族があった場合の対策。



「…《クイーン》が皇宮を攻めるよう仕向けたとされる《魔神》については、引き続き皇級魔導師を中心に調査を進める」


 ナジュドは最後に、重々しく語った。

 対外的には《魔神》に関しては、というニュアンスで伝えられた。

 つまり、《魔神》がことは、国内外の重鎮に対しても伏せられたままだ。


「忘れないでほしい。“後退の8年”は終えたが、脅威が去ったというわけではない。

 引き続き臣民の命と生活を最優先に、尽力してほしい」


 スクリーンの向こうで皆一様に、重苦しい様子で頷いた。








「トモキ!」


 リモート会議を終え部屋を出ると、エリアルが智希の元へ駆け寄ってきた。

 返事をする間もなく、エリアルは智希に飛びつくように抱き着いた。


「本当にお疲れ。この世界のために、本当にありがとう!」

「……今日はいろんな人に抱き着かれるな」


 気恥ずかしさを誤魔化すように、智希は言った。魔族の護送ついでに、智希の顔を見に来てくれたらしい。


 エリアルの服は焼け焦げ、煙の匂いがしみついていた。

 帝都では大きな戦闘もあったが、人間側の死者は出なかったという。世界中の魔導師や軍人が、臣民を守るために戦ってくれたおかげだ。


「実はね、帝都の襲撃で…みんなのあの家も半壊状態になっちゃって」

「え、マジで!? …直しに行こうか」


 帝都がどうなっているのか、智希はまだその目で見ていなかった。

 しかし、この世界に来てみんなで過ごしたあの家が壊れてしまったことに、少なからずショックを受けた。


「いえ、まずは一般市民の復旧作業が優先。

 魔導師はしばらく避難所や魔導協会の宿舎で寝泊まりすることになる」

「そっか…。じゃあ、他のみんなの家も俺らで直して…」

「トモキ」


 エリアルは智希の肩に手を乗せ、じっと智希の目を見る。


「あなたはまず、何も考えずに休むこと。

 この先何をするかは、明日朝起きてから考えましょ」


 エリアルの言葉に、なんだかデジャブだ、と智希は思った。


「支え合える人は、強いの。どんな困難にも決して負けないわ。

 でも、私たちが復興に力を注げるのは全てあなた達がいてくれたからこそよ。だからこそ、今日はゆっくり休んで」

「……わかった」


 その強い眼差しに、智希は素直に頷いた。


「ヒカリもさっき目を覚ましたわよ」

「え、ほんと?! 大丈夫そうだった?」

「あなたと一緒で、みんなのために動き回ろうとしてたから…先に宿舎に行ってもらった」

「はは、そっか」


 エリアルは、光莉のことも見舞ってくれていたようだ。

 光莉が無事と聞いて、智希は心底ほっとする。






 仕事に戻るエリアルに別れを告げ、光莉に『念話』で連絡をとった。


「光莉、身体大丈夫?」

『大丈夫。ごめんね、顔出さないままで』


 光莉からの返答はすぐにきた。いつも通りの声色に、安心する。


「エリアルさんから話聞いてるから大丈夫だよ。ゆっくり休んで」

『うん、ありがとう』


 言葉少なに、『念話』を終えた。心配ではあるが、今日はお互いしっかり休んだ方が良いだろう。





 トゥリオール達との話も終わり、男性宿舎に転移した。

 転移先の男性宿舎では、リオンが智希を出迎えた。

 目が合うなりリオンは智希に駆け寄り、「お疲れ様、ありがとう」と智希をハグした。


「トモキがウロウロしないよう見張ってろってお師匠様に言われたんだ。夕食食ったら寝ろよ」

「ははっ、見張りがついちゃったか」


 大食堂でケータリングのように用意されていた食事を部屋に持ち帰り(食事を持ち帰る際にも何十人もの魔導師・軍人にもてはやされた)、2人部屋の小さなテーブルで夕食を摂る。


「迷惑かけるな、リオンには」

「全然。ちょっと世話の必要な兄ちゃんができたって思ってる」

「あはは、頼もしい!」


 リオンも同じく部屋に持ち込んだポテトをつつきながら、少し寂し気に笑う。


「……言ってなかったけどさ、俺らにはほんとは、弟がいるんだ」

「え、そうなんだ」


 初耳だった。そういえば、リオンたちの家族のことは母親が入院しているということしか知らない。


「うん。カイリっていって…今年から魔導学校に入学する予定だった」


 リオンの表情は、リイナが時折見せる寂し気な表情によく似ていた。


「でも、半年前にいなくなっちゃった。トゥリオール様が皇級魔法を駆使して探してくれたけど、結局見つからなくて…」


 智希は、言葉を失った。

 魔導学校の入学というと6歳かそこらだろう。そんなに幼い弟の行方がわからないなんて、考えるだけで胸が痛む。


「それは…手掛かりとかも、全くないのか?」

「……母さんが言うには、蝶を追いかけて遊んでるのを見たのが最後だって。

 痕跡を辿ると、家の裏山の入り口辺りまで行ったことはわかったんだけど……」


 リオンは言葉を選んでいるかのように、伏し目がちに言う。


「その場所に、暴魔化の痕跡があったんだ。

 暴魔化した者に襲われたのか、それとも……カイリが暴魔化してしまったのか。それはいまだにわかってない」


 6歳の子供が暴魔化するなんてことが、あるのか? そう思ったが、ここで口を挟むことは憚られた。

 暴魔化については、わかっていないことも多いと聞いている。はっきりしないことについて追及するのは、きっとリオンを苦しめるだけだろう。


「どこにいるのか、生きてるのかもわかんないけど…やっぱ寂しくてさ。

 だからトモキ達が来てくれて、一緒に暮らせて、家族が増えたみたいで…俺たちは本当に嬉しかったんだよ」


 胸が痛くて、泣きそうになるのを必死にこらえた。泣きたいのはどう考えたって、リオンやリイナの方だ。

 なにか神級魔法で探す手立てはないか、と考えたが、智希はカイリのことを何も知らない。方法はすぐには浮かばなかった。


「……カイリ、か。絶対…見つけような」

「うん。見つかるといいな」


 悲しみを帯びたリオンの笑顔にまた胸が痛んだが、知ることができて良かった。

 知って、このさき少しでもリオンやリイナの手助けができるように動きたいと思った。






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