02 リイナの気持ち






 聴取が長時間に及んだため、休憩のため一度中断となった。帝国議会の面々と繋がっていた『遠隔交信』は一度切られる。

 …が、ナジュドとの『遠隔交信』は繋がったままだった。

 ナジュドは深刻な表情のまま、言う。


『ひとつ…ここだけの話として、聞いておきたい。

 さくら、お前はどうやって神級魔法を覚えた?』


 この会話を聴いているのは、智希とトゥリオール、ロブルアーノ、それにナジュドのみだった。

 ナジュドの部屋で智希と光莉に語られた、皇室の闇ともいえる秘密。その核心に迫る質問だ。


「《キング》から教わったものもあるが…だが多くは、《魔神》と名乗る者から教えられた」

「《魔神》?」


 さくらの言葉に、4人全員が顔をしかめる。


「人間でも魔族でもなかった。皇室や魔導師に恨みがあるようで、皇宮を襲うなら協力すると神級魔法の一部を教えてくれた。

 皇宮を占拠すれば、人間たちは機能を失うと…そう教えられた」


 人でも魔族でもない?

 理解が追いつかず、聞いておきながら智希も何も言えない。なんとか口を開いたのは、トゥリオールだった。


「そ…それは何者だ…?」

「人間のような姿ではあったが、幻影のようで…人間の成れの果てのようでもあり…。

 ただ、とんでもなく魔力が強く《キング》に並ぶほどの魔力量だった」

「しょ、初代皇帝に…?!」


 初代皇帝がどれほどの魔力量だったのかはわからないが、世界を統治し数々の魔法や魔法陣を残した人物だ。

 《魔神》はそれと並ぶ魔力量の者だという。しかも皇室や魔導師と敵対し魔族に神級魔法を伝えてしまうような者で、さらに人間とは言い難い姿をしている。


(ディーノでもなく、198世の隠し子でもないってことか?マジで一体、何モンだ……?)


 ナジュドは難しい顔をしたまま、何も言わない。

 智希は、はっと気が付いて声を上げる。


「もしかしてさっきの虫……その《魔神》が仕掛けたのか……!?」

「……恐らく、そうだろうな」


 《魔神》は、皇宮内の侵入を条件にさくらに神級魔法を教えたという。


 さくらに張り付いていた虫には、皇宮内を監視する、皇宮の外との繋がりをつくる、内部から攻撃する等の魔法がかけられていたのではないか。

 さらに、人に見つかったら灰になるような魔法も併せてかけられていたのではないか、とさくらは言った。


(さくらを皇宮の中に引き入れたの、かなり危険な賭けだったんじゃないか…!?)


 訓練場は密室だったので虫は外には出ていないと思うが、もう一度皇宮全体を浄化しておく必要がありそうだ。


「…皇宮の守りを更に固めましょう。

 《キング》のことが解決するまでは、皇宮内への出入りを厳重に制限しましょう」


 ロブルアーノは顔を顰めながら言う。

 通常皇宮内は結界により魔族の出入りはできなくなっており、なんらかの方法で魔族が侵入してもすぐに感知できるようになっている。

 『服従』などの状態変化魔法をかけられている者も同様に、侵入できない仕組みとなっている。


 今回は作戦のために訓練場のみ、その出入りを緩和していた。それも危険な賭けだったとわかった以上、警備を強化するのは至極当然の流れだ。


「《キング》の狙いは何なんでしょうか?」

「皇宮の内部情報、魔導石などの貴重な資源、皇室関係者……というところか?」


 智希の問いに、トゥリオールは首を捻りながら答える。結局のところ、狙いが何なのかは定かではないということだ。








 同時に、精霊王や精霊に対しても聴き取りが行われていた。さくらの証言との食い違いがないかを検証するためだ。


 精霊王や精霊たちの話から伺えるのは、魔族と人間の対立ははるか昔からあったこと、しかしその歴史の中でも特に41世の頃は人間側の魔族への蹂躙が酷かったこと。

 それに、そもそも魔族と人間とに武力差があるためまともに衝突していれば既に魔族は滅びかかっていたこと…等であった。


「《クイーン》の行いが、結果として魔族を守ってきたのは確かだ。本当にお前たちが魔族との和睦を望むのであれば、一定の考慮はしてやれ」


 イフリートは臆することなく、強い口調で言った。ナジュドらは何も言わず、真剣な様子でその言葉を聞いていた。


「事が事だけに、簡単に処遇は決められん。話してくれたことは全て証言として取り上げるので、今後も協力を賜りたい」


 トゥリオールの言葉が、さくらの尊厳を大事に思う言葉だったので智希は安心した。あとは皇室や皇級魔導師たちの判断待ち、というところだった。

 ナジュドは精霊たちにも《魔神》について尋ねた。しかし精霊たちは《魔神》については何も知らないようだった。


「ドライアドは、あの虫にどうやって気付いたんだ…?」


 木の精霊・ドライアドは、小柄な少女のような見た目だった。

 『遠隔交信』のスクリーン越しに智希が問うと、ドライアドが嬉しそうに肩をすくめて言う。


「僕は森の精霊でもあるからね。虫や動物の動きには敏感なんだよ」

「すごいな。注意して『心眼』も『探知』もしてたけど、俺は全然気付かなかった」


 やはりあの虫には、『透過』『隠密』等の魔法が何重にもかけられ容易には感知されないようになっていたのだろう。ドライアドが居なかったらと思うと、ぞっとする。







 ◆◆◆


「やはりあの結界を破るのは容易ではないな」


 何もない無の世界。暗闇の中、《魔神》が呟く。

 真っ黒なゴシックドレスを身に纏う少女は、気怠さを隠すことなく答える。


「穴が開いてるうちに大量の虫ぶちこみゃ良かったじゃねーか」

「ぶちこんださ。しかしほとんどが攻撃に巻き込まれて死んだ。いずれにせよあの訓練場からは出られなかっただろうよ」


 さして興味はないのか、女は何も答えない。


「やはり、協力者を作るしかないようだ」

「お前に協力する者なんているのか?」

「あぁ、原始的な方法でいくさ」


 それだけ言うと、《魔神》は姿を消した。

 ドレスの女はコキコキと首を鳴らし、大きな欠伸をひとつ零した。







 ◆◆◆


 聴取が一旦落ち着いたので、智希は光莉の様子を見に行った。

 医務室では医師と看護師、魔導師らがせわしなく働いていた。監獄に収監された魔族に対しても、必要に応じて治療を行っているためだ。


「ヒカリ様は奥の部屋にいらっしゃいます」

「まだ起きてませんか?」

「えぇ、何度かお声掛けしてますが一度も…」


 看護師に声をかけ、奥の部屋へ進む。

 聴取の間、リイナが光莉のことを見ていてくれたようだが、智希が訪室した時にはリイナはいなかった。


「光莉」


 壁際のベッドに寝かされている光莉に声をかけるが、反応はない。ぐっすり眠っているようだが、顔は蒼白い。


「無理させて、ごめんな」


 大事な場面の多くを光莉に頼ることになり、申し訳なく思う。面と向かって謝ると怒られそうなので、こっそり伝える。


「“混和”、するね」


 先程はバタバタしていて、“混和”できなかった。

 光莉の寝ているベッドにあがり、光莉に跨る。体重をかけないよう注意しながら手を重ね、額を合わせた。じっくりと、全身に互いのマナが行き渡るのを待つ。


 少し、頬に赤みが戻ったような気がした。

 “混和”を終えてベッドから降りていると、リイナが入室してきた。


「トモキ、来てたのね」

「リイナ。光莉を見ててくれたみたいだな、ありがとう」


 光莉のために、飲み物やタオル、お湯を用意してきてくれたようだ。


「大変だったね。本当にお疲れ様」


 そう言うリイナも、疲れた様子だった。


「ヒカリは…大丈夫なのかな」

「どうかな…疲れも溜まってたんだろうな」


 智希は医務室の壁にもたれかかって座った。智希も、疲れていた。

 リイナは隣に腰掛け、智希にお茶を差し出す。「ありがとう」と受け取って、ひと口だけ口をつけた。


「リイナ、重い現場を任せて…ごめんな」

「当然のことよ。できることをやっただけ」


 戦闘で傷付いたのか、額に擦り傷があった。リイナの額に手を当て、『治癒』する。


「…4人が傍に居てくれると思うだけで、心強かった。本当にありがとう」

「トモキの助けになれて、良かった」


 リイナは困ったように笑って、智希の隣に座った。


「怪我人、他にもいるよな」

「…いるけど、大丈夫よ。応急処置は皇級魔導師がしてくれてるから」


 本当は傷付いた人や魔族の『治癒』をして回りたかった。…が、一度座り込むともう腰が上がらなかった。


「トモキも少し休んで」


 リイナが隣から智希の頭を撫でる。


「ありがと……」


 暖かな手の感触に、智希はそのまま意識を飛ばしてしまった。











 うつろうつろと、意識を取り戻す。


(なんか……あったかくてやわらかい……)


 目が覚めると、智希は床に横たわっていた……のではなく。

 なんと、リイナの膝枕で寝ていた。

 それに気付いて、智希は慌てて飛び起きる。


「う、わ、ごめん!」

「……起き、た…?だいじょうぶよ」


 リイナもうとうとしていたのか、柔らかく笑って答える。

 どれくらい時間がたったのかはわからないが、疲労感がかなりすっきりしていたのでそれなりの時間眠っていたのだろう。


「きゃっ」


 立ち上がろうとしたリイナは、その場でバランスを崩す。智希が慌ててその身体を支える。


「足、痺れちゃった…」

「うわぁあ、ほんとごめん……」


 自分のせいで、と心底申し訳なくなり、すぐに神級魔法の『足の痺れを治す魔法』を施した。初代皇帝が変な魔法を残しておいてくれて、助かった。


「……治った」

「良かった…じゃねえ、ほんとごめんね。膝…借りてしまって…」


 申し訳なくて項垂れる智希を見て、リイナはくすくすと笑う。


「急に寝ちゃったからびっくりした」

「なんか、突然睡魔がきた…」

「トモキもヒカリも、魔法を使いすぎると眠くなるタイプなのね。2人とも、本当に疲れてるのよ」


 優しく笑うリイナに、気恥しさと申し訳なさで智希は思わず目をそらす。


「だからってあんな…ほんとごめん」


 謝り倒す智希の手を取って、リイナは穏やかに言う。


「いいよ、トモキなら」


 いつものリイナとは違う声色に、どきりとして思わず顔を上げる。


「あなたが生きてて、ほんとによかった」


 祈るような仕草で、リイナは智希の手を両手で握った。

 リイナの手は、驚くほどに暖かかった。


「私ね……トモキが好きよ」

「え……」


 突然のリイナの言葉に、智希は思わず声を漏らした。


「返事はいらない。トモキが誰を好きなのかは、わかってるから」


 間髪入れず、リイナが言う。

 再び申し訳なさに襲われるが、申し訳なさそうな顔をしないよう唇を噛む。


「……ごめん、ありがとう」


 リイナは変わらず、ふわりと笑った。


「もう少し休んでいく?」

「あ、いや…1回戻るよ」

「私も少しお師匠様の様子見てこようかな」

「エリアルさんもこっちにいるの?」


 リイナと智希は再び普段通りの会話をしながら、部屋を出ていった。







 ◆◆◆


 2人の声を遠くに聞きながら、光莉はそっと目を開ける。


(……聞いちゃいけないことを、聞いちゃった)


 光莉は、うつらうつらする意識の中で、リイナの告白の言葉を聞いてしまった。


(こういう時は、どうするんだろう)


 もやもやと、心に霧がかかるような気分だった。

 相変わらず身体は重く、起き上がれなかった。光莉は再び、意識を手放した。







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