第11章 世界の変革

01《キング》との出会い








 《クイーン》を無事捕縛すると、光莉は「眠い…」と言って崩れ落ちるように気を失った。咄嗟に智希が抱えたので倒れることはなかったが、そのまま寝息をたてている。


 トゥリオールに連絡をとり、無事に《クイーン》を捕らえたこと、皇宮内は損傷なく無事であることを伝えた。どちらの報告にも、心底ほっとした様子だった。


『トモキとヒカリは?怪我はないか?』

「光莉は寝てる…というか、気を失ってます。かなり大量に魔力を使ったからだと思います。俺は大丈夫です」

『そうか…。

 《クイーン》がやられたせいか、徐々に魔族たちも退散し始めている。我々もすぐにそちらへ向かう』


 早口にそう言って、トゥリオールは交信を切る。

 それから智希は、リイナに『遠隔交信』で連絡をとる。


「《クイーン》は捕まえたよ。

 そっちは大丈夫だった? 任せっきりでほんとごめんな」

『大丈夫、みんなもドラゴンも無事よ。トモキとヒカリは?』

「俺は平気だけど、光莉は気を失っちゃった」

『大変! すぐにそっちに向かおうか?』

「もうすぐトゥリオールさんが来るから大丈夫だと思う。ありがとう」


 リオン達もドラゴンも、無事のようで安心する。

 それから数分して、ナジュドとトゥリオール、ロブルアーノが訓練場へやってきた。桜の木を不審に思っている様子だったが、特に触れることなく《クイーン》の元へ進む。

 《クイーン》に逃げる様子がないため、3人ともほっとしたように息を吐く。


「このまま監獄へと送致する。話はそこで聞こう」


 トゥリオールの言葉に、《クイーン》は返事をしなかった。

 智希がトゥリオールに問う。


「光莉を休ませられるところ、ありますか? 俺も同席した方がいいですよね」

「あぁ。医務室があるからそこで診ていよう」


 トゥリオールが手短に言葉を並べる。


「ひとまず、トモキ」


 疲れきって落ちそうな瞼を必死に持ちあげナジュドを見遣ると、ナジュドが智希を正面から抱きしめた。


「本当にありがとう。この世界のために、こんなにも…」


 ナジュドの潤んだ声に、智希はナジュドの背中を控えめに撫でて言う。

 トゥリオールとロブルアーノも、頷きながら唇を噛んだ。


「……友として、できることをしただけです」

「ありがとう……ありがとう……」


 ナジュドのその言葉に、ようやく終わったんだなと、改めて実感することができた。


 その時、光莉の肩に乗っていた小さなドライアドが羽をパタパタ動かして飛び上がった。


「待って待って。まだ生きてる虫がいるよ」

「……虫?」

「『心眼』してみてよ」


 ドライアドは警戒しながら、《クイーン》の背中に回る。

 智希が『心眼』で見ると、《クイーン》の腰元に1センチくらいの大きさの羽虫のような虫が引っ付いていた。小さすぎて、戦闘中には気付かなかった。


「なんだこの虫……あ」


 近付いて智希が覗き込もうとすると、虫はボロボロと原型を失って砕け、灰のようにバラバラになってしまった。


「お前が連れ込んだのか?」

「し、知らん……いつから付いていたのかもわからん」


 《クイーン》は智希の質問に、かぶりを振る。嘘はついてなさそうだ。

 ドライアドは眉間に皺を寄せたまま、言う。


「イヤな感じがする。念のためその灰、ひとつ残らず片付けておいた方が良いよ」


 言われた通り灰を集め、『生成』した小瓶に詰めた。そして訓練場全体を『浄化』する。

 トゥリオールに託し、小瓶は魔導研究所に預けることになった。









 そのまま精霊たちは精霊王が保護されている軍基地へ、《クイーン》は皇宮から近い監獄へと送られた。


 光莉を医務室に預け、監獄に入れられた《クイーン》に『翻訳』魔法をかける。

 聴取はトゥリオール、ロブルアーノが行い、ナジュドや帝国議会は中継のような形で聴取の様子を見守る。


 3500年もの長い間、魔族側の戦闘を仕切ってきた“戦犯”だ。嘘がつけないように『洞察』魔法をかけるよう、トゥリオールから指示が入った。


「……私は4600年前…ラティア神が魔力をこの地にもたらしたその年に生まれた」


 当時は少しずつ魔族が生まれ、人間と同様に繁殖し少しずつ家族や仲間が増えていったと《クイーン》は言う。


「《キング》…初代皇帝とは、旧帝都からほど近い森で出会った」


 トゥリオールが、ごくりと唾を飲みこむ音が響いた。








 まだ幼いエルフだった《クイーン》。森の中で、エルフの家族や仲間と共に暮らしていた。


 ある日、《クイーン》は森でワーウルフの群れに囲まれる。山菜採りに出かけ、誤ってワーウルフの縄張りに入ってしまったのだ。

 それを助けてくれたのが、初代皇帝だった。


「エルフの子か。家まで帰れるか?」

「は…はい」


 圧倒的な魔力量を持つ人間に、《クイーン》は恐れおののいていた。


「賢い子だな。これも持って帰りな」


 しかし初代皇帝は優しく《クイーン》の頭を撫で、見たこともない焼き菓子をくれた。


「…これはなに?」

「メロンパン。俺が昔いた世界の食いモンだ。美味いから、食ってみな」


 甘い香りに惹かれ、《クイーン》は思わず口にする。さくっとした触感と、柔らかく甘い生地に心が弾んだ。


「美味しい……!! あなた、料理人なの?」

「違う。俺は…《キング》だ。……いや、エンペラーか…?」


 こうして知り合った2人は、その後も森やエルフの住処で多くの時間を過ごしては、絆を深め合った。


「名前がないのは、不便ではないか?」

「どうだろう。みんな名はないから、そんなものと思ってる」

「じゃあ俺が、付けてやろう」


 そんな軽い話の流れでつけられたのが、《さくら》という名だった。


「あれ? なんか姿が変わった……か?」

「名を与えられて、ハイエルフになった!」

「おぉ、そうか。すごいな」


 当時はまだ、名付けの意味や効果などは広く知られてはいなかった。

 偶然にも世界で初めて名を与えられた魔族となったさくらは、一族の中でもっとも強くなったことで一族の長となる。


「さくら! 聞いてくれ、子が生まれたぞ!!」


 その後も初代皇帝は、事あるごとに《さくら》に会いに来た。


「さくら。北東の寒冷地で魔族が暴れている。何か情報を知らないか?」


 嬉しいこと、困ったこと。まるで魔族全体の相談役かのように、 初代皇帝はさくらを訪ねた。


「さくら。私がいなくなっても、魔族と人間は上手くやっていけるだろうか? なにか案はあるか?」


 さくらは懸命に動いた。

 初代皇帝と共に世界中を巡り、魔族と人間が平和に、友好的に生きていくための方法を模索した。


「さくら。もう私は長くない、ここにもあと何度来られるか…果たせなかった目標は、君に託したい」


 神と人の子であり、最強と呼ばれ世界を統治した初代皇帝も、寿命には勝てなかった。それから数日後、さくらはひっそりと名付け親の死を感じとった。






 幾年も月日が流れ、皇帝は2世、3世と引き継がれた。

 皇帝が変わるたびに、魔族に対する見方は変わった。友好的な皇帝もいれば、敵対的な皇帝もいた。


 そして徐々に人間から魔族への敵対感情が、そして魔族側からも人間への敵対感情が強くなっていった。それは、領地争いという形で実体を現していった。


「忘れもしない…9世紀の始めの頃。

 皇帝が41世に代替わりした直後、魔族は人間たちからの強襲に遭った。皇帝が派遣した、帝国軍だった」


 聞いていたナジュドや、魔導師たちがざわついた。恐らく伝え聞いていた歴史と違ったのだろう。

 智希がリオンから聞いた“荒廃の8年”の始まりも、『突然魔族が襲ってきた』というような言い方だった。


「元々、魔族側は人間には不必要に関わらない、もしくは友好的に接する立場をとっていた。

 人間より魔力が弱い魔族にとって、人間と対峙するなどなんの利もないからだ」


 そう考えるとそもそも魔族は、社会的弱者といえる。

 それを感じていたからこそ、初代皇帝はなんとかしたいという想いがあり、その想い半ばで亡くなってしまったのかもしれない。


「しかし41世の率いる軍隊は…魔族が抵抗せぬのを良いことに、魔族を蹂躙し、殺害し、生きる術を奪っていった」


 その様相は、α地球でこれまでに起きた戦争となんら変わらなかった。

 人種や性別、生まれの違いで差別し、相手をどんな風に傷つけても殺しても構わないというような。


「私の仲間も、皆殺された。

 エルフは、戦う術を持たぬ一族であった。

 《キング》は様々な魔法を教えてくれていたが、戦いを知らぬ私は家族を守るための魔法すら上手く扱えなかった。

 私はエルフ族でたった一人、生き残った」


 当時を思い返すかのように遠くを見つめ、さくらが続ける。


「他の魔族も、同じような状況だった。

 家族を失い、住処を失い…42世に代わっても、状況は変わらなかった。人間たちに対峙するほか、道はなかった。


 私は魔族たちを取りまとめた。

 人間たちが捨てた旧帝都に拠点を作り…11世紀、一斉に人間たちへの攻撃を行った」


 それが所謂、“荒廃の8年”の始まりなのだろう。

 トゥリオールが、智希に目線を向ける。

 『洞察』魔法には引っかからず、さくらが嘘をついていないことは明白だった。智希は頷き、さくらの話が嘘ではないことを表した。


 さくらの話は主観的なもので、それが全てではないだろうが、人間たちが伝え聞いていた歴史を改めて洗い直すには十分な証言だろう。


「魔族の多くは、大きな魔法は使えない。だが、長い時間をかければ魔力を溜め込むことはできる。

 弱い魔族でも、なるべく魔法を使わずに過ごすことで、100年もすればかなりの魔力を蓄積できる。


 金星が太陽に影を落とす日を、開戦と戦闘終了の合図とした。一斉に抗えば大きな力となるとわかり、魔族の協力者は徐々に増えていった」


 リズの話の通りだった。

 やはり、“太陽と金星の蝕”は開戦の合図としての意味を持っていたようだ。


「……後は、闇雲に戦った。

 今となっては、開戦当時を知る者もいなくなった。とうとう巨大魔獣の育成まで行って……なんのために戦っているのかわからなくなってきていたが、戦わなければ魔族は絶滅してしまう。


 しかし前世紀で召喚者が呼ばれたと知り…《キング》のような者であれば、本気で立ち向かってこられたら到底勝ち目はない。

 これで最期と思って今世紀に臨み、そして…やはり、最期となったわけだ」


 この話が全てであれば、一方的に魔族が責められるべきではないと感じた。

 その思いは、さくらの話を聞いているこの世界の者たちも同様らしかった。皆難しい顔で聞いてはいたが、表情にはどこか悲哀のようなものが感じられた。


「その…41世、42世がしたことは人間の歴史には伝わってないんですか?」

「そう…だな」

「一切……伝え聞いておりません」


 智希の質問にトゥリオールは言葉を濁したが、ロブルアーノは険しい表情ではっきりと応えた。それがどういう感情からくるものなのか、智希には読めなかった。






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