07 終幕








 ◆◆◆


(こいつら…魔力切れなしにどこまで戦う気だ……?!)


 《クイーン》は焦っていた。

 魔力量では、《クイーン》が明らかに上のはずだ。それなのに智希と光莉の魔力は、枯渇する気配すらない。


(何か仕掛けが…だが『解析』でも『心眼』でも何も見つからない…!)


 2人の魔力量の仕掛けを見つけたいが、2人の強力な攻撃を避けながら反撃を続けるので精いっぱいだった。


「っ!?」


 その時、なにか見えない膜に包まれたような鈍い感覚があった。


「わ…な……!」


 気付いた時には、遅かった。

 意識はあり痛みもないが、身体は動かせない。

 《クイーン》は硬直したまま動けないが、視界に映る景色は動いている。

 《クイーン》は、自身の息遣いや鼓動すら感じることができず、眼球を動かすこともできない。

 まさか、


(『時間停止』の罠か……!)


 ここに誘い込まれてすぐ『探知』したが、その時は室内に罠はなかった。

 その後に張った?

 それとも罠に『隠匿』をかけていたというのか?

 奴らは一体いくつの魔法を同時発動できるのだ?


 それに、詠唱の様子もなかった。

 無詠唱で罠を設置した?

 しかも、地上ではなく空中に?


 規格外とは思っていたが、ここまでとは。


(これは、勝てん。何千年かけても、何百万の魔族で相手をしても……)


 停まった時間の中で、様々な想いが巡る。


「『暴食・グラトニー』」


 これでようやく死ねるのか、と思うと、懐かしい記憶が蘇った。





――おーい、イノシシ捕まえてきたから食おうぜ!

――イノシシ?!1人で捕まえたのか…!?

――森に『時間停止』の罠張ってたんだよ。さっきまで生きてたから新鮮だぞー。

――いつものことながら規格外だな、《キング》は……





(そうか……召喚者は、《キング》と同じ……)


 放たれた攻撃は、『時間停止』したままの《クイーン》に直撃する。全身の力が、ゆっくりゆっくり抜けていく。






「『『『捕縛』』』」


 智希の『捕縛』三重詠唱を遠くに聞き、《クイーン》は心の中で「え?」と声を漏らした。


「終わった、か………?」

「たぶん………」


 恐る恐る《クイーン》の姿を覗き込む、智希と光莉。完全に捕縛されているのを確認し、『特殊結界・監禁』を三重にかけて『罠・時間停止』を解除する。

 時間停止が解け、呆気にとられたように《クイーン》が言う。


「なぜ……殺さぬ……?」

「え……なんでって、殺さずに捕まえられるならそっちがいいだろ。聞きたいこともあるしな」


 まるで元々殺さずに捕まえようと思っていたかのような智希の言葉に、《クイーン》は言葉を返せない。

 智希と光莉の背中から、ちらちらと精霊たちが顔を覗かせる。


「まさか精霊を背負って…MPを供与されながら戦っていたのか…」

「そう。『隠密』『透過』『隠匿』を重ねて、背中にくっついててもらったんだ」


 精霊らは実体を消し、その気配すら消してずっと智希らにMPを送っていた。《クイーン》の戦い方をヒントに、智希が考えついた作戦だ。


「私が『罠無効』を解除することも、見抜いていたのか…?」

「『心眼』の発動を躊躇してるようだったから、同時に発動できる魔法の限界なのかなって」


 智希は戦闘のさなかに考えていた。同時発動できる魔法が限界に達したとき、自分が《クイーン》ならどの魔法をかけ続け、どの魔法を解除するか。


 『結界』『状態変化無効』『解呪無効』は最低限必要だ。

 『隠匿』も欠かせない。これを解けば『解析』ですべてが明らかになってしまう。

 さらに『飛翔』『回避力上昇』も必要だし、状況に応じて『解析』『心眼』は使えるようにしておきたい。


「解除しそうなのは『罠無効』辺りかなと思って、攻撃の合間に罠を設置した」


 智希は攻撃を放ちながら、空間にいくつかの『罠・時間停止』を設置した。もちろん、智希と光莉は『罠無効』を発動し続けた状態で。


 『罠』自体は基本的には見えない構造になっているが、『心眼』で見抜かれてしまう。そのため、『罠』に『隠匿』をかけておいた。


 そうすることで空間全体に『解呪』でもしない限り罠を見つけられないが、その罠にも『解呪無効』をかけていたので恐らく《クイーン》が罠に気付くことは99%できなかっただろう。


「お前が罠にかかってからは、お前のMPを『暴食』した」


 『暴食・グラトニー』は、《クイーン》の戦い方からヒントを得て智希が『魔法創造』したもの。

 相手のMPのほとんどを喰らい尽くす魔法だ。


「……やはりお前たちは、《キング》と同じなのだな」

「《キング》?」

「初代皇帝のことだな」


 智希の肩に乗ったまま、小さなイフリートが代わりに答えた。

 光莉は首を傾げて《クイーン》に聞き返す。


「《キング》と同じって、どういうこと?」

「《キング》も、元は異世界の住人だと…前世の記憶を持ったまま生まれ変わったと、言っていた」


 光莉の問いに、《クイーン》は素直にこたえる。

 智希の予測に、間違いはなかった。初代皇帝は日本人で、智希たちのいた世界から転生したのだ。


「お前たちに頼みがある」


 《クイーン》はもはや、気力を失っているようだった。暗い表情のまま、智希と光莉に言う。


「私を、殺してくれ」


 訓練場は静寂に包まれる。

 切実なその言葉に、胸が傷んだ。


「名を与えられ、永く生きすぎた。仲間は皆、死んでしまった。人間にも勝てぬとわかった。

 もう、生きる意味が無い」


 4600年という長い時間を生きてきた。

 苦楽を共にした仲間は、もう一人も生きていない。

 最も愛した者も、もうこの世にはいない。


「……殺せない。ごめんね」


 《クイーン》のその想いは痛いほど2人に伝わったが、少なくとも2人にはその役目は果たせない。

 人間だろうが魔族だろうが、ましてや言葉を持ち対話ができる相手を殺すことなど、2人には到底不可能だった。


「でも……一緒に生きる方法なら考えられる、きっと」


 光莉は跪き、捕縛されたままの《クイーン》の手をとった。

 《クイーン》に表情はない。

 MPがほとんどないため、《クイーン》が自らにかけた『隠匿』が解け、『解析』が可能となった。


「……お前の名前は、《キング》が名付けたんだな」

「あぁ。

 …そうか。名の由来は、《キング》の…お前たちの世界の言葉だと話していたな。

 とうとう私はその意味を知らぬままだったが」


 光莉も『解析』し、思わず「すてきな名前」と微笑む。

 初代皇帝亡きあとも、使役は解かれなかったようだ。それだけ、初代皇帝の力が強大だったということかもしれない。

 智希は『発芽』『成長』の魔法を使った。ぴょこんと出てきた芽が、みるみるうちに成長し巨木となる。


「これがお前の名前の花だよ……《さくら》」


 美しい桜の花が、訓練室いっぱいに咲き乱れた。

 《クイーン》はその花を見上げ、涙をひとつ零した。







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