第10章 決戦

01 決戦のはじまり






 明け方近く、空襲警報のようなサイレンの音で目が覚めた。


『皇宮周辺に襲撃。皇宮周辺に襲撃。

 住民は、魔導師の指示に従いただちに避難を行ってください。繰り返します……』


 町内放送のようなアナウンスが聞こえ(『拡声』の魔導具らしい)、警戒にあたっていた魔導師の声が周囲に響き渡る。

 同時に、軍専用の『遠隔交信』魔法陣からも次々と無線のように声が飛び交う。


『王国アミリア中部、風属性と思われる巨大ドラゴン発生』

『…っ、王国イージェプト、砂属性…いや、地属性大型ドラゴン発生!』

『氷の大地、南基地!氷属性ドラゴン発生中!!』


 緊急事態が起こった時にのみ発信される軍用の『遠隔交信』が発動しているということは、そういうことだった。


「光莉、起きてる?」

「お、おはよ」


 光莉の部屋のドアをノックすると、既に着替えて準備を終えていた光莉が、部屋から出てくる。


「体調はどう?きつくない?」

「大丈夫、昨日は…ありがと」


 何に対してお礼を言っているのか、光莉自身にもよくわからなかった。体調を気遣ってくれたことに対してなのか、告白に対してなのか。

 智希はふっと小さく笑って、「行こう」と手を差し出した。


 予測通りの3属性大型ドラゴンの同時発生。恐らく既に軍は、作戦通りの行動をとっているはずだ。

 それに追従する形で、光莉と智希は目的地へ転移した。






 まずは氷属性の巨大ドラゴンが現れた氷の大地・南基地…元の世界で言う、南極に転移する。

 軍基地で待機していたイフリートとアウグスティンも、同時に転移してくる。


 極夜で周囲は暗いが、大型アイスドラゴンの姿は数人の魔導師による『点灯』魔法により把握できるようになっている。


「精霊の気配がする。一人いるな」

「イフリートはそっちに集中してくれ」


 智希は『寒冷耐性』『隠密』『透過』などの魔法をかける。

 智希らの到着は、軍用の『遠隔交信』魔法陣で全ての軍人へ知らされた。


 元々この地は敵の数が多く強力だったため、氷の大地に配置された軍人や魔導師の数は2万人、さらに周辺の警護として5万人近くが配置されていた。


「…いた。ドラゴンから2時の方向、イエティの陰に潜んでいる」

「了解」


 妖精サイズになったイフリートが見つけたのは、水の精霊・ウンディーネ。ドラゴンの操作のため、敵陣に潜んでいるようだ。

 智希と目を合わせ頷き合い、アウグスティンが『遠隔交信』で指示を出す。


「南基地配置の部隊、全撤収」


 その言葉を合図に、氷の大地で魔族を相手にしていた軍人は全員が『転移』した。

 軍隊を守るため、そして智希たちが存分に相手と戦うための措置だ。


「いくよ…『『『特殊結界・転送』』』」


 この場にいる魔族は、大半がワーウルフ族とイエティ族。

 まず智希が『特殊結界・転送』の三重詠唱で、ウンディーネの周辺の魔族を一斉に転送する。転送先は、帝国軍の要塞だ。


 ワーウルフ族には事前に作戦を伝えてある。イエティ族もワーウルフ族から、「何かあればすぐに別の場所に転移する」ということだけは知らされていた。


「『放電・100万ボルト』!!」


 ウンディーネの姿を匿っていた魔族たちがいなくなると、光莉が光魔法でウンディーネに電気ショックを与える。

 強い電圧ではないが、魔法を受けた拍子でウンディーネはひっくり返った。

 智希は『飛翔』し、アイスドラゴンの頭上へ『転移』する。


「ギァアッ?!」

「大人しくしてろよ」


 そしてそのままドラゴンを連れ、再び『転移』する。







 アイスドラゴンを連れた智希の転移先は、王国イージェプトの西の砂漠。

 現在戦闘が起こっている砂漠地帯から更に2000kmほど西に行った場所で、元の世界でいうアルジェリアのあたり。


 朝なので気温は低いが、氷の大地で戦い続けるよりはこちらに有利な気候だ。それに、周囲を気にすることなく戦える。

 待っていたのはトゥリオールとファイアドラゴンのポッポだ。ポッポは通常のドラゴンサイズで待機していた。


「『熱波・烈烈(デドリエスト・ヒートウェーブ)』!」

「ギァアアアアゥッ!!」


 まずはトゥリオールがアイスドラゴンに猛烈な熱波を浴びせる。

 驚いたアイスドラゴンは氷攻撃で反撃するが、『特殊結界・物理攻撃』によりすべて跳ね返される。

 

「ポッポ!ファイアブレスだ!!」

「キュキュイィ!」


 そこにポッポの放つ『豪火竜の息吹(ファイアドラゴンブレス)』が加わって、アイスドラゴンの氷を溶かす。

 水属性に対しては火属性の攻撃は不利だが、氷属性に対してはむしろ火属性は有利となる。


「『爆炎地獄の番犬(ヘル・ハウンド)』!!」


 更に智希の火属性神級魔法により、アイスドラゴンの立つ地面からも轟々と炎が燃え上がる。

 アイスドラゴンは慌てて飛び立とうとするが、まるで猛犬が噛みつくかのごとく炎がドラゴンを捕らえて離さない。


「ギャァアアアオォォオオオ!!!!!」


 使役主であるウンディーネを失い、突然転移させられた上に火攻撃を連発され、アイスドラゴンは混乱している様子だ。

 ドラゴンは再び氷の巨大攻撃を放つが、周囲の熱波とポッポや智希の放つ魔法により氷魔法の威力は半減される。


「っし、氷はほぼ溶けてる…ポッポ、進化だ!」

「キュイィ!」


 智希の合図で、ポッポはヴォルケーノドラゴンへと進化する。

 逆にアイスドラゴンは力を失い、水属性のアクアドラゴンへと姿を変えている。


「ポッポ!『捕縛・溶岩竜(ヴォルケーノドラゴンバインド)』!!」

「キュゥウ!!」


 ポッポは溶岩を吐き出し、アクアドラゴンを捕縛。

 智希がその周囲に『特殊結界・監禁』をかけ、アクアドラゴンを閉じ込める。


 それから数秒ののちに大きな爆発音が結界内に響き、黒煙がもくもくと上がった。

 火山噴火と同じメカニズムである、《マグマ水蒸気爆発》が起こったのだ。


「……死んじゃったかな」


 見守りたいところではあるが、次の目的地がある。

 あとのことはトゥリオールに任せ、智希は次の目的地へ転移した。








 智希がドラゴンを転移させた後、光莉は水の精霊・ウンディーネを光魔法『捕縛・稲光(ライトニングバインド)』で捕縛した。

 そのままウンディーネを連れて、イフリートと共に帝都の皇宮内、魔導訓練場に転移する。


「既にノックアウトされてないか…?」

「放電で既に意識を失っていたようだ」


 訓練場で待っていたザイルが言うと、イフリートが腕を組んで答える。


 訓練場には他に、ナジュドとリドワーン、それに警護としてロブルアーノを含む数人の魔導師・軍人がいた。

 光莉はウンディーネを『解析』する。捕縛前のイフリートと同様に、正体不明の者に使役され『服従』をかけられている。


「準備はいい?やるよ」

「あぁ」


 光莉の声掛けに、ナジュドが答える。

 光莉はまず自らに、『容量制限解除』をかける。


「『解呪』」


 それから『解呪』を開始する。光莉の背に、ナジュド、リドワーン、ザイルが手を当て徐々に魔力を送り込む。


 現状、この世界で魔力容量が1億を超える人間は、光莉と智希、それに皇族であるナジュド、ザイル、リドワーンしかいない。

 『解呪』をしない限り精霊たちを匿っておくこともできないため、効率的に『解呪』を行うべくこの作戦が取られた。


「……オッケー!『解呪』できた」

「結構ギリギリだな……!リド、“混和”しとこう」


 やはりイフリートの『解呪』と同じくらいの魔力を要した。元々気絶していたウンディーネはそのまま、地面に倒れ込む。

 ザイルは汗を拭きながら、リドワーンに“マナの混和”を促す。


「ヒカリは、大丈夫?」

「うん、大丈夫……なんとか」


 魔力を使い果たしふらつく光莉の肩を、リドワーンが支えた。

 ちょうどその時、智希が訓練室に転移してきた。リドワーンに支えられる光莉に声をかける。


「光莉、大丈夫か?きつかったらペース落とすよ」

「大丈夫。“混和”、お願い」


 光莉を訓練場の壁にもたれさせ、両膝と両手を合わせ、額を合わせる。


(まだ始まったばかりだ……光莉、頑張れ)


 『解呪』は魔力の強い光莉にしかできない。智希は、祈ることしかできない自分が歯がゆかった。






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