07 かくしごと






「……大丈夫?」

「…すこし元気、出たかも」

「よかった」


 智希はそう言って笑うと、光莉の頭を優しく撫でた。

 智希は足元を見ながら慎重に光莉の上から離れ、ベッドから降りる。


「ほとんど食べてなかったよな、お腹空いてない? 何か作る?」

「大丈夫だよ、ありがと」


 倦怠感はとれたものの、やはり少し眠かった。しばらくは横になっていた方が良さそうだ。


「眠れそう?」

「うん、眠い」


 光莉が答えると安心したようにもう一度笑顔を見せ、智希は立ち上がった。

 光莉のことは心配だったが、自分が傍にいると気が休まらないかな、とも思った。


「ゆっくり寝て身体休めな。なんかあったら呼んで…」

「とも、き」


 呼び止めると同時に、光莉は智希の手を掴んでいた。


「どうした?」

「……も、少しだけ…一緒にいて」


 再び、熱が上昇する。胸が痛くなる。

 光莉が勇気を出して言った言葉に、智希は優しく笑って頷いた。


「わかった」


 そう言って光莉の掴んだ手を握り直して、智希はベッドの脇に座った。

 

「眠いなら、話しかけない方がいいかな」

「……ううん。話、したい」

「じゃあ、光莉が寝るまで話しかける」

「寝顔見られるのは恥ずかしいな」

「はは、パジャ島行き来してた頃にもう見ちゃってるよ」


 重ねた光莉の手を見つめる。小さく細く、長い指。

 この手が美しい旋律を奏でるのだろうな、と思いながら、智希は手遊びのように光莉の手の甲を指で撫でた。


「…智希って、こんなに優しい人だったんだね」

「どうしたの、急に」

「こっちに来てから…すごく感じるから」

「冷たいやつって思ってた?」

「冷たいとは思わなかったけど、壁は…感じてたかな。

 自分から声掛けたりはしないイメージ」


 光莉が言うと智希は、ベッドに肘をつき、腕の中に口元を埋める。


「……怖かったんだろうな、人と関係を築くのが。

 こっちに来たからって中身は変わんないけど…やっぱ光莉以外だれも俺のこと知らないってのが大きいかな」

「智希はほんとは…みんなと話したかったんだ」

「そうかも。こっちに来て、人と関わるの楽しいもん」


 ずっと、心のどこかで逃げ出したいと思っていた。誰も自分のことを知らないところへ、行きたかった。

 それが思いがけず叶ったことで、ここでは生まれ変わったような気持ちで生きられている。


「光莉は別だけど。

 ぜんぶさらけ出しちゃったから、光莉のことは大切にしないとって思うよ」


 思わぬ言葉に、光莉は聞き返す。


「…ど、どういう…意味…?」

「意味? 意味…俺の全部を知ってる相手だから、大切に、優しくするって意味だよ」

「そ、そっか」

「光莉の前で泣いちゃったからな。もうかくすもんないや」


 誰にも言ったことのない気持ちも、本音も、光莉には言えた。

 わかってほしい、知ってほしいという気持ちが叶えられたのは、初めてだった。


「かくすものないって、ほんと? 何歳までおねしょしてたとかも?」

「ははっ、知りたいなら言うよ」

「あははっ」


 少し光莉の元気が出てきたようで、智希は安心する。


 光莉が笑ってくれると、ほっとする。

 光莉が聞いてくれると、心が軽くなる。

 光莉が元気だと、元気になれる。


 この気持ちを伝えないのはもったいないと、誰かに言われた気がした。

 智希は「でも」と言って、光莉の手を再びぎゅっと握り直した。


「かくしてること、1個だけある」

「なになに?」




「光莉を、好きってこと」




 瞬間、全ての音が止まったような気がした。


「これでかくしごと、なくなった」


 光莉は固まり、智希はただ優しい瞳で光莉を見つめていた。


「……心臓とまるかとおもった」

「とまってなさそう。良かった」


 思わず光莉の口から零れ出たのは、なんだか間抜けな言葉だった。

 智希はそれに合わせるように光莉の手首の脈を取ってみせて、笑った。


 光莉は少し身体を起こして、智希に困ったような表情を向ける。


「待って。なんで今? 急に?」

「全部終わったら言おうと思ってたけど…もしすぐ戦闘になるなら、やっぱり言っときたいなって思って」


 そんなのは口実にしか過ぎなかった。

 ただ、今、伝えたいと思ったから伝えたのだ。

 ずっと、光莉から拒絶されることが怖くて言えなかった。でもなぜか今日は、するりと言葉が漏れ出てしまった。


「し……思考が追いつかない」

「ごめんね。俺もまだ返事欲しくないから…ゆっくり考えて」


 そう言うと光莉は、不思議そうに顔を上げた。


「ダメだったら落ち込んで戦えなくなりそうだし、オッケーなら…浮かれすぎて戦えなくなると思うから。自分勝手で、ごめん」

「そんなこと…ない」


 皆が真剣に未来に向けて戦っている中で、一人自分の感情に揺さぶられているわけにはいかなかった。せめて、返事をもらうのは後に伸ばしたかった。


「いつまでも待つから、気持ちが固まったら…返事ちょうだい」

「わ……わかった」


 それならこのタイミングで言わなければいい、とも思うけど、気持ちのタイミングが今だったのだから仕方ない。

 今でなければきっとまたしばらく、言えなかっただろうから。


「寝るまで一緒にいようと思ったけど…目覚めちゃった?」

「あー…うん、覚めちゃった」

「でも休んでた方がいいよね。

 途中で出てきちゃったし、俺は食事会に戻ろうと思うけど…大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 光莉はいつもと変わらない様子を装いながら、返答する。


「なんかあったら帰ってくるから、『念話』して」

「うん…ありがと」


 なんとなく気恥ずかしくて、智希は足早に部屋を出て行こうとしていた。

 光莉は、なにか言えることはないかと言葉を探していた。智希が行ってしまう、と思った時、ようやく言葉が見つかった。


「智希!あの…」

「うん?」

「あのね、……嬉しい。ありがとう」


 智希には、その言葉で十分だった。

 光莉の部屋を出て、階下に降りる。1階には、リオンとリイナがいた。

 光莉が魔力切れで寝ていること、時々気にかけて欲しいことを伝えて家を出る。


「とうとう……言っちゃった……」


 清々しいような、どっと疲れたような、なんとも言い難い気持ちだった。

 智希にとって初めての告白で、訳の分からないうちに言ってしまったなとか、でも言えて良かったなとか、色んな感情が混ざっていた。


(結果はどうなっても、ちゃんと言えた。今の俺には、及第点だ)


 自分で自分を励ましながら、再びワーウルフ族のアジトへと転移した。

 








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