02 魔導研究所の襲撃









「意味わからん!大丈夫なのか?!」


 突然の光莉からの『念話』に智希は焦ってしまい、頭の中ではなく声に出して返答してしまう。

 ニナがその様子を心配そうに眺める。


『私は大丈夫。

 なんか人を助けたいんだって…研究所の奥の方まで来て、あ…いまドア蹴破って入った』

「……」


 すごくまずい状況のように思うが、光莉の声色には危機感はない。

 逃げる手段はいくらでもあるはずなので、光莉が敢えて逃げないということは《人を助けたい》というところに引っ掛かっているんだろう。

 とにかく向かうか、と考えていると、トゥリオールからの『遠隔交信』が入る。


『トモキ!緊急だ、今研究所の機密研究室に魔族が侵入して…』

「知ってる。光莉が攫われたから、俺もすぐ向かう」

『はぁ?!』


 トゥリオールの反応はもっともだった。

 光莉も心配だし、まずは行って状況を確認した方が早そうだ。

 トゥリオールとの会話を聞き、ニナは不安げに言う。


「魔族が侵入って…大丈夫なの…?」

「行ってなんとかしてくるよ。

 ニナは安全なところに逃げられる?怖ければ一緒にそこまで行くよ」

「だい、じょうぶ。

 避難場所があるから、『転移』する」

「良かった。何かあったらすぐに『遠隔交信』してくれ」


 ニナは大丈夫そうなので、智希は光莉のもとへ『追跡』で転移する。

 機密研究室と呼ばれたその場所は、無数の標本や器具が並ぶ部屋だった。


「侵入者!侵入者!!」

「“検体X”が攻撃を受けています!」


 すでに研究室の魔導師数人とワーウルフ数人の戦闘が始まっていた。

 光莉はその様子を不安げに見ている。


「光莉、大丈夫か」

「智希!なんか、あの子を助けたいんだって」


 研究室の奥には、金属と特殊なガラスのようなものでできた大きな円柱の中に、小さな人のようなものが容れられている。


 一見、凍った蝋人形のような見た目だ。

 よく見ると人間ではなく、頭には耳が生え、尻尾がある。


「狼の…女の子…?」


 ワーウルフに似た姿ではあるが、ワーウルフのように全身を毛で覆われてはいない。

 どちらかというと人間寄りの姿で、4~5歳くらいの小さな女の子のように見えた。生死もわからないが、氷漬けにされている。


 徐々に増援の魔導師が研究室に集まってくる。ワーウルフの方はそれ以上の増援はないようで、もはや勝ち目はなかった。

 …とその時、ワーウルフの攻撃が円柱のカプセルに当たり、ヒビが入る。


「なっ…!冷凍カプセルが…!!」

「いかん、体温が急激に上がると細胞破壊が起こる!!」


 声を上げたのは魔導師の方だった。

 狼の女の子を囲っていたカプセルが破壊され、徐々に女の子を覆う氷が融解されていく。

 カプセル内に掛けられていた魔法が解けたのだろう。


「その子を生かしてやってくれ!!」


 展開についていけず見守っていた智希と光莉だったが、ワーウルフの1人の言葉を合図に、ようやく動くことができた。


「「『治癒』」」


 2人は同時に声を上げた。狼の女の子に、治癒魔法を施す。

 …と同時に、トゥリオール、アウグスティン、ロブルアーノらが次々と転移してきた。

 この3人が揃うということは、相当な案件ということだ。


「…ど、どういう状況だ……?!」

「……」


 その渦中にいることをどう説明すれば良いのかわからず、智希も光莉もとりあえず押し黙ることしかできなかった。







 それからすぐにワーウルフ達は捕えられた。

 智希たちが狼の女の子への『治癒』を始めるとワーウルフ達は一斉に攻撃を辞め、抵抗なく捕縛された。ワーウルフ達に『翻訳』をかける。


 狼の女の子の正体はわからないが徐々に融解される身体を放っておくわけにはいかず、智希が話を聞き、光莉が『治癒』をかけ続けることになった。


「…今日は偵察のみのつもりだったが、召喚者に侵入がバレたので突入した。

 この子を生かすために召喚者についてきてもらった」

「ついてきたっていうか…連れて来られたっていうか…?」


 光莉はなんとか保身しようと誤魔化すが、逃げられたのに敢えて逃げなかったであろうことは魔導師たちにはバレバレだった。

 トゥリオールは呆れたように息を吐いたが追及はせず、ワーウルフ達への尋問を行う。


「どうやってここに侵入した?」

「……方法は言えん」


 ワーウルフが答えると、光莉が智希に『精霊か《クイーン》が転移させたんだと思う』と念話を送る。


(ワーウルフは主に氷の大地で戦う魔族…

 恐らく水の精霊であるウンディーネが取り纏めているはず…)


 一般に魔族は『転移』などの魔法は使えない。人間の魔導師たちのように魔法陣を扱えないからだ。

 そうなると、ワーウルフを転移させたのは精霊か《クイーン》ということになる。

 今度はアウグスティンが尋ねる。


「目的は…この子を取り返すためか」

「そうだ……この子が攫われてから100年以上たった。

 現状、戦況も思わしくない。ファイアドラゴンもやられたと聞いて、このまま魔族が人間に負ければ一生無念を晴らせぬままだと思い実行した」


 以前、ヴァイオレットとメルヒオールが話していたことを思い出す。

 と。おそらくその件と、関わりがあるのだろう。


「罪なき者の命と人生を奪い、その上なんの罪もない子をいつまでも氷漬けにして、貴様らは何様だ?!」

「なぜ我々を苦しめる!!なぜ我々を痛めつける?!」


 捕らえられたワーウルフ達は口々に言うが、人間側は誰も答えない。


「ユキは…ユキは、生き返るか?」

「ユキ?」


 ワーウルフの1人が、心配そうに狼の女の子と光莉を見遣る。

 光莉は『治癒』をかけ続けている。


「その子の名だ。

 その子は…我々ワーウルフ族の族長の息子が遺した子なのだ」


 族長というと、リズやオニキスと同じような位の者ということになる。

 その孫が、なぜここに?


「…なんでその…族長のお孫さん?が、研究所に捕らわれてたの?」

「……もう少し遡って話をする必要があるな」


 光莉の問いに対しては、トゥリオールが口を開いた。








 トゥリオールの話は、なぜか前召喚者の話から始まった。


 今から約130年前。38世紀の始まりと同時に、“後退の8年”がやってきた。

 ちょうどその年、197代皇帝(ナジュドの2代前、曾祖父にあたる)が22歳で即位する。


「ドラゴンの出現による前世紀の敗戦に危機感を抱いた皇室は…

 ラティア神からの進言で、この年初めて《召喚の儀》を行うことになった」


 《召喚の儀》。

 召喚者をα地球から呼び寄せるための儀式。


 召喚には、大量の魔力が必要だ。

 50年近い歳月をかけ神官・魔導師らが魔力を注ぎようやく呼び寄せた召喚者が、寿朗と蛍の2人であった。


「2人は幼馴染だった。

 ホタルはトシロウを慕っていたようだが、トシロウには別に好いた相手がいた。

 その相手と離れ離れとなったうえ見知らぬ世界に来たことで、トシロウは精神を病んでしまった」


 寿朗がそんな状態だったので、皇帝はとうとう召喚者2人を戦わせることを諦めた。

 2人は対を結んだまま、魔力の暴発を防ぐために年に数回“マナの混和”をするに留めた。


 50年の歳月をかけた召喚がそのような形で終わり、皇帝は失望した。


「197代皇帝は、現陛下や前陛下に比べるといささか冷酷無慙な方だったという。

 “後退の8年”への対応に追われていたこともあり、トシロウは治療院に入院させられ、ホタルは人気のない森の家にほぼ軟禁状態で住まわされた」

「ひどい……!そっちの都合で勝手に連れてきたのに…」


 光莉が言うと、トゥリオールは深く頷いた。

 ロブルアーノは、眉間に皺を寄せて聞いている。


「それでもホタルは気丈に暮らしていた。

 軟禁され、人間もほとんど寄り付かぬその家で……魔族と恋に落ちたのだ」

「えっ」


 思わず智希が声を漏らした。予想外の展開に、眉を顰める。


「……ここからは、我々が話そう」


 そう言ったのは、冷凍カプセルを魔法で叩き割ったリーダーらしきワーウルフだった。


「彼は、族長である父上様によく似た、勇敢で屈強な男だった。

 決して威張らず、誰からも愛される優しい男で、族長補佐として皆をまとめていた」


 そのワーウルフの男は、“後退の8年”での戦いで大怪我を負い、森に逃げ込む。逃げ込んだ先にいたのが、蛍だった。


 蛍は人間の敵であるはずの彼を介抱した。

 名がないと知ると、彼に『リヒト』という名を付けた。







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