第9章 前世紀の召喚者

01 イオの忠心








 翌朝、智希と光莉はいつもより遅い起床となった。

 まだ、昨日の疲れが残っている。


「ヒカリ!トモキ!」


 同じタイミングで起きたので2人で1階に降りると、リイナとリオンが2人に飛びつくように抱き着いてきた。


「イオを助けてくれて、ありがとう!」

「死にかけたって聞いて……2人にはなんてお礼を言ったらいいか……!」


 リオン達は、イオと魔導学校の同期だと聞いていた。

 仲が良い様子だったので、さぞ心配だっただろう。


「当たり前のことをしただけだよ。本当に助かって良かった」

「リオン達は、イオに会った?」

「うん、ピンピンしてたよ。

 むしろ『治癒』してもらって元気になったって言ってた」


 リオンの言葉に、光莉と智希もほっとする。


 





 朝食を済ませ、智希と光莉はイオの様子を見に帝都の治療院に行った。

 昨日も少し話したが、イオを気遣ってあまりじっくり話はしていなかった。


「よっ」


 病室にいなかったので探していると、リハビリ室のような場所で筋トレをしているイオの姿があった。

 光莉はイオの身体を気遣って言う。


「病み上がりなのに、大丈夫なの?」

「このメニューこなせたら任務に戻っていいって言われたから、早速やってる」

「えーっ!」


 イオが見ていたメモには、腹筋200回、腕立て200回、外周20km……と見るだけで疲れるようなトレーニングメニューが書かれている。

 恐らくイオの上司が作成したものだろう。


「休むと身体ナマるからな。

 せっかくもらった命だ、少しでも人の役に立てるように生きないと」


 昨日死にかけた人の言葉とは思えず、凄いと思う反面、やはり心配になる。

 トレーニングの手を止め、イオが汗をぬぐって言った。


「不思議だよな。お前らがいなかったら俺、死んでたんだよな」

「そう…だな。死んでたと思う」


 『治癒』のおかげで細胞の壊死は防げていたが、心拍と呼吸は完全に停まっていた。

 『治癒』では細胞を甦らせることはできても停まった心臓を動かすことはできないようで、イオの蘇生の決め手は間違いなく心肺蘇生だった。

 あれがなければ、イオの心臓が再び動くことはなかっただろう。


 するとイオは突然、胡坐をかいて座り床に両拳を突き立てた。


「俺はずっと、神と臣民に忠義を誓ってきた。でも今日からは違う。

 俺はこのさき一生、トモキ・アマノとヒカリ・アサクラに忠義を尽くす」

「……は、えぇ……??」


 突然のことに、智希は裏返ったようなおかしな声を漏らす。


「まだまだ戦力にはならねぇだろうが、俺はお前らのために必ず強くなる。

 絶対に裏切らないやつがいるって思うだけでも、心強いだろ。上官や陛下に命令されようが、お前らがノーっつったら俺もノーだ」


 そう言ってイオは、にかっと笑った。


「かっこいい!侍みたい!!」

「なんだ、サムライって。イカした響きだな」


 光莉ははしゃいでいたが、智希は圧倒されて何も言えなかった。


「気負うなよ、友人は友人だ。

 ただ、お前らに命預ける覚悟だってことだけ言いたかった」

「なんか……滅相もないっていうか……」

「死にかけた命救ってもらったんだ、これくらい当然だ」


 そういうもんなのか、と智希は頭を掻いた。


「…それに見合うように、俺も頑張る。ありがとう」

「あんまり先を行くなよ。追い付けなくなるからな」


 2人は握手を交わし、ハグで信頼を確かめ合った。光莉とイオも、同様に握手とハグを交わす。

 イオの言う通り、智希と光莉にとってかけがえのない味方ができたことは確かだった。






 その足で2人は、ニナに会いに研究所にやって来た。

 電動車椅子の大まかな設計が決まったから、一度相談したいと連絡が入ったのだ。


「ヒカリ、トモキ……!」


 ニナは2人の姿を見つけるや否や、急いで駆け寄ってくる。


「イオのこと……ほんとに、ほんとにっ……ありがとう……!」


 控えめに2人の手を取りながら、ニナは俯いてぽろぽろと涙を零した。

 光莉はニナを抱き寄せ、優しく言う。


「怖かったね、ニナ。

 大丈夫、イオ、ちゃんと元気になってたから」

「ほ、ほんと……?」

「うん、ピンピンしてた。引くぐらい筋トレしてたよ」

「よかった……っ!ありがと、ありがとね~……」


 光莉にしがみつくように泣くニナの姿に、ニナはイオのことが好きなのかな、と思ったが、智希は黙って2人の様子を見ていた。






 いくつか転移装置を乗り換えて、ニナの所属する研究室までやってきた。


「おぉー!車椅子っぽい、ぽい!」

「この前つくってくれた仮の枠組みに、魔法陣を埋め込んでる。

 仮って言ってたけど、私が乗っても十分操作できたよ」


 前回研究所を訪ねた時に、ざっくりとしたイメージで『金属加工』した車椅子のフレームとタイヤのフレームを託していた(タイヤのゴム部分は研究所の方で加工してくれた)。

 そこに魔法陣を組み合わせて、電動車椅子ならぬ魔導車椅子が完成していた。


「ヒカリ、乗ってみる?」

「乗る乗る!」


 廊下に車椅子を運び、光莉が乗車する。

 ジョイスティックのようなものを操作すると前へ進み、方向転換も自在にできている。


「なんか、普通に快適!」

「でしょ。あとは耐久性のテストをして…問題なければ、一般でも使えるようにできると思う」

「ニナ、すげえな。

 ほんと研究者…ってか、開発者って感じだ」

「アイデアは2人のものだもの」


 想像以上の出来栄えに、驚いた。こんな数日でここまで完成させるとは。

 だからこそ、智希は口ごもりながらニナに言う。


「まだ…上手くいくかわかんなかったから、当事者の女性には車椅子のこと言わないでもらってるんだ。

 もし受け容れてもらえなかったら…折角作ってもらったのに、無駄になるかもしんない。

 そうなったらほんとに、申し訳ない」


 魔導車椅子の設計書にはメモや計算式がたくさん書き込まれ、ニナが開発にたくさんの時間を費やしてくれたことが推し量れる。


 しかし、障害受容というのは簡単なものではない。

 健常者である智希たちの善意が却って相手を苦しめることだってある。車椅子の受け容れについても、智希は五分五分だろうと感じていた。


「それは大丈夫、善意の押し付けはしない。あくまで使う人が決めることだもの。

 でもね、作っててほんとに楽しかったの。


 トモキ達の世界で…きっと色んな想いを込めて大切に大切に作られてきた製品だったんだろうなって、すごく…感じたの。

 人々の優しさと愛情を感じながら作らせてもらった。作らせてくれて、ありがとう」


 ニナの言葉に、智希も考えさせられる思いだった。

 便利なものに慣れすぎて、それがどうして開発されたかとか、開発の過程がどれほど大変だったかとか、そんな風に考えたことはなかった。


 ニナはそういう開発者の想いを感じながら、この魔導車椅子を作ってくれたのだ。

 研究や開発を生業とするニナだからこそ、気付けたことなのだろう。

 






 智希とニナが車椅子の細かい調整について話している間、光莉はトイレのために中座した。


「う~ん……帰り道がわかんなくなった……」


 用を足してニナのいた研究室に戻ろうとしたが、同じような作りのドアが並んでおり帰り道がわからなくなってしまった。

 ウロウロしているうちに、更に入り組んだ場所に迷い込んでしまったような気すらしてしまう。


 仕方ないから対の『追跡』で転移を…と思っていると、慣れない気配に気付く。


(魔族の気配……?)


 本当にうっすらとだが感じたその気配は、人間のものではなかった。

 しかし気配が薄すぎるので、どんな相手なのかや、立ち位置までは特定できない。


(『隠密』と『透過』かな……念のため私も『透過』)


 常に自分に『隠密』はかけ続けているので、併せて『透過』を行う。これで、相手からも自分が見えなくなった。

 今度は『心眼』と『探知』で、居場所と気配を探る。


(…あのへんに、いる)


 廊下の角を曲がった先に、その気配を感じる。動きはないので、こちらには気付いていない様子だ。

 光莉も見つからないように、柱の陰に隠れる。


(『隠密』『透過』が使えるってことは…

 神級魔法か精霊魔法が使える人が術をかけ

た…?)


 敵側だと、精霊か《クイーン》くらいしか思い当たらない。強い魔力は感じないので、配下か誰かを送り込んでいるのだろうか。


(うっすら見える姿は、狼っぽい…ワーウルフ?

 『隠密』のせいで『解析』はできない…『解呪』で『隠密』を解いて……

 いやいや、その前に智希に報告しないと)


 考えを巡らせ智希に『念話』をしようと思った時、なにかにぶつかった。


「きゃっ」

「えっ」


 考え込んでいる間に、魔族にぶつかってしまった。

 『隠密』がかけられているために正確な位置が測れず、いつの間にか動き出した魔族との距離が詰まってしまったようだ。


 接触のせいで、お互いに『隠密』『透過』が解けてしまう。

 光莉がぶつかった相手は、ワーウルフだった。


「やばっ」

「しょ、召喚者か!?」

「あ、え?はい」


 慌てて『転移』で逃げようとしたがワーウルフに腕を掴まれ、質問につい答えてしまう。

 やばいやばいやばい、と逃げようとすると、ワーウルフが光莉の両手を掴んで言う。


「助けて欲しい人がいるんだ!」

「え、人?」


 人を助けたい、と魔族であるワーウルフが言った。突然のありえない発言に、光莉は思わず顔を上げて目を合わせる。

 狼のような顔でいまいち表情は読めないが、どこか必死そうな様子だった。


「時間が無い、一緒に来てくれ!」

「え、え、困るんですけどっ…」


 光莉の手を引き、更に研究所の奥へと進もうとするワーウルフ。

 光莉は慌てて智希に『念話』を送る。


『智希ー!道に迷ってたら魔族にぶつかって、連れて行かれてる~』

「は?」


 智希にとって、これまでで一番度肝を抜かれた瞬間となった。








――なるほどな。死んだ仲間のためにその子供を取り戻したいと。

――決して迷惑はかけない。この機を逃したら、一生あの子は囚われたままだ。

――人間に気付かれぬようにすること。もし気付かれても私の名は出さぬこと。帰りは自力で帰ってくること。……できるか?

――それでいい!とにかくあの子を解放したい……!









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