02 リイナの涙






 ひとまず戦場の見回りを終えて、帝都のエリアル宅に2人は戻った。

 リイナは2階で片付け中、リオンはこれから買い物に出かけるところで、光莉は「私も買い物行きたい!」と言ってリオンと一緒に出て行った。




 智希は手持ち無沙汰だったので、とりあえずリイナに手伝うことがあるか聞いてみようと思い2階へ続く階段を上がった。


「リイナ、なんか手伝うこと…」

「うわ、わ、とっ……!」


 リイナは踏み台に登って本棚の整理をしていたようだが、半分寝ながら作業しているようだった。

 智希が声をかけると驚いて、バランスを崩し踏み台の上でふらふらし始めた。


「え、リイナっ…!」


 智希は慌ててリイナに駆け寄り、踏み台から完全に足を踏み外したリイナの背中を支え、リイナが床に転落するのを防いだ。

 …が、頭上から降ってきた本が何冊かリイナと智希の上に落ちてきた。 


「だ、大丈夫か…!?」

「……うん、へーき」

「本、当たった?」

「ちょっとだけ。ごめん、トモキ痛かったね」


 リイナに覆いかぶさるように庇った智希に、リイナは心ここにあらずといった表情で答える。

 智希はリイナの髪についた埃を払いながら言う。


「てか魔法使えばよかったんだ、ごめん。身体が先に動いた」

「ううん…ありがとう」

「急に声かけて驚かせちゃったな。立てそう?」

「ふふ、大丈夫だよ。ありがと」


 智希は立ち上がり、リイナが身体を起こすのを支えながらそのまま手を引いて、リイナをソファに座らせた。


「わ!リイナ、血が出てる」

「ほんとだ。痛くないし大丈夫だよ」

「ダメだよ、跡が残る」


 踏み台で擦ったのか、リイナの右足から少し出血していた。

 智希はリイナの正面に跪いて手をかざし、『治癒』を行う。

 傷はみるみるうちに消え、同時に血も消えていった。


「ありがと。

 トモキはすごいね、なんでもできちゃうね」

「全然。できることをやってるだけだよ」

「それでも……すごいよ」


 リイナは浮かない顔で、視線を落とす。

 今朝からなんとなく、元気がない様子だった。どう声をかければいいのかわからず、少しの沈黙の後智希が口を開く。


「リイナ。

 なんか……俺に手伝えることある?」


 この声掛けが正解なのか間違いなのか、自信のないまま智希はリイナを見上げた。

 リイナも、言葉を選ぶように答える。


「……トモキは…、聞いた?

 私とリオンの……家族の、こと」


 リイナは顔色の悪いまま、言う。

 家族のこととは、先日エリアルが話そうとしていた内容だろうか。


「ごめん、知らない。

 ……何かあるってことは聞いてるけど。

 人づてには聞きたくないから…俺も光莉も、内容までは知らないんだよ」


 リイナは少し驚いた様子だった。

 魔導協会も協力する、というようなことをエリアルが言っていたので、当然智希にも話が伝わっていると思ったのだろう。


「リイナが話したくなったら話してほしいし、俺たちにできることがあるならなんでもする。

 逆に、話したくないなら聞きたくない。

 知らないでいて欲しいっていう気持ちも、わかるから」


 元の世界では《知らないでいて欲しい》という智希の想いは一度も叶わなかった。

 狭い町の中で起こった出来事は全国に知らされ、《誰もが知る事実》となってしまったからだ。 


 智希の言葉にリイナはうるうると涙を溜め、下を向いた。

 智希はそっと立ち上がり、リイナの座ったソファーの隣に腰かけて控えめに頭を撫でた。


「……っ、……ありがとう…。

 聞いて…ほしい気もする、けど……っ、話すのも、つらい……トモキに心配、かけたくもない……!」


 リイナのその気持ちは痛いほど伝わっていたが、智希はどう答えていいのかわからなかった。

 内容を知らないままに、色々と言いたくはなかった。


 つらい出来事に正面から向き合うことの苦しさを、言葉で表出することの苦しさを、それでも誰かを頼りたいという気持ちを、智希は知っている。


「……リイナの気持ち次第でいいんだよ。

 話したくなったらいつでも聞くから。ね」

「……っ、うん……あり、がと……」


 ぽろぽろと涙を流しながら、リイナは智希の肩に頭を預けた。


 光莉ならこんな時どう言うのかな。

 リイナと一緒に泣いてあげられるのかな。

 そんなことを思いながら、どうかリイナの不安が少しでも軽くなるようにと願うことしかできなかった。







 それから少ししてリイナも泣き止み、落ち着いた様子だった。


「リイナ、少し休んでなよ。指示してくれれば、俺が動くよ」

「でも……」

「俺もここに住んでるんだから、働かないと」


 智希が頭を撫でると、リイナは困ったように笑った。

 エリアルが仕事で使い終わった本や資料を適当に積み重ねて放置しているので、それを片付けていたようだ。

 本の種類順に並べていると言うので、分類わけしてから本棚に戻していく。


「…お師匠は片付けが苦手なの。私とリオンは、整理整頓係」

「じゃあ、2人のお陰でエリアルさんはのびのび働けてるんだな」

「うん、きっと…そう」


 リイナも少し元気が出てきたようで、安心した。

 本棚の片付けがひと段落し、その後はリイナの浄化魔法で塵や埃を綺麗に取り去った。


「トモキ、少し散歩に行かない?」

「いいけど…リイナ、休まなくて大丈夫?」

「うん。久々に太陽浴びたい」


 長く氷の大地で任務にあたっていたこともあってか、リイナは日の光を浴びたいようだった。

 家の鍵を閉め、特に持つものも持たずふらりと出かけた。






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