第7章 暗闇を照らす光

01 魔族の根城







 翌朝智希は、階下の話し声で目が覚める。

 なんだか久々に、ぐっすりと眠れたような気がした。


(目腫れてないかな…)


 正直、兄と父が死んだ時よりも泣いてしまった。

 きっと今まで2人の死から目を逸らし続けていたんだろうな、と思い、自分で自分に呆れてしまう。


 そして光莉の抱えているものを聞いて、妙に納得がいった。

 元々人当たりの良い人だとは思っていたが、同級生とは一線を引いているような、一歩下がって人と関わっているような印象があった。


(色々抱えて、それでも今腐らずいられるのは…光莉の才能と努力の賜物だ)


 環境は違うが、智希は腐ったまま生きてきた。もう自分には未来なんてない、と思いながら。

 覚悟を決めてちゃんと前に進もうとしていた光莉は、やっぱりすごい。


 光莉との関わりは、高1の終わり頃バイト先に光莉が入ってきてからだ。

 智希に対しては、比較的懐いてくれているような気がしていた。

 智希の事情を知っていたからかもしれないが、程よい距離を保って関わってくれるので、智希としても関わりやすい相手ではあった。


 光莉は本当にすごい。

 自分のような人間の心すら、溶かしてしまうなんて。


「おはよう、トモキ!」

「おはよう~…」


 ダイニングにはマリアとエリアルがいて、エリアルは大きな欠伸をしながらお茶を啜っていた。


「エリアルさん、昨日は帰ってたんだ」

「えぇ。昼過ぎには帰ってきて、今まで寝てたわ」

「よっぽど疲れてたんだな。ほんとお疲れさま」

「あっ!『特殊結界』助かったわ、私寒いの苦手だから…

 南基地の冬なんて精神が崩壊する寒さよ」


 北半球の帝都が夏なので、南極は今季節で言うと冬になり、今はちょうど極夜の時期。

 数分滞在するたけでも凍えそうだった。

 長く駐在しているエリアルにとってかなり過酷な環境であることは、容易に想像できる。


「トモキ達は、パジャ島の辺りの出身と聞いたわ。あの辺りの気候はどう?

 比較的過ごしやすいと聞いているけど」

「四季があって、過ごしやすいとは思うよ。南か北かでだいぶ気候は違うけど」

「南の方は台風が多いようね。毎年多くの被害が出ているわ」

「そうだね、元の世界では『災害大国』なんて言われてたからな。

 全国的には地震も多い。

 地震で大きな津波が来て大勢が亡くなったこともあった」

「津波…確かに沿岸部に住む人は、地震のたびに高台に避難しているわ」


 智希は、数年前に起こった大震災を思い出す。

 地震後の津波で、多くの人が亡くなったことは記憶に新しい。


「元の世界は温暖化の影響もあったのかもしれないけど…沖の地震で、沿岸部から数キロ離れたところまで津波が到達してた。

 昼間で警報が出ていたにも関わらず1万人以上の人が亡くなったから、きっと想定以上の津波だったんだと思う。

 建物の4階にいても亡くなった人がいたって報道もあったし…こっちは魔法があるから大丈夫なのかもしれないけど」

「……いえ、こちらの世界でも甚大な人的被害を及ぼすのは大抵津波よ。

 パジャ島に知り合いがいるから、今度話してみるわ」


 マリアが智希のぶんの朝食を用意してくれた。お礼を言って、バケットを頬張る。

 この世界には柔らかいパンはなく、フランスパンのような固いパンが多い。

 程よい塩味とバターの香りが、智希は好きだった。


「そういえば、俺らって…この家にいつまでもいたら迷惑じゃない? 大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫!

 この家はフォーキン家が税金対策で持ってる家で、元々はアパートとして部屋を貸してたのをあなた達に貸してるだけだもの」

「そうそう。

 ちゃんと皇室から賃料は頂いているから、気にしなくていいのよ」


 なぜか智希の質問にはマリアが真っ先に答えてくれた。

 フォーキン家専属の使用人とあって、一家の事情は知り尽くしているようだ。

 エリアルは飲んでいたカップをことりと置き、笑顔を見せる。


「召喚者様がどこに住むか、いくつか候補はあったの。

 うちは補欠の補欠の補欠くらいだったんだけど…結果的には勢いで呼んじゃった。


 自立したくなったらいつ出て行ってもいいし、長く住んでくれてもいい。

 この世界にいる限りは、あなた達は自分のしたいように過ごせばいいわ」


 最初の頃エリアルは、問答無用で2人をこの家に転送させた。

 混乱していたあの時には気付けなかったけど、それは2人のことを気遣ったエリアルの優しさだったんだと、今なら心から思える。


「最初にここに来られてよかった。

 ここじゃなかったら、俺も光莉も心折れてたかもしんない。

 エリアルさん…それにリオンにもリイナにも、マリアさんにも感謝しかないよ。ありがとう」


 智希が言うと、エリアルとマリアはぽかんとした顔で智希を見る。


「な……なんか今ちょっと、不埒な事考えそうになったわ……!」

「ダメよエリアル。

 20以上も年の離れた子はさすがにダメ」

「そうね、そう…でもちょっとキュンとしちゃった…」

「きゅんと……??」


 マリアに諭されエリアルは平静を保とうと、カップの飲み物を一気飲みした。







 それからバラバラと、2階で寝ていた住人が起き出してきた。

 最初はリイナ、リオン、そして最後は光莉。

 エリアルは非番のようだが、朝から忙しそうに出かけていった。


 光莉と智希は朝一番、『治癒』や戦闘の支援のため各戦闘地を周った。


「だんだん魔族の数、増えてきてない?」

「そうだな…戦場も点々と増えていってるし」


 相変わらず大規模な戦地は氷の大地、王国アミリア、王国イージェプトの3か所だった。

 他の国でも数十人規模の魔族の暴動は起きていたが、各地域の魔導師で対処はできている。

 …が、それも徐々に規模が拡大しつつある。


「あれは?」

「ワイルドボアの群れを使役してるんだろうな」

「『防壁』!

 うわ、あっちも…『防壁』!『防壁』!『防壁』!」


 アウグスティンの返答も待たず、光莉は魔法を繰り返した。

 軍人・魔導師を取り囲むように襲ってくるワイルドボアに放った『防壁』魔法は、結界よりも強固な防衛魔法だ。

 光莉の作った見えない壁に激突し、ワイルドボアはなだれるようにひっくり返る。


 新たな戦場となっている王国アフォグリアのマガスカトル島で戦闘の様子を監視しながら、アウグスティンが言う。


「やはり魔族側は、かなりの数の戦闘員を温存していると思っておいた方が良いだろうな」

「そんなにたくさんの魔族、一体どこから来てるんでしょうね?」

「さぁ、魔族に聞いてみるしか―――」


 アウグスティンの言いかけた言葉に、アウグスティンも智希も光莉もはっとして目を合わせた。





 …というわけで訪ねたのは、パジャ島にいるオニキスとリズだった。

 2人の一族は富士山周辺を根城にしていたとは聞いているが、その他の多くの魔族が一体どこから来ているのか尋ねてみた。


「いやぁ~、いくらヒカリ様の頼みでもそれはさすがに言えねぇ…!」

「だな。俺たち種族の身は預けたが、他の種族は別だ。

 そいつらを危険に晒すようなことはできん」


 オニキスもリズも、オーガ族・リザード族以外の魔族を巻き込めないと真相を話してはくれなかった。


 続いて訪ねたのは、軍要塞で保護されているイフリートだ。

 智希と光莉の問いに、イフリートはふんっと鼻を鳴らす。


「聞いたところでどうする?

 待機している魔族を叩いて、少しでも戦闘員を減らすのか?」


 確かに、その先のことまで考えてはいなかった。

 この戦いは、そういう戦いではないはずだ。

 それにいま下手に動いて、《クイーン》にこちらの目的を悟られるわけにはいかない。


「…………やめよう。

 それはなんか、違う気がする」


 重々しい口調で、光莉は言う。

 智希もそれに同意だった。


「いい判断だ。

 それに、魔族の根城は無数にある。全てを叩こうなんて、不可能な話だ」


 イフリートは肩をすくめて言った。 


「まぁ、少し助言を与えるなら…

 にしか通れない道がある。ただそれだけのことだ。

 お前たちがいずれ人間や魔族に…世界に対し然るべき終着をもたらしたなら、教えよう」


 イフリートの言う《然るべき終着》がどういうものなのか、今の2人にははっきりとはイメージできなかった。

 2人はマガスカトル島に戻ると、アウグスティンには「誰も教えてくれなかった」とだけ伝えて戦地を後にした。







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