07 それってまるで、
食事を終え順番にシャワーを済ませて、ばらばらと自室に戻っていく。
最後に風呂に入った智希をリビングのソファで待ちながら、光莉はスマホの画面を見ていた。
なぜかこちらの世界に来てもバッテリーは減らず、インターネット回線は使えないものの保存してある写真などは見られるようになっていた。
「スマホ、やっぱり使える?」
「うん、充電は減ってないよ」
風呂上りの智希が、タオルで髪を拭きながらリビングにやってくる。
水分を含んだ前髪が、智希の目にかかっている。
智希ともスマホに関しては検証済で、充電が減らないならカメラとしては使えるね、という程度で終わっていた。
なんの機械か説明するのもややこしいので、基本的にはこちらの世界では使用していない。
「……これね、大好きな先生が卒アルに書いてくれたの」
「見ていいの?」
「うん」
ソファに掛け、智希がスマホの待受画面を覗き込む。
中学の卒業アルバムに、部活の先生が書いてくれた言葉だ。
「『暗闇に慣れないで、光り続けて。あなたはきっと、誰かを救う光になる』……
すごい、めちゃめちゃいい言葉じゃん」
「でしょ。
落ち込んだ時に見ると、励まされるの」
光莉の言葉に引っかかったのか、智希は優しい眼差しを向ける。
あぁなんだか構ってちゃんみたいな言い方しちゃったな、と光莉はすぐに後悔し、言葉を繋げる。
「…『光莉』って名前、嫌いだったの。
親じゃなく、教団に付けられた名前だから……親に名付けて欲しかったわけでもないけど。
でもね、この言葉をもらってから、悪くない名前だなって思った」
中学の頃は、いつか改名しよう、と決めていた。
名前が嫌いというより、教団が名付け親であることが嫌だったのだ。
それを思い直させてくれたのは、中学の先生だった。
「微妙な気持ちかもしれないけど、俺はいい名前って思うよ。
光莉のいいところを表した名前だなって」
「そうかな」
「今日ちょうど、リイナとも話してた。
光莉によく似合ってるって」
智希はソファにもたれ、背もたれに片肘をつきながら笑う。
「少なくとも俺にとっては、どんな暗闇でも行く先を明るく照らしてくれる、光だよ」
「……それって、」
まるで、告白みたい。
そう思ったけど、もちろんその言葉は飲み込んだ。
智希はきっと、落ち込んだ相手を励ますためならいくらでも優しい言葉を紡いでくれる人だから。
「今日のシチュー、美味かったなー」
「だって、ほとんど智希のレシピだもん」
「大体の材料言っただけじゃん。作ったのは光莉だよ。
光莉の手料理食えて嬉しかったよ」
人を気遣って優しい言葉をかけるけど、智希の言葉に嘘はない。
少し大げさに言ってることはあるかもしれないけど、智希の言葉はいつも正直で、真っ直ぐだ。
まるで、あの夏の日に智希が放ったボールのように。
(元の世界では、誰もそれを知らなかった)
本人の意思と関係なく智希の背景にあるものは広く晒され、誰もが知る事実となっていた。
その結果智希は心を閉ざし、周囲も智希から一定の距離を置いていた。
智希は目の前にいるのに、皆は智希ではなく智希の背景ばかりを見ていた。
こんなに優しくて穏やかで繊細な智希のことを、誰も知らなかった。
「……智希が喜ぶなら、また作るよ」
「今度はカレー粉調達しような。
今日でめちゃめちゃカレーの舌になった」
「わかる、食べたくなるよね」
でも、こっちの世界では違う。
光莉以外は誰も智希の背景を知らない。
ここでの智希はただの、魔力の強い優しくて賢い青年だ。
(ここではみんなきっと、智希の魅力に気付いてしまう)
考えるだけで胸が痛くなった。
どうしてこんなに弱弱しい気持ちになるのか、光莉自身もよくわからなかった。
『……、トモキ』
「え?あ、『遠隔交信』か」
どこからか突然声がして、辺りを見回す。
…とすぐに、『遠隔交信』の魔法陣からだと気付く。
『ジュリよ。今、大丈夫?』
「ジュリ?あ、うん…」
ジュリから智希への連絡だった。
光莉が席を立とうとすると、智希がそれを制して立ち上がり、ドアを開け屋外へ出ていった。
対の相手や使役した者との『念話』は外部に聞こえずにやり取りができるが、魔法陣での『遠隔交信』は近くにいる人にも会話が聞こえてしまうのが不便なところだ。
(ジュリちゃん…智希へのお誘いかな)
ジュリは智希を気に入っている様子だった。
皇位継承者はやはり、魔力の高い相手と結婚することが多いと聞いた。
ナジュドの妻であるエライザも、元々は特級魔導師として活躍していたと聞いた。
この世界では魔力の高さはステータスのひとつだ。
智希はこれからたくさんの女性に言い寄られるのだろう。
外から智希が、戻ってくる。
「……食事にでも誘われた?」
「なんでわかるの?すごいな」
やっぱり、と漏れそうになる言葉を飲み込む。
智希は、ふぅとため息をひとつついた。
「とりあえず近々一緒に食事することになったよ」
「そう…なんだ」
「嫌いなものとか聞かれたけど、光莉、なんかある?」
話の展開に、光莉は思わず「え」と声を漏らした。
「……2人で食事するんじゃないの?」
「あー…いや、2人じゃなくみんなで食べよって言った。
そしたら、お兄さん達にも声かけてみるって」
2人での食事に誘われたが、智希がやんわりと断ったような言い方だった。
いずれにしてもジュリと2人きりで会うわけじゃないとわかって、ほっとしてしまう。
「…そっか」
なんだか自分が、情けなくなる。
こんなことで一喜一憂するなんて。
「今日、元気ないな」
智希が光莉の目の前にしゃがみこみ、光莉を心配そうに見上げた。
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「うん。元気元気」
「俺にしてほしいこと、ある?」
必死に誤魔化しても、智希にはバレているようだった。
(欲深い自分が嫌だ)
初めは姿を見るだけで嬉しかったのに、それが話せるようになって、ここに来て毎日一緒に居られるようになって。
これ以上望むものなんてないはずだったのに、今度は智希を独り占めしたいと思い始めている。
「写真、撮ろう」
「え、写真?」
「うん。カレー作ろうとしてシチューになっちゃった記念の写真」
「ふはっ、なんだよそれ!」
智希が無邪気に笑うので、光莉もつられて笑った。
「ほんとに撮るの?」と恥ずかしがる智希をよそにスマホをインカメラにして腕を伸ばすが、智希と距離が離れているのでうまく2人が映らない。
「あー、腕が短い。智希、撮って」
「俺が座ればいいか…」
渋々ながらも、智希は立ち上がって光莉の隣に座った。
画面内に入るために、少し距離が近づく。
毎日のように触れているのに、なんだかこういうシチュエーションだと照れ臭くなるのが不思議だ。
「自撮りとかしたことない」
「え、ほんと?ボタンの押し方わかる?」
「ばかにすんなよ」
そう言いながら智希は光莉を小突き、光莉が笑いだした瞬間にボタンを押した。
「えー、超笑ってるじゃん!もう1回っ」
「いいじゃん、可愛く撮れてるよ」
智希の言葉に光莉は一瞬で熱をもつ。
深い意味はない深い意味はない、と言い聞かせつつも、顔がにやけてしまう。
「そうだ、魔導石の話しないと」
「あ、忘れてた」
「確かにあったな、『魔導石生成』。光莉ほんと記憶力いいよな」
「魔導石って何かなって気になって覚えてたの」
光莉と一緒に作った神級魔法の一覧に、確かにそれはあった。
皇室には伝わっていないようなので、現状では新たに広めない限りは智希たち召喚者にしか使えないということになる。
「結構、貴重なものっぽかったね」
「魔獣を倒さないと取れないって言ってたもんな」
魔導石自体は充電式バッテリーのような使い道となるが、希少価値でいうと現代でいうレアメタルのようなものかもしれない。
限りがあるので国が管理し再利用しながら使っている様子も見て取れた。
「…とりあえずやってみるか」
「1回、“混和”しとく?」
「そうだな」
「そっち向けばできるかな」
2人ともソファに足を上げて座っていたので、智希は胡坐と正座の中間のような姿勢で光莉の方を向き、光莉は女の子座りで智希の方を向いて、どちらからともなく手を繋いだ。
「だいぶ照れなくなってきた?」
「そういうこと言われると照れるから」
「あははっ」
徐々に距離を近づけるこの瞬間が、本当は一番緊張する。
目を閉じるのが早すぎると、間違って唇が触れてしまいそうで。お互いにちゃんと狙いを定めて、額を合わせる。
慣れてはきたけどドキドキするのは変わらない。体の中心が熱を帯びるような、ちょっと切ない感覚も。
魔力が満タンになり、さっそく智希は「『魔導石生成』」と唱えた。
「うぉ、だいぶ持ってかれる…」
満タンにした魔力は、ほとんどなくなってしまった。
なにもない空間に、ゆっくりと石のようなものが姿を表す。
30センチ近い大きさで、黒っぽいがよく見ると中心部が七色に光っている。
「でけぇな」
「…これが魔導石…?」
「『解析』」
智希が、魔導石らしきものを解析する。
解析結果に『神級魔導石』とあって、「ん…?」と思ったが、それ以上に。
「…魔力容量…いち、じゅう、ひゃく……さ、300億…?」
「そんなにあるの?それって普通なの?」
「わ、わかんない」
一般的に魔獣から取れる魔導石がどれくらいのものなのかわからないが、これひとつで相当な魔法が使えることは予想に容易い。
「……ちょっと怖いから『収納』しとこう」
「大丈夫なのかな?
魔導石が作れるのって、もしかしてヤバいことなんじゃない…?」
「そんな気がする」
金の『生成』での失敗もある。
気軽に口にしていいことではないような気がした。
もう少しこの世界のことを知るまでは、この魔導石と魔法は封印しよう、と2人は約束した。
カクヨムコン8参加中です。
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