06 あたたかい食卓







 レネに別れを告げ、2人は転移で金星通り商店街まで戻ってきた。


「ちょっと行くとこあるから、光莉先に帰ってて」

「え、一緒に行こうか?」

「遅くなるかもしれないから、帰ってていいよ」


 そう言って智希は、足早に商店街を駆けて行った。





 少し寂しい気持ちになりながら、光莉は自宅へと戻る。

 エリアルとリオンは仕事で、リイナも出かけているようだった。

 今日はマリアも用事があるようで、夕食はそれぞれで摂ることになっている。


「どうせ1人なら、作ってみるかな」


 リオンとの買い出しで買った今日の安売り商品は、じゃがいもとにんじんと玉ねぎ、それに牛肉のこま切れ。

 普段はマリアが買い出しもしてくれるが、安売りのものがあれば買っておきなさい、というマリアの言いつけらしい。


 材料を見て一番に思い立ったメニューがカレーで、光莉も久々に食べたくなったのだ。


「調理実習でやったばっかだからできる気がする…」


 魔導コンロの使い方は、マリアから習っていた。

 ご飯を炊き、野菜と肉を炒めているうちに気付く。


「ルーないじゃん!!」


 そもそも、カレーのルーなどこの国に存在するんだろうか?

 イージェプトならあるかも…でも今から行って探すわけにはいかない。


 ひとまず商店街の食料品店にダメもとで行ってみよう、と家を出る。

 何軒か店を回ったが、どれも空振り。カレーのルーどころか、カレースパイスのようなものも見当たらなかった。


 朝はいい天気だったのに、雨が降り出しそうな曇天だった。風もあり肌寒さすら、感じる。


「あれ……智希、とリイナ……?」


 とぼとぼと商店街を歩いていると、智希とリイナが2人で店から出てくるのが見えた。

 楽しそうに談笑しながら歩いている。


(行くとこあるって……リイナと一緒だったんだ)


 だから光莉が行くのを断ったんだろうか。

 また少し寂しさが募り、つんと胸が痛んだ。


 なんだか泣きそうになって、光莉は2人に追い付かれないように早足で家に戻った。

 炒めた野菜をどうしようかとぼんやり立っていると、2人も帰ってくる。


「ただいま。

 なんかいい匂い、光莉が作ったの?」

「作ったっていうか……」


 ルーがなくて、と言おうとして、ここでも智希を頼ろうとしている自分が情けなくて。

 涙が出そうになるのを必死にこらえる。


「野菜炒め?」


 鍋を覗き込み、リイナが言う。

 智希も一緒に鍋を覗き込んで、「あ」と声を上げる。


「……カレーだ。正解?」

「……っ!」


 まさか当てられるとは思わず、光莉は顔を上げた。


「この材料揃ったら、カレーだよな」


 優しく笑う智希に、光莉はまた胸が痛くなった。


「……そう、思ったけど…ルーがないなって思って……」

「あぁ、そうか。

 カレーのルーないか、盲点だな……」

「カレーって、何?」

「たぶんイージェプトの方のスパイスとか調合して作るんだろうけど、組み合わせがわからん……」


 智希でもわからないなら、もうどうにもならない。

 光莉は無理矢理に笑顔を作って言う。


「もう適当に味付けして、野菜炒めで食べちゃお」

「いや……光莉、これ、シチューにしてみない?」


 智希は食料庫を開けながら、目をきらきら輝かせた。


「……そんなの、できるの?」

「うん。シチューならこの家にある材料でできる。

 カレーは今度リベンジしよ」


 向けられた笑顔に、光莉はとくとくと胸が鳴るのを感じた。


「やり方、教えて。作ってみる」

「うん。俺も適当だけどね」


 小麦粉を絡め、牛乳、チーズ、白ワイン、塩こしょう、バターをものすごく適当に混ぜた。

 味見をしながら、なんかもうちょっと、と言いながら。

 考えてみればこの世界に来て、魔法を使わずに料理を作るのは初めてだった。


「これ、美味くない?」

「美味しい……!」


 智希とリイナが味見をして、声を上げる。

 リオンとエリアルも帰ってきたので、5人でシチューとご飯、バゲット、マリアの作り置きおかずを夕食にした。


「初めて食べる味だ…美味いよ、ヒカリ!」

「ワインによく合うわ~!」


 リオンとエリアルからも褒められて、光莉もほっとする。


「2人の世界の食べ物は美味しいものばかりねー!レストランでもやってひと儲けしちゃわない?」

「ははっ、でも俺がレシピ考えたわけじゃないからな」

「そうよ、お師匠様。楽して稼ごうとしちゃダメ」


 エリアルと智希の会話に、リイナが釘を刺す。

 こんな何気ない会話が暖かくて、光莉も思わず笑いが零れた。

 食事を終え、片付けの時にリイナがひそひそと話しかけてきた。


「ヒカリ、今度料理を教えて。私、全くできないから」

「あはは、私も苦手だから一緒に練習しよ!

 マリアさんと智希に教えてもらお」

「うんうん。絶対ね!」


 リイナの女の子らしい一面が垣間見えて、賢くて可愛い妹ができたみたいでなんだか嬉しかった。





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