05 魔導研究所
研究所は、皇宮からほど近い場所にあった。
建物は何棟もあり、広大な平地と森、川、海が全て研究所の敷地のようだ。
「レネさん、こんにちは」
「よーう」
今日はトゥリオールが来られないようで、魔導協会からのお目付け役として、トゥリオールの対の相手であるレネが話し合いに同席してくれることになった。
初対面の光莉とレネは、互いに挨拶と自己紹介を交わす。
「トゥリオールから、注意事項は聞いたか?」
「えーと、神級魔法を簡単に晒さない、簡単に『魔法陣生成』しない」
「よしよし」
トゥリオールからの連絡の時に、研究所へ行く上での注意事項を伝えられた。
昨日の智希のやらかしもあるので、色んな意味で心配している様子だった。
光莉は怪訝な目をして、レネに尋ねる。
「そんなにキケンなとこなの?研究所って」
「いやー…まぁ、賢い集団だからこそ情報を与えすぎるのは怖いとこではあるな。
魔導協会、軍隊、研究所、議会、それに皇室は…まぁバランスよく牽制しあって存在するべきっていうことだ」
金の管理と同様に、政治的な強みは牽制や共同管理によってバランスを保っているというところか。
元の世界でいう三権分立、衆参議院、与野党のようなものだろう。
思想や目的は組織によって微妙に違うので、簡単に手の内を晒すな、と。
(…それだけ俺たちの持つ情報に価値があるってことだ)
権力を保持するために最も重要なのは、情報だ。
自分にとって価値のない情報でも、相手にとっては喉から手が出るほど欲しい情報となったりもする。
それが国の運命を握ることだってある。
「いらっしゃーい、待ってたよ。レネ様も、こんにちは」
「よー、ニナ」
研究所の受付で出迎えてくれたのは、ニナだった。ニナの挨拶に、レネも返す。
「ニナ!そっか、研究所で働いてるって言ってたもんね」
「そうそう。
2人が来るって聞いたから、迎えに来たの。所長が待ってるよ」
ニナの案内で、3人は研究所内へ足を踏み入れる。
研究所にはいくつか転移用の魔法陣が設置されており(通常の転送よりも少ない魔力で転移できるらしい)、2回転移を繰り返し目的の所長室に到着した。
「所長。皆様が来られました」
ニナが扉をノックして伝えると、中からノヴァが飛び出してきた。
「やあやあやあ、よく来たねー!!さ、座って座って」
ノヴァは相変わらずの格好に、相変わらずのテンションだった。
「会いたかったよー!
ずっと会いたかったけどキミたちいつも忙しそうだから毎度毎度トゥリに断られちゃって、ようやく!
あ、今日の付き添いはレネ?お手柔らかにね~!」
中に案内しながらも、ノヴァは喋り続ける。
そしてそのままの勢いで、2人は神級魔法やイフリートの解呪などについて質問攻めにされる。
どこまで答えて良いのかいまいちわからなかったが、危うくなるとレネが「その辺にしとけ」と口を挟んでくれた。
「え、えと、色々相談したいことがあるので…いいですか?」
やっと智希のターンとなり、おずおずと口を開く。
相談事はいくつかあったが、まずはすべて内容を聞かせてほしい、とノヴァは言った。
相談内容は、旧帝都の魔素対策、温暖化対策としての灌漑農業の仕組み、ゼルコバから相談のあった魔導具による暑さ対策、そしてトレヤからの相談の電動車椅子の4つだ。
すべて詳細に説明、相談し、ノヴァはふむふむと真剣に頷きながら聞く。
ニナは隣で、話の内容をメモしてくれている。
「ッハーーー!!
なんと素晴らしい、デンドウクルマイス?
魔法のない世界らしい、発想だ!素晴らしい!!」
一通り聞き終えた後、ノヴァがまず反応したのは電動車椅子の件だった。
「こっちの世界ではあんまり需要はないんですか?」
「そういうわけではないけど、魔法の使えない一般市民の怪我がそもそも少ないのと、下肢切断自体が珍しいから…
似たようなものはあっても、ここまで高度な物は見たことないわ」
ノヴァは智希の書いた設計図に夢中だったので、智希の質問にはニナが代わりに答えてくれる。
この世界では、危険な任務は魔導師や軍人があたることが多い。
それに自動車も電車もないので、一般市民が切断を伴うほどの怪我を負うことが少ないし、受傷後間もなくであれば『治癒』でそれなりに回復する。
成人病などの疾患も魔法のおかげで悪化することがほとんどないので(α地球では糖尿病等で切断に至るケースも多い)、一般市民が足の切断に至ることが少ないようだった。
「でも枠組みさえしっかりあれば、魔法陣の組み合わせ自体は簡単だね!作れると思うよ。
ニナ、任せていい~?」
「え!は、はい!」
電動車椅子の件は、ニナに委ねられることになった。
相談もしやすいので、智希としてはありがたい。
「あと、カンガイ農業だね。
貯まった水を遠隔地に送る…魔法陣を組み合わせれば自動的に大量の水を転送させることは可能かな~。
人手を使わないのであれば、大量の魔導石が必要になるけど」
「魔導石?」
「魔力を充填しておけるもの。
魔獣の討伐で得られるんだけど、数が限られるから国がそれをどこまで補填するかだなぁ~」
ノヴァの説明ではいまいち内容がわからなかったので、ニナが詳しく解説をしてくれる。
魔導石とは、魔力を充填しておける…いわば、バッテリーのようなものらしい。
定期的な魔力の充填は必要だが、質の良い物なら数年単位で充填なしに使い続けられる上に、劣化することもないようだ。
リチウム蓄電池や鉛蓄電池の上位互換といったところだろうか。
「智希」
思い出したように、光莉が智希に耳打ちする。「神級魔法で作れると思う」、と。
「マジか。……わかった」
魔導石が神級魔法で作れる?
言われてみれば、3500種の神級魔法の中にそんな魔法もあったかもしれない。
前から思っていたが、光莉の記憶力はすごい。
智希は使えそうな魔法は頭に入れていたが、使い道のわからないものはスルーして記憶にも残っていなかった。
「魔導石のことはナジュドさんに相談するから、どれくらいあれば良いかとか…そういうのをまた教えてもらえますか?」
「……りょうか~い。こっちは僕が預かるねぇ」
やや訝しげに2人を見遣りながらも、ノヴァは答えた。
「あとは、空間の冷却機能だね。
君たちの『特殊結界・温熱耐性』が使えるかな…ニナ、これ売れると思う~?」
「お、思います!
熱帯地域や砂漠地域では年々気温の上昇が危惧されており、暑さによる死傷者の報告も増えてきています。
この魔導具が完成すれば、爆売れ間違いありません!」
ノヴァの質問に、ニナが間髪入れずに答える。圧倒されて、智希と光莉は何も言えなかった。
「じゃ、作ろー!誰か暇そうな子に作らせて~」
「承知しました」
話は終わったようで、ニナはさらさらとメモを書き留める。
ニナは2人の知り合いだから同席してくれたのだと思っていたが、ノヴァの助手としても有能な人物のようだ。
「最後、旧帝都の魔素ね……範囲も広いし、こっちは魔導具でどうこうできるレベルじゃないなぁ~」
やっぱりそうか、と智希は肩を落とす。
ここまで相談してきた内容とは、規模が違いすぎるものだからだ。
「しばらくは旧帝都の南部が拠点になるんだろ?
そもそもその辺は魔素も強くはないし、その辺り一帯だけでもなんとかなんねぇの?」
「いずれ範囲が拡がることも考えておいた方がいいと思うなぁ~」
レネが言うと、ノヴァは旧帝都の地図を広げながら答えた。
地図を覗き込みながら、光莉が言う。
「そもそも、なんでそんなに広範囲に魔素が溜まってるの?
昔は神様がいたのかもしれないけど、今はいないんでしょ?」
「「「…………」」」
ノヴァ、レネ、ニナは黙り込んでしまった。
魔素が溜まる原因については、この世界の住人にも解明されていないようだ。
その後はノヴァに可能な範囲で情報を提供し、必要な『魔法陣生成』を行い研究所を出た。
ひとまず暑さ対策と電動車椅子はなんとかなりそうで安心する。
「ひとつ遣いを頼まれてるので、一緒に来て欲しい」
「はい」
研究所から程近い街中に、大きなセメント造りの建物が現れる。
看板には『帝都銀行』と書かれている。
レネは皇室からの依頼で、智希と光莉への報酬を預けた金庫の案内をしてくれた。
「金額見てビビんなよ~」
レネに言われ、通帳の金額を見遣る。
いち、じゅう、ひゃく……と数え、その数字に「えっ」と声を上げる。
「50万ベル……こんなに、もらっていいんですか…?」
「40万ベル!!すっごーーーい!!」
この世界の通貨はベルとリーベルで、1ベル=100リーベル。
1ベルで買えるのは、バナナ1房やパン1個、クッキー数枚などだ。1ベルはおおよそ100~150円程度と考えている。
つまり今回報酬として受け取ったのは、5000万円近い額。
「トモキはドラゴン討伐の分もあるから少し多いんだな。大丈夫、見合った報酬だと思うよ」
光莉との差を考えると、ドラゴン1体の討伐(正確には使役、だが)だけで1000万円の報酬となる。
(それだけの国防予算を、この“後退の8年”のために用意してたってことか…)
報酬額がわかったからこそ、ここからも心して動かなければならない。
報酬に見合った行動ができるよう、慎重に。
「でもこれ、大丈夫?
来年多額の税金払わなきゃいけないとかない?」
「安心していいよ、召喚者に関しては大きな税金は免除される。
そのぶん世界のために魔法を行使して欲しいってことだろーな」
光莉の心配にレネが即答し、ほっとする。
ここからも額が膨れ上がると予想されるようで、通帳も銀行の金庫に預けることになった。
元の世界と違うのは、本人確認が『魔素認証』という、自身の魔力で行われることだ。
念のため手形、サインも残しはするが、『魔素認証』を破り侵入されたことは一度もないという。
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