02 神との対面







 扉を開けると、天井の高い空間が広がっていた。

 石造りの柱が並び、壁には彫刻ちょうこくにより立体的な模様が描かれている。


 内部には50人近い人がおり、正面の壇上には王様のような人と、薄着で裸足という奇妙な姿をした長髪の男が座していた。


「おぉ、無事だったか!よかった、よかった。皆で探しに行くところだった」


 4人のもとに駆け寄ったのは、真っ白な髭を生やし丸眼鏡をかけた高齢の男だった。

 エリアルはヘラヘラと笑って答える。


「うちのリオンとリイナが見つけてくれてました~。イオとライルも助けてくれたみたいで」

「優秀な子たちだ。褒美を取らせんとな」


 続いて少し偉そうな口ぶりで話したのは、長髪を後ろで束ねた壮年の男。


「召喚者殿。ようこそおいでくださった。早速、こちらへ」


 丸眼鏡の老人が、智希と光莉を呼び寄せる。

 促されるまま正面の壇上へと近付いた。老人は、床に膝をつく。


(これは、王様か…? 隣の変な格好のヤツは一体何だ…?)


 いまいち状況の読めない智希だったが、老人がするように床に膝をついた。


 すると王様のような人が、壇上から降りてくる。

 老人は、ますます頭を下げた。気付けば、50人近くいた周囲の人々も床にひざまずいている。


 王様は智希と光莉の正面に立ち、そのまま床に膝をついてしゃがみこんだ。


「顔を上げてくれ」


 王様に言われ、2人は恐る恐る頭を上げる。


「召喚者よ、息災そくさいで何よりだ。

 私は連邦れんぽう統一帝国シュメールの第199代皇帝、ナジュド・ギルガメシュだ」


 ギルガメシュ。どこかで聞いたことのある名前だった。

 皇帝は40代かそこらのように見えた。

 その声は重厚で、静かな威厳をまとっていた。


「この世界の危機を救って頂きたく、そなたらを召喚した。

 混乱もしておろうが、どうか力を貸してほしい」


 どうやら智希と光莉は、どこか別の世界に召喚されたらしい。

 アニメで見るような話が現実で起こるんだなと、どこか冷静に智希は考えていた。


「で、でも、私たち…ただの高校生で…」

「…ラティア神よ。貴殿より説明をたまわりたいが、よろしいか」


 光莉の言葉に、皇帝は振り返りながら言った。

 なんとあの奇妙な格好の男のことを、皇帝は“神”と呼んだ。


「良かろう。皆の者、席を外してくれるか」


 “神”の言葉は、そこに居るのに居ないような、どこか遠い場所から聞こえているようだった。

 “神”の言葉に、50人近い人々は一斉に立ち上がり扉の方へぞろぞろと歩いていく。


「ロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティンはこちらへ。エリアル、君もだ」

「へあ、私もですかぁ?」

「早く行け!」


 部屋を出ようとしていた師匠は呼び止められたことに慌てていたが、その背中をルートヴィヒが小突いた。








 部屋に残ったのは、皇帝、智希、光莉、そしてこの部屋で2人に最初に声をかけた丸眼鏡の老人と、長髪の男性、身体の大きい軍人風の男、エリアルと呼ばれた師匠の7人だった。


「立ち話もなんだ。エリアル、椅子を持ってきてくれないか」

「は、はい!ただいま!」


 “神”に言われよたよたと椅子を運ぶエリアルを智希と光莉も手伝いながら、円の形に椅子を並べた。


 智希と光莉が並んで座り、正面には“神”と皇帝が座った。

 その周りを取り囲むように、ロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティンと呼ばれた3名、そしてエリアルが座った。


「2人とも、名を」

「天野…智希です」

「朝倉光莉です」


 “神”に問われ、2人はおずおずと答える。


「私はラティア神。この世界を創った神だ」


 この世界を創った神? 意味がわからず、智希は眉根を寄せる。


「神様がなんで居るの…?」

「そうだな、君たちからすれば不思議に感じるだろうな。

 実体はないが、この空間に鏡のように映しているだけだ。君たちの世界で言うとプロジェクターのようなものと思えば良い」

「あー、そういうこと」


 何故か光莉は今の説明で納得したらしい。智希も理解はできるが、あまり納得はいかなかった。

 とにかく状況を把握したくて、智希がラティア神に尋ねる。


「ここは地球じゃないってこと?」

「地球ではある…が、君たちのいた地球とは違う。

 紀元前の頃私が少し手を加えた地球。別次元の地球だ」


 ラティア神は、話を続ける。


「私は宇宙をつかさどる神だ。

 時空も、時間も操ることができる。ないものを与え、少ししかないものを増大することができる。


 君たちのいた地球…ここではα地球と呼ぼう。君たちのいたα地球には、私はほとんど手を加えていない。


 私は未来も見通すことができる。……いずれα地球が迎える未来も、知っている」


 ラティア神は、少し悲しそうな表情で言う。


 物凄い神様だということは、智希も光莉も理解できた。

 少なくとも、自分たちが知っている世界の神様とは違う存在だということもわかった。


「私は時間をさかのぼり、別の次元からこの地球…β地球に降り立った」

「別の次元って…パラレルワールドみたいな…?」

「そうだ。もうひとつの地球と思ってもらえればいい」


 智希が聞くと、ラティア神は優しい声音で答える。

 聞き馴染みのない言葉に、光莉は眉をひそめた。


「私はこのβ地球に魔素まそそそぎ、この地に存在した神々に魔力を与えた。


 神々は魔力を使いこなした。星の力を借り、魔力を高めることにも成功した。そして地上の人間にも、その魔力を分け与えた。


 そうして数千年がたち、この世界…β地球が今ここに在る」


 わかるようなわからないような説明に、智希は首をたらした。


 ここが別の次元の地球ということだけはわかった。

 それなら、先ほど見た世界地図が元いた世界の地図と似ていることも説明がつく。


「……え、待って。そんでウチらはなんで呼ばれたの?」

「そうそう。その話だったな」


 光莉が突っ込むと、ラティア神はケラケラと笑った。案外、フランクな神のようだ。


「α地球にも、潜在的に魔法能力に優れた者はいる。

 そういった者をα地球から召喚することで、この世界の人間以上に強大な魔法を使うことができる。


 ここ数百年、魔族との戦いが激化していてな。助けを求めて君たちを召喚したのだ」


 ラティア神の言葉に、光莉は混乱した様子で尋ね返す。


「え、じゃあ、戦えってこと?魔族とかいうのと?どうやって?」

「その説明は…あぁ、もう時間がないな。

 皆よ、一旦ここを任せて良いか?」


 光莉の質問に答えることなく、ラティア神は急に時間を気にし始めた。

 髭で丸眼鏡の老人と皇帝も同時に立ち上がる。


「そうじゃそうじゃ、もう神託しんたくの時間か。

 すまぬエリアル。後は頼んだ」

「えぇ~?私ですかぁ?」


 丸眼鏡の老人に言われ、エリアルは声を上げた。


「ちょ、待って!まだなんもわかってないんだけど…」

「すまん、私も公務があってな。終わったらまた顔を出すよ!」


 神様が公務ってなんやねん、と思ったが、智希がそうぼやく前にラティア神たちはせわしなく神殿を出て行ってしまった。


「……ねぇ、もう全然わけわかんないんだけど」

「だな……」

「お忙しいのよ、神様だもの」


 2人がぼやくと、エリアルは当然のように言った。


「神様ってあんな感じなの?キリストさんとかブッダさんとか、信者の前ではあんな風にしゃべるの?」

「いや、たぶんそれはないと思う…」


 光莉が不審に思うのも無理はない。神様が信者と当たり前のように会話をするなんて、普通じゃない。


「この世界にも数多あまたの神がおられるが、地上に降臨されるのはラティア神だけだろうな」

「実体がないとはいえ、あんな風に目前に立たれると肝が縮みますね」


 長髪の男と、軍人風の男が揃って言う。


 「おっと、挨拶がまだだったな」とそれぞれ自己紹介をしてくれたが、横文字の名前と聞き覚えのない肩書きばかりで全く頭に入ってこなかった。


 唯一、師匠はエリアルという名で特級魔導師であること。

 その他の3人は皇級こうきゅう魔導師という肩書きであることだけは頭に入った。


「失礼します。アウグスティン総長、そろそろ出立いたします」

「おぉ、わかった。では先に失礼するよ」


 先ほど草原から一緒に戻ってきたルートヴィヒが神殿に入ってきて、敬礼をした。偉い軍人風の男と共に神殿を出ていく。


「さて、私も一旦魔導教会に戻り所用を済ませてくる。

 エリアル、お2人のことを頼んだよ。さっさとリオンとリイナを呼び寄せなさい」

「2人のことなので、たぶん心配してもう近くまで来てくれてると思います~!」


 促されるまま、智希と光莉も神殿を出た。

 神殿前の廊下には、宣言通りリオンとリイナが立っていた。


「トゥリオール様!」

「リオン、リイナ。2人ともよく召喚者様を護ってくれた。落ち着いたら褒賞を与えよう」

「ありがとうございます!」


 リオンははきはきと答え、トゥリオールと呼ばれた長髪の男性に頭を下げた。

 リイナは何も話さなかったが、リオンと一緒に頭を下げた。


 トゥリオールは2人を一瞥いちべつしひとつ笑顔を浮かべ、2人の頭をがしがしと撫でた。

 リオンは、わ、わ、と困ったように声を上げた。リイナはやはり無言だったが、少し表情が和らいだように見えた。


「トモキ殿、ヒカリ殿。私も一旦失礼させて頂く。

 後ほど、洗礼とついの儀式の時にまた会おう」


 トゥリオールはそう言って、2人に握手を求めた。

 少し偉そうだが、この人は嫌な人じゃない、と智希は思った。


「お師匠様、お供します~!」

「お前は召喚者に…いや、リオン達がいれば安心か」

「そうそう!私がいると話がややこしくなりますから!」

「自分でそれを言うのか」


 どうやら、トゥリオールはエリアルの師匠らしい。トゥリオールとエリアルは話しながら、階下へ下る階段を降りていく。


 2人をよろしくね~!と手を振るエリアルに、リオンは頭を下げた。







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