03 太陽と金星の蝕(しょく)







「2人とも、お腹は空いていませんか?」


 リオンが顔をあげて言う。


「そういえば…空いてるかも」

「俺ら最後の食事ナゲットだもんな。あれから何時間たったか…」

「それもそうだし、眠気もピークかもしんない…」


 光莉は目を閉じて息を吐いた。


 22時過ぎに店を出て、ドラゴンに襲われて、ここに連れてこられて…少なくとも2時間以上はたっているので、体感的には24時を過ぎている。


「では、魔導訓練場の休憩室に行きましょうか。ソファもありますし、軽食も食べられるので」

「ありがとう~」


 リオンの提案に、ふわぁ、とあくびをしながら光莉が言う。


 一行はそのまま、廊下を進んでいく。

 廊下は微妙に曲線を描いており、神殿から見ると徐々に左に曲がるような形で長く続いていた。


 リオンは歩きながら、この後の予定を説明する。


「今日はこの後、神託しんたくがあります。

 その後はお二人の洗礼と、ついの儀式の予定となっています」

「おー…謎の単語がいっぱい…」

「そうですよね、全部説明するので…。

 とりあえず、お茶と軽食を摂りながら順を追って説明します」


 休憩室に着いたようで、リオンが部屋のドアを開けた。

 室内は30畳ほどの広い部屋で、ソファやテーブル、暖炉、小さなキッチンがあった。


「バゲットと…クラッカー、ドライフルーツ、ショコラがあります。用意しますね」

「……お茶を入れるわ」


 ようやくリイナが口をきいた。

 智希は、キッチンに向かうリイナに「手伝うよ」と声をかける。


「……ありがとう」


 リイナは無口なだけで、リオン以外と話せないというわけではなさそうだった。

 リイナは手際よくポットとカップ、ケトルを用意した。


「お湯はどうやって沸かすの?」

「…今日は魔導コンロで」


 見た目はカセットコンロのようだった。

 リイナは、コンロに描かれた星の印に左の人差し指を当て、手早くコンロのダイヤルをひねる。ボッと火がつき、ケトルの底を温め始めた。


「すごい、ガスじゃないんだ。この星印は?」

「…これは五芒星ごぼうせいの印です。ここから魔力を送り込むことで、魔導具は動くんです」

「すげぇ! 燃料いらないって革命的だね」


 リイナは少し機嫌がよくなったようだった。


「ハーブティーでいいですか? 眠気覚ましの薬草も入ってます」

「いいと思う。コーヒー以外にも眠気覚ます飲み物あるんだな」

「……コーヒーって何?」


 今度はリイナが興味を持った様子で、智希に尋ねる。


「カフェインって言って…香りが良くて、飲むと少し眠気が覚める成分が入ってる」

「香り…どんな香り?」

「なんだろうな…香ばしくて、ちょっと苦みがあって。焙煎ばいせんの具合とか豆の種類でも変わると思うけど」

「香ばしくて苦い…飲んでみたい」


 無表情で無口なリイナの表情が動くことが楽しくて、智希も思わず笑顔が漏れる。


「この世界にもあるのかな。見つけたら言うよ」

「うん。コーヒー、楽しみ」


 お湯が沸き、リイナがポットにお湯を注いだ。

 トレーにポットとカップを分けて乗せ、一緒にテーブルに運んだ。








「はー、落ち着く……」

「このまま寝たいくらいだな……」


 リイナの入れてくれたハーブティーを一口飲むと、智希と光莉はソファにもたれ沈み込んだ。


「あと数刻で、神託が始まります。

 それまでに少しでも現状を説明できればと……」


 おずおずとリオンが2人に言葉をかける。


「そうだな。わかってる、現状を受け入れなきゃいけないってことは……」

「……やーだーもう、寝たい寝たい寝たい帰りたい!!」


 光莉の声はむなしく休憩室に響き渡り、それに返答する者はなかった。


 諦めた光莉はソファからむくりと身体を起こし、ショコラをひとつ口に運んだ。

 リオンはますます申し訳なさそうに口を開く。


「…すみません、お疲れのところ…」

「いや、ごめんな。

 リオンが悪いんじゃないってことはわかってるから」

「そうなの。

 ちょっと文句言いたかっただけだから。話を進めよ」


 智希と光莉が言うと、リオンはほっとしたように笑みを浮かべた。

 智希はひとつ息を吐き、リオンに尋ねる。


「神託がこれから…って言ってたけど、それ、何なの?」

「ラティア神と皇帝陛下が、臣民しんみんに向かって直接語りかけるのです。

 今日は、“後退こうたいの8年”の始まりの日なので…」

「“後退の8年”?」


 光莉がリオンの言葉を反復すると、リオンは立ち上がった。


「2人とも、窓際へ。太陽をご覧ください。

 …あ、直接見ては目を侵されるので、結界を張りますね」


 促され窓際に立ち、リオンが張ったという結界の前に立った。

 日食を観測する時のような少し暗いシールド越しに、太陽を見る。


 見慣れた太陽の中に、黒くて丸い点がぽっかりと浮かんでいた。


「え!すごーい!!」

「僕も、本物を見るのは初めてです。

 121年振りの現象で、太陽の前を金星が横切っているんです」


 光莉が声をあげると、同意するようにリオンが頷いた。


「金星の…太陽面たいようめん通過か」

「トモキ様は、ご存じなのですね」


 智希が呟くと、リオンは驚いた様子で言った。


「何年か前に、テレビのニュースで見た。

 地球と太陽の間を金星が通って、太陽に影ができるって」

「それって、日食みたいなもの?」

「原理は似てる。

 でもよくある日食と違って、金星が太陽に影を映すのはすごい珍しくて、次に観られるのは100年以上先だって言ってた」


 光莉の問いに、智希は記憶を辿りながら答える。


 いつの記憶かも定かではないが、兄と一緒にシールドのようなもの越しに太陽を見つめた記憶があった。

 じわりじわりと動く黒点に、奇妙さと荘厳そうごんさを覚えたものだった。


「その通りです。

 僕たちはこの現象を、“太陽と金星のしょく”と呼んでいます。


 地球と金星と太陽が真っ直ぐ重なった時に、“しょく”が起こる。

 細かく言うと、121.5年、8年、105.5年、8年…この一定の間隔で、この現象が起きているんです」


 リオンは、どこか思いつめたような表情で話し始めた。


「“太陽と金星の蝕”は、天文学的に言えばなんら問題のない遥か昔から続く現象です。

 しかし3500年程前から、この現象は“災厄さいやくの年の起点”となってしまったのです」


 リオンの言葉が、重々しく響いた。







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