04 神託









「……そもそもこの世界には、魔族と人間という相容あいいれない存在が共存しています」

「魔族って…?」


 すっかり眠気も覚めたようで、カップを抱えたままソファに座り込んだ光莉がリオンに尋ねる。


「ゴブリンやワーウルフ、オーガにオーク、リザードマン…。

 種類は多岐たきに渡りますが、一様に人間の領土を狙っていることに変わりはありません。


 遥か昔は共存しながら生きていたのではないかと思われます。

 しかし今から3500年前の“太陽と金星のしょく”を起点に魔族たちが一斉に人間たちを攻撃し、町を破壊しました。


 多くの人が命を落とし、その攻撃は8年間続きました」


 現実味のないリオンの話を、2人はただ黙って聞いていた。


「それから、百数十年ごとに…“太陽と金星の蝕”を合図に、魔族たちの暴動が起こりました。

 そして8年後、再び“太陽と金星の蝕”が起こると…ぴたりと暴動がおさまるのです。


 人間は対策を練りました。

 暴動が起こる時期がわかってからは、入念にゅうねんに準備をし魔族を迎え撃ちました。領土を守りきれず奪われることもありました。


 …以来この戦いは30回近く、おおよそ3500年に渡って続いています」


 3500年。

 元いた世界では想像もつかないような長い年数だった。


 元の世界でいえば、紀元前の頃の話になる。智希の知識ではその頃がどんな時代だったかも、はっきりしない。

 そうか、と智希は口を開いた。


「じゃあ、今“太陽と金星の蝕”が起こってるってことは…」

「そうです。

 今日から、“後退の8年”が…魔族たちとの8年間の戦いが始まるのです」


 智希と光莉は、息をむ。なんてタイミングで召喚されてしまったのか、と。


「その、魔族…たちと、私たちが戦うってこと…?」


 光莉は控えめに尋ねる。


「…そうです。この世界の人間も、研鑽けんさんを積みなんとか魔族たちにあらがってきました。


 しかし前々回の戦いで…魔族は大型のドラゴンを使役しえきし攻撃を仕掛けてきたのです。太刀打ちできず、ドラゴンによる大きな被害を受けました。


 そして前回も…対策は講じたもののやはり数頭の大型ドラゴンにより、多数の臣民しんみんの命と領土を奪われたと聞いております」


 2人はもはや言葉が出てこない。

 平和な日本で生きてきたただの高校生に、何ができると言うのだろう。


「新たな魔導武器の開発や人員の増員など、世界中の魔導師や神官しんかん、軍人総出そうでで策は講じています。


 ただ最も期待されている策は、お2人…召喚者様だと思います。

 50年の歳月さいげつをかけ召喚魔法を発動させ…今日ようやくお2人を召喚したのです」


 智希はごくりとつばを飲んだ。


「召喚者ってのは、私たちだけなの?」

「はい。一度に2人を呼ぶのが限界だと聞いています」

「私たちが初めての召喚者ってこと?」

「いや…」


 光莉が尋ねるが、リオンは言葉を濁した。

 前回の戦いも大敗たいはいしたとリオンは話していた。前回も召喚者がいたとしたら、召喚者がいても勝てなかった、ということになるではないか。


 質問を続けようと智希が口を開こうとしたが、その言葉は大きな鐘の音で遮られた。


「神託が始まります。

 2人とも、私の周りに集まってもらえますか?」


 鐘の音が、5回鳴り響いた。


 リオンの正面のソファに座っていた智希と光莉は、テーブルを回り込んで反対側のソファに移動し、リオンの隣に腰掛けた。

 リイナは、智希の隣に座る。


「『投影とうえい』しますね」


 リオンがひとつ呪文を唱えると、リオンの手元にタブレットPC程度のサイズの画面が浮かびあがった。


「え、すごーい!テレビみたい」

「神託や皇帝からのご高説こうせつを臣民全てが聞けるよう、『投影』の魔法陣が全臣民に配られているんです」


 映像は魔法陣とやらで映し出されるらしい。

 つまりテレビ的なものはないってことか…などと考えていると、リオンの出したスクリーンに映像が映し出された。


「……臣民よ、聞こえるか」


 先ほど神殿で話したラティア神の姿が、スクリーンに映し出された。


 神様がテレビに出るってどんな感覚だよ、と智希は思いながらも、真剣に耳を傾けるリオンたちを気遣って声には出さなかった。


「120年の時を経て、再び“後退の8年”がやってきた。

 まずは前世紀の戦いにおいて命を落としたそなたらの祖先に、黙祷もくとうを捧げたい」


 リオンらが手を合わせ指を組んだ。

 戸惑いながらもそれを真似て、智希と光莉も目を閉じた。


 20~30秒ほどの無音のあとで、ラティア神はスクリーンの向こうからありがとう、と声をかける。


「私はいつも見守っている。私の力を存分に利用し、世界の安寧あんねいを築いてほしい。

 太陽神シャマシュも、金星の女神イシュタルも、そなたらを見守り加護を与え続けている」


 シャマシュにイシュタル、また知らない単語が出てきた。

 リオンに聞くことはまだまだありそうだ。


「そなたらは一人ではない。

 私たちがついているということを、忘れないでほしい」


 どこからか、うぉおおおお、という多くの人々の声が聞こえた。

 光莉が驚いて辺りをキョロキョロ見回すと、リオンは「外に配置された軍人らでしょう」と静かに言った。







 スクリーンの映像は、皇帝へと切り替わった。

 皇帝は、静かに語り始める。


「……この120年、我々は準備をしてきた。

 我々の父も、そのまた父も、この日のために魂を注いできた」


 その言葉に、智希ははっとした。


(そうか、この人らは前回の戦いを見てないんだ。

 俺らからしたら、第二次世界大戦がまた起こるからそれに備えろって言われてるようなもんか……?)


 120年というと、戦争経験者の言葉を直接聞く機会もほとんどなかったのではないだろうか。

 この世界の人たちは、見もしない、体験もしていない戦争に対して本気で向き合っているのだと思うと、智希は自然と鳥肌がたった。


「遥か昔、百数十年ごとに来るこの8年間のことを、“災厄の8年”と呼んでいた。

 しかし我らの祖先は抗い、勝利し、“後退の8年”と呼び名を変えた」


 “災厄”から“後退”へ。

 つまり、策を講じれば勝てる戦いになってきたということか。


「……ここに宣言する。

 今世紀をもって、魔族との戦いを終結させる」


 皇帝は、語気を強めて言う。


「この不毛ふもうな戦いを終わらせ、平和な世界を作りだしてみせよう。

 我らの子孫に、この戦いを引き継いではならない!」


 皇帝の言葉に、再び外にいる人々がうなり声を上げた。


 神殿で対面した皇帝は、言葉は優しかったが圧倒的な強さを感じた。

 元の世界のそこらの政治家とは、きっと背負うものも違うんだろう。


「皆、己を守り、家族を守るのだ。

 魔術師、神官、軍人たちは、全身全霊で臣民を守れ!


 しかし、決して生活を止めてはならない。食物が尽きれば、戦うことができなくなる。家がなくなれば、休むことができなくなる。


 生活を止めることなく、身を守り、戦い抜こう!

 家族のため、未来の子孫のために!!」


 智希も光莉も、息を呑むしかできなかった。

 リオンは、かすかに震えているようにも見えた。







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