05 元の世界に戻る方法






「ヒカリ、トモキ」


 映像が終わっても言葉のない4人の背後から、なんの前触れもなく声がした。

 背後のように感じたが振り返っても人影はなく、キョロキョロ見回していると目の前にすっと人影が現れる。


「え、神様?」


 先ほどまで映像の中にいた、ラティア神だった。

 思わず声が漏れた光莉に、ラティア神は笑顔を向けた。


「ら、ラティア神……!!」

「神託が終わったので飛んできた。聞きたいことがあるかと思ってな。

 あぁ、堅苦しいのはもういいから。座って座って」


 ちょっと寄り道しにきた、とでもいうような言い方に智希と光莉は呆気あっけに取られていた。

 リオンは慌ててかしずいたが、ラティア神に言われおずおずと頭を上げた。


「聞きたいことって…なんかまだ、頭が混乱してて…」


 智希がくしゃくしゃと頭をかくと、隣にいた光莉が静かに尋ねる。


「……なんで私たちなの?

 天野くんはまだしも、私なんてほんとになんの取りもないし、役に立てる気がしないよ。

 ほんとに戦うの?どうやって?」


 光莉はだんだんと、語気を強める。


「すぐに死んじゃうよ。

 てか私たちどうなってんの?死んでるの?生きてるの?」


 光莉の声は震えていた。

 うるうると目に涙を浮かべ、強く握った手も震えていた。


「ひとつひとつ答えよう」


 ラティア神は動揺する様子もなく、穏やかに語りかける。


「私は世界の全てを知っている。α地球も、β地球も、君たちのことも。

 全てを見てきた私が、君たちを選んだ。

 決して間違って選ばれたわけではないんだよ」


 光莉は何も言わず、俯いていた。


「君にはちゃんと取り柄がある。

 α地球の世界でできなかったことも、こちらではきっとできる。

 自分を信じて、役に立たないなんて思わないでほしい」


 神様という存在がこんな風に優しく語りかけるとは思いもせず、智希はなんだか拍子ひょうし抜けした。


「……こちらからも質問だ。

 君たちは、元の世界に戻る方法を知りたくはないのかい?」


 ラティア神の言葉に、智希と光莉ははっとした。

 帰る方法ではなく、この世界でどうやって生きるかばかり考えていた。ラティア神に問われて初めて、気が付いた。


(俺は……元の世界に、帰りたくないのか?)


 それはもしかして、光莉も同じ気持ちなんだろうか。

 智希は横目に光莉を見るが、光莉は唇を固く結んだまま何も答えない。


「……まぁそれはいい。

 ヒカリの最後の質問の答えだが、君たちは生きている」


 ラティア神が2人を見やり、深くうなずいた。


「生きているし、元の世界に戻ることもできる。

 ただし申し訳ないが、君たちが元の世界に戻れるのは8年後だ」

「8年後……」

「君たちの世界との間にゲートを開くことができるのが、“太陽と金星のしょく”の時だけなのだ。

 8年後、、元の世界の元の時間に戻そう」


 色々と聞きたいことはあるはずなのに、智希はもう言葉が出なかった。

 光莉も、同様のようだった。


「…すまない、そろそろ“蝕”が終わりそうだ。

 知りたいことがあれば、遠慮なく周りの者に聞きなさい。


 神殿で話したロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティン、エリアル、それにリオンにリイナ。もちろん、ナジュドに尋ねてもいい。

 君たちが信頼できると思った者を、頼りなさい。


 落ち着いたら皇宮こうぐう図書館に行くといい。君たちの知りたいことは、きっとそこにもある」


 ラティア神の姿が、だんだん薄くなってきた。

 もう消えてしまうということだろうか。


「待てよ!まだなにもわかってないのに…」

「大丈夫だ。私は君たちを見ている。

 何かあれば必ず、君たちの助けとなる……」


 ラティア神の声がさらに遠く、かすれていく。

 手を伸ばそうとするが、その前に姿は消えてしまった。









 身体がひどく重たかった。

 受け止めきれない感情が、2人の中に渦巻うずまいていた。


「……行ってしまわれましたね」


 気遣うようなリオンの声も、2人にはほとんど届かなかった。

 リイナも心配そうに2人を見つめ、智希の背中をそっと撫でた。


「リオン~!リイナ~!召喚者様~!!」


 重い空気を簡単にぶち壊してしまったのは、エリアルだった。


「あ、あら?来ちゃいけない空気だった?」

「……お師匠、最低」


 リイナですらそう呟き、エリアルのことをにらみつけた。


「…先ほどまでラティア神がここにおられました。

 突然のことですし…色々と話を聞いて、お2人とも疲れているようです」

「…トモキもヒカリも、かわいそう」


 リオンとリイナが言葉を選びながら、エリアルに伝える。

 2人に気を遣わせてしまっていることは申し訳なかったが、智希も光莉も考えを言葉にすることができなかった。


「そっかそっか。そりゃそうだよね」


 エリアルはわかったのかわかっていないのかよくわからない反応を返し、遠慮なくソファに座った。


「2人に、洗礼せんれいついのことは話した?」

「あ…いや、まだです。

 神託は一緒に聞いて、“後退の8年”のことやこれまでの歴史については、簡単にお伝えしました」


 洗礼に、つい

 また新たな単語が出てきて、智希は再度首を垂らした。

 もう、許容量は完全にオーバーしていた。


「……よし!洗礼は明日にしよう!!」

「そうしましょ……えぇええ!?!?」


 エリアルの言葉に、リオンは驚きの声を上げる。

 状況が分からず、智希と光莉は怪訝けげんな表情を見せる。


「だって、明日から遠征って…。

 ロブルアーノ様も、トゥリオール様も行ってしまわれるのでは…?」

「引き止めりゃいいでしょ。

 こっちの世界の都合に勝手に2人を巻き込んでるのよ。大人なんだから少しくらい譲歩じょうほしないと」

「そ、それは……」

「待って待って、ごめんどういうこと?状況がわからん」


 智希は余りにも状況がつかめず、リオンとエリアルの会話に割って入った。


「す、すみません…。

 先程もお伝えしましたがこの後、お2人の大事な儀式を…洗礼と対の儀式を行う予定になっているんです。


 儀式にはロブルアーノ様とトゥリオール様も同席することになっていて、その他特級魔導師や上位神官の面々や、もしかしたら皇帝陛下も同席されるかもって話になっていて……」


 説明するリオンの肩を後ろに引き、エリアルは笑顔を見せた。


「いいのよ、私が説得してくるから。

 2人は気にせず…そうね、ちょっと寝なさい。顔が疲れきってる」


 リオンの話が本当なら、寝なさいと言われて「じゃあ寝ます」とは言いづらい。


「ヒカリ、トモキ。手を貸して」


 エリアルは笑顔のまま、2人に手を差し出した。

 智希と光莉がおずおずと手を出すと、エリアルは優しく握り返す。


「2人とも、この世界に来てくれて本当にありがとう」


 思いがけない言葉に、智希は顔を上げた。


「突然連れて来られて、驚いてるし…混乱してるよね。

 いずれ元の世界に戻れるからといって…こんな風に巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思ってる」


 2人を気遣うエリアルの言葉に、智希は緊張の糸が抜けていくのを感じる。


「これからいろんなことを見聞きすると思うけど、全部を背負おうとしないで。話を聞いて、自分の意思で決めてほしい。


 周りの期待なんて、あなたたちには関係ない。あなたたちはあなたたちの人生を生きなきゃいけない」


 エリアルのその言葉に、混乱し複雑に絡んだ心がほどけていくような気がした。


 そうだ。歩く道がすべて決まっているような気持ち悪さが、ずっとのしかかっていた。

 まるで、元の世界にいた頃のように。


「やりたくなければ、戦う必要だってない。あなたたちがやりたいと思ったことを、やりなさい。

 あなたたちには、なんの責任もないのだから」


 この世界のことは、まだほとんど知らない。

 どんな世界で、どんな人がいるのかも。

 色々、ゴチャゴチャと考えるのは、この世界のことをもっと知ってからでもいいのかもしれない。


「……今日は、私の家の2階で休んで。リオンたちが部屋を2つ、掃除してくれているから。

 食事やお風呂、着替えも全部手配しておくから、少しの間家で待っていて。

 よーし、飛ばすわよ~」

「「……え?」」


 突然『飛ばす』と言われて、智希と光莉は同時に声を上げた。

 その瞬間また、全身にどかっと重力がかかるのを感じた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る