第1章 β Earth

01 こんなところで?







 気付くと森を抜けていて、開けた草原の丘に立っていた。

 どうやってここまで来たのか、智希と光莉には全くわからなかった。


 2人を助けてくれた青年はぐったりと膝から崩れ落ち、慌てて智希が身体を支える。

 息が荒く、全身に汗をかいていた。


「リオン!!」


 草原の向こうからこちらに駆け寄ってきたのは、青年と似た顔の女の子だった。


「リイ…ナ…」

「無茶しすぎよ! 手を貸して!」

「え、え?」


 女の子は青年の両手を引き、青年を膝立ちにさせた。

 こんなに消耗している青年をなぜ引き起こすのか、と智希は困惑しながら声を上げる。


「大丈夫、すぐに回復するから」


 智希を安心させるように、女の子は落ち着いた声色で言った。


 女の子は青年と向かいあうように膝立ちし、手を取り合ったままそれぞれの膝と膝を突き合わせ、顔を近付けた。


「え、こんなとこで?」

「……」


 まるでキスをするかのような2人の仕草。

 あんな激闘のあと唐突に、初対面の人のイチャイチャする姿を見ることになるなんて…と、光莉と智希は完全に混乱していた。


 しかし、2人はひたいと額を突き合わせただけだった。その瞬間、2人の身体を柔らかな光が包み込んだ。

 肩で息をする程苦しそうだった青年の息遣いが、徐々に落ち着いてくる。


「…ありがとう、リイナ」

「やっぱり一緒に行けばよかった。無事でよかった、ほんとに。イオ達は?」

「足止めしてくれてる。たぶんすぐ戻ってくるよ」


 女の子は青年の身体を支え、優しく背中をさすった。


「あのー…」


 光莉が遠慮がちに2人に声をかける。


「ありがとう。助けてくれて…あんなのに出くわして死ぬかと思ったから」

「いえ、こちらこそ危ない目に遭わせてしまいました。2人ともお怪我はありませんか?」

「う、うん」

「召喚地点がかなりズレたようで、気配を辿って探しに来て正解でした。早くも魔獣が暴れ出しているようですね」


 青年はまるですっかり回復したかのように、笑顔を見せた。

 召喚? 魔獣?

 意味不明な単語が並び、智希は眉根を寄せた。


「僕は、リオン・ロークシン。1級魔導師です。こっちは双子の妹の…」

「リイナ・ロークシン。1級魔導師」


 リオンに握手を求められ、智希と光莉は不思議な顔を見せながらもそれに応じる。

 妹のリイナはリオンと違って笑顔を見せることはなく、握手を求めてくることもなかった。


「まどうし……?」


 意味のわからない単語ばかりで、光莉は完全に混乱していた。


「恐らくすぐに師匠が来ます。そしたら…」

「リオン~! リイナ~!!」


 リオンの言葉の途中で、草原の向こうから人影が2つこちらに向かってきた。


「師匠! ルートヴィヒさん!」

「大丈夫か、みんな。そちらが召喚者か」

「二日酔いで魔力使うのつらい…」


 ルートヴィヒと呼ばれたのは、大柄の軍人のような姿の男だった。

 年齢は40代半ばというところだろうか。


 師匠と呼ばれた女性は二日酔いとのことで、ヒィヒィと息を荒げながらこちらに向かってきた。


「とにかく神殿に戻るぞ」

「ちょ、ちょっと休ませて…」

「陛下を待たせるわけにはいかんだろう」


 師匠と呼ばれた女性がうだうだと文句を並べるので、ルートヴィヒはイライラした表情を見せる。

 その空気を察知してか、リオンが気遣うように言った。


「僕たちは後から向かいます。師匠たち4人で先に行かれてください」

「あぁ。ほれ、エリアル早くしろ。2人も手を繋げ」

「え、あ、はい」


 ルートヴィヒに言われるがまま、智希と光莉は再び手を繋ぐ。


 師匠は渋々といった様子で、光莉とルートヴィヒの手を取った。

 ルートヴィヒは、智希の手を取った。


 師匠が呪文を唱えると、再び全身に重力を感じた。







 目を開けると、屋内にいた。

 きらびやかな装飾が施された長い廊下に4人は立っている。


「また着地点ズレた。そんで魔力も尽きた…」

「昨日どれだけ飲んだんだ」

「しばらく思いっきり飲めないだろうなって思って…」


 廊下にへたり込んだ師匠を、ルートヴィヒが無理やり引き起こす。

 そして先ほどリオンとリイナがやっていたのと同じように、膝と膝、手と手、額と額を突き合わせた。


(さっきからなんなんだこの、妙な儀式みたいなのは)


 口には出さなかったが、智希も光莉も不審な目でその様子を見守る。

 柔らかな光が師匠とルートヴィヒを包み、師匠はふう、と息を吐いた。


「歩けるか」

「大丈夫。お偉方がお待ちだから、急がないとね」


 ルートヴィヒが師匠を引き起こした。

 絨毯の張られた廊下のずっと奥に扉があり、その先が目的地のようだった。


「…ここは、何の場所?」

「ここは皇宮こうぐうで、いま向かってるのは皇宮神殿。神聖なる儀式を行う、世界一高貴な場所よ」


 光莉の質問に、師匠はいたずらっぽく答えた。

 世界一とは大げさな、と智希は思ったが、ルートヴィヒも師匠の言葉に同意のようで頷きながら聞いていた。


「本来なら我々のような人間が入れる場所ではないがな。幸運というべきかなんというか」


 その言葉を聞いて、智希は喉がカラカラになったような気持ちだった。


 一体ここは何なんだ。どこなんだ。疑問がずっと頭の中を渦巻いている。


「あ!」


 廊下を進んでいると、突然光莉が立ち止まった。


「天野くん、これ…」


 光莉が指さしたのは、世界地図のようなものだった。


 その世界地図は、見慣れたものだった。

 ユーラシア大陸があり、アメリカ大陸、アフリカ大陸…小さいが、日本もちゃんと描かれている。


 しかしよく見ると、智希たちの知る世界の地名とは違っている。


「世界地図、だね。地名は違うけど…」

「地名は違うね…。てか何語かな? 全然知らない言葉なのに、なんか読めるんだけど…」


 つまりここは、地球のどこかということだろうか。

 しかしこんな言語は、見たことがない。それなのに何故か読めてしまう。


「さあさあ、地図くらい後でゆっくり見せてあげるから! 行きましょ!」


 ますます脳内がクエスチョンマークでいっぱいになった智希と光莉の背中を、師匠が無理矢理に押しながらなんとか扉の前までやってきた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る