06 魔族との共存








 休憩後も神級魔法の習得に励んだが、結局500種あるうちの3分の1ほどしか伝えられず次回に持ち越しとなった。

 5人とも疲労困憊していた。


 トゥリオールに連絡を入れると、今日は戦闘地での重傷者はいないということだったので、そのまま食事会に参加する。


 夕食は、普段は皇室しか立ち入れない皇宮の中庭で、半立食のような形で行われた。

 あまり堅苦しくならないように、というナジュドの配慮だった。


 食事会には、ナジュドにエライザ、ザイル、リドワーン、ジュリが参加。

 さらにロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティンの3人(『皇級魔導師』=皇族とほぼ同位の扱い、となるらしい)もいた。

 そして……


「んんっ?なんでライルがここにいるんだ?」

「俺も皇族だ。一応な」


 なんと、ライルも同席していた。

 聞くとライルは第三皇子で、ザイルとリドワーンの弟でジュリの兄にあたるらしい。


「なんで今まで言わなかったんだよー!」

「第三皇子なんて皇位継承権もないし苗字も名乗れねぇし…こうやってたまに帰ってくるだけだもん」


 確かにライルは、苗字を名乗らなかった。

 この世界では、ギルガメシュの苗字を名乗れるのは両陛下、それに第一・第二皇子までと決まっているらしい。


 ライルは既に成人し独り立ちしているので、結婚して相手の籍に入れば正式に皇族からは外れる、とのことだ。

 今日は智希と光莉が皇室の食事会に参加するというので、冷やかしにやってきたようだ。


「ドラゴンは大丈夫だったか?」

「あぁ、問題なかった。イオは結局あの後吐いてたけど」


 イオの『浄化』はしたが、その後のポッポとの飛翔で嘔吐したらしい。


「昨日すげぇ飲んでたけど、覚えてんの?」

「やー、まったく記憶ない。

 聞いた話もほとんど忘れたから、また飲みに行こう」

「いや、俺はもうほんと飲まない。マジでもう飲まない」

「うわぁ、ヒカリとなんかあったんでしょ。何?何があったの?」

「……」

「チューした?エッチした?」

「……」


 ライルのからかうような台詞を背に、智希はその場を離れた。

 ここにいるとまた勢いに飲まれる、と感じたからだ。


 ナジュドやトゥリオールが集まっていたので、ひっそりと近付いた。

 ナジュドが智希に気付いて声をかける。


「トモキは、酒は飲まないのか?」

「あ、いや。今日は…辞めておきます。

 既に昨日飲みすぎてて……すみません」


 酒を勧められたが、丁重に断る。

 智希はナジュド、トゥリオール、ロブルアーノ、アウグスティンと共に、今日のイージェプトとの話し合いについて議論した。


「砂漠化が、まさかその環境破壊とやらと関連があるとはな。

 地球の環境が無限ではないという認識は必要だな。

 トモキ達がいる間に、環境保護に関する省庁を作ってはどうだ?各国に、環境保護の専門家の育成を進言しよう」

「承知いたしました。早速進めてまいります」


 以前も話題に上がったが、この世界にも帝国議会という国会や内閣のような仕組みがあるようだ。


 完全な君主制であり、皇帝の補佐官はロブルアーノ、トゥリオール、アウグスティンが務めている。

 それ以下の各省庁の大臣や政務官は国民投票によって決まるらしい。


 つまり、トゥリオールの対の相手であるレネも、国民投票で選ばれた正式な政治家ということだ。

 この仕組みはシュメール本国以外の王国も似たようなものだが、世襲される国王とは別に国民投票で選ばれる首相がいるらしい。


「今のところ、戦況はどうなんですか」

「……まだこちらが優勢といえるだろうな。

 ドラゴンに早期に対処できたおかげで、今回は死者も出ていない」


 智希が尋ねると、ナジュドが答える。


「やっぱり、魔導師と魔族だと魔導師が優位なんですか?」

「それもあるが…2人の力がなければ五分五分だっただろうな。神級魔法の『治癒』や『特殊結界』の恩恵は大きい。

 現状のままいけば、一般市民を襲撃されたり大型ドラゴンを投入されない限り、人間側に大きな被害が出ることはないだろう……

 が、向こうがどれほどの戦力を待機させているかが読めんからな。

 ここからひっくり返される可能性も大いにある」


 トゥリオールは重々しく語った。

 現状としては、魔族側の戦力規模が見えないうちは小康状態を保つ、向こうが動いてきたら一気にこっちも動く、という方針に変わりはない。


「ヒカリ、ヒカリ」


 半立食なので、皆思い思いに移動したり席で食事をとったりしながらのんびりと過ごしている。

 ナジュド達とは離れた席でリドワーンと話していたザイルが、光莉を呼び寄せる。


「洗礼の儀式の時な、リドがヒカリのこと可愛いっつってたんだぜ」

「え、嬉しい。そうなの?」

「兄さん!余計なこと言うなよ」


 ザイルの言葉に、光莉は笑顔を見せる。

 リドワーンが慌てて口を挟むが、ザイルは開き直って言った。


「いいじゃん。お前もいい加減相手見つけないとだろ」

「それは兄さんもだろ」

「お前は選り好みばっかして誰とも進展ねぇだろ」

「慎重って言ってくれ。

 相手の気持ちもあるしそんなグイグイいけないよ」


 相手、というのは結婚相手のことだろう。

 ナジュドと話していた智希だったが、その会話が耳に入ったせいでナジュドとの話があまり頭に入ってこなくなった。


「んなこと言ってたら俺がヒカリもらうぜ」

「皇子と結婚はちょっとヤダな…大変そう…」


 ザイルに言われ、光莉は困った様子で返答する。


「どっちかっつったらどっちがいい?俺とリドと」

「うーん……?」

「兄さん、もう辞めろって」


 今度はザイルがヒカリを口説きだし、光莉の肩を抱き始めた。

 ライルは面白がっている様子でニヤニヤとこちらを見ていたが、無視した。


 あちらを気にしても良いことはないと思い、智希はナジュドらとの会話に集中しなおす。


「…あとはどのようにして臣民を納得させるか、だな」

「周辺国の同意が得られても、全世界的に理解を得られるかは…」


 話は、魔族との共存をどう進めるか、という内容になっていた。

 トゥリオールとアウグスティンがああでもないこうでもないと話している。

 智希は控えめに会話に加わる。


「まさかそんなに簡単に…魔族の移住や共存を認めてもらえるとは思ってませんでした」

「臣民に対し公言はしていないが、私はそもそも魔族を殲滅する気などない。

 …というか、不可能なんだよ。

 トモキはどうやって魔族が誕生したか、知っているか?」


 ナジュドの問いに、智希は首を捻った。

 α地球には魔族はおらず、β地球には魔族がいる。

 両者の違いは、ラティア神がこの地に魔力を与えたかどうか…つまり、魔力があるから魔族が生まれたと考えられる。


「はっきり聞いたわけじゃないけど…ラティア神が魔力を注いだから?

 ……って、そうか」

「そうだ。

 この地に魔力がある限り、例え魔族を殲滅したとしてもいつか必ず魔族は復活し生まれてくる」


 そこは盲点だった。

 それならどう転んだとしても、人間は魔族と敵対し続けるか、共存するかの2択しかないといえる。


「共存の道は険しい…正直なところ私自身、開戦当初は闇の中を手探りで進んでいるような状況だった。

 だが今は…トモキとヒカリという希望がある」


 ナジュドはグラスを飲み干し、息を吐く。


「命に危険がない限り、君たちにはできるだけ自由にさせよとトゥリオール達には伝えていた。

 …が、まさか神級魔法を突然使いドラゴンを倒し、使役し、魔族の族長や火の精霊までをもこちらに引き込むとは…

 全く想像もしていなかった」

「なんか…すみません…」

「はは、違うよ。感謝しているんだ。

 いずれ…改めてきちんと2人にお礼をさせてほしい」


 気恥ずかしさと申し訳なさで、智希は頭をかいた。

 その様子を見てナジュドは笑いながら、話を戻す。


「魔族との共存については…簡単には臣民の理解を得られないだろうとは思っている。

 2人の協力は不可欠だ」

「臣民が魔族を拒否する理由としては、どういうものが挙げられますか?」

「言葉が通じない、攻撃を仕掛けられる不安、過去に酷い目にあった、長年の敵対心、土地や資源を分け与えたくない…等、様々だろうな」

「なるほど…」


 トゥリオールの返答を聞き、昔学校の授業で観たホロコーストについてのドキュメンタリー番組を思い浮かべる。

 ホロコーストは、ユダヤ人を迫害し大量虐殺したナチス・ドイツの政策を指す。

 宗教や人種の違いを理由に、ユダヤ人を『劣った人種』として差別した。


 差別的な思想を植え付けるような政策のせいではあるが、言葉が通じる同じ種族ですら『劣った人種』と思い込めるのだ。

 言葉も通じぬ異種族の間では、何が起こってもおかしくない。


「あの…変な質問かもしれませんけど、この世界では差別ってありますか?

 人種や住む場所の違いで、なんていうか…奴隷にされたり、命の重みが変わったり…」


 質問の意図がわからなかったのか、ナジュドは不思議そうな顔で答える。


「人種、というのが肌の色や目の色という意味であれば…人種や住む場所では何も変わらん。

 …が、魔力の差や職業による優劣の意識は多少はあるだろうな。


 しかし帝国としてはそういった差別は認めていない。

 人は皆平等に生きる権利を有し、強き者は弱き者を助けて生きることを魔導教育の核ともしている。

 弱き者を挫くような行いを支持する者は少ないと、私は思っている」


 ナジュドの率直な返答に、智希はほっとする。

 やはりその教えが魔導師の核となっていることは、この世界の治安維持において大きな意味を持っていると感じた。

 トゥリオールは、智希の質問の意図を察して言う。


「つまり、人間が魔族を劣等種として扱ったり、人間と魔族とで権利に差が生まれることを心配しているのか?」

「そう…ですね。

 これまで別の場所で生きていた者同士だから、余計に」

「…しっかりと国が制度を作り、介入しなければならない部分だろうな。

 肝に銘じておく」


 ナジュドはグラスを煽り、ふぅと息を吐く。


「まずは友好的な種族だけでも受け容れられるようにしたいところだな。

 私も一度オーガ族、リザード族と話してみたい」

「感じはいい奴らですよ。

 軍人たちや地元住民とも上手くやっています」


 オーガ族、リザード族はパジャ島の基地周辺で暮らしているので、アウグスティンは関わる機会も多いようだ。

 アウグスティンの言葉にも、智希はほっと胸を撫でおろす。









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