07 ジュリ皇女









「もう、お父様ったら。

 せっかくのお食事の席で、政治の話ばっかり」


 話に割って入ったのは、第一皇女のジュリだった。


「そうですよ、陛下。トモキ様もお疲れになりますわ」

「あぁ、すまんすまん。ついな」

 

 皇后であるエライザも給仕の代わりに料理をテーブルに置きながら、ジュリと同様にナジュドに釘を刺す。

 第四子の女の子とあって、ナジュドはやはりジュリに甘い様子だった。


「トモキは、ライル兄さまと仲が良いんですって」

「まぁ! そうなの?

 早くに皇室を離れたから私は心配で心配で…ライルと仲良くしてあげてくださいね」

「は、はい……」


 母親であるエライザは、ライルを心底心配している様子だった。

 昨日の飲み屋での会話は、この人たちには絶対に聞かせられない…と思う智希だった。


「トモキのいた世界は、食べ物がすごく美味しいって聞いたわ。

 どんな食べ物があるの?」

「うーん…色々ありすぎて…。

 お菓子だけでも、物凄くたくさんの種類があります。

 最近は見栄えも綺麗なものが多くて……」


 ジュリの質問に答えながら、智希は『収納』から家庭総合の教科書を取り出した。


「これは、プリン。

 甘くてぷるぷるしたとろけるような触感のお菓子です」

「可愛い! 美味しそう、ねぇ、これが食べたいわ!」


 教科書にいくつか調理レシピが載っていて、その中のプリンのページを見せるとジュリは大興奮だった。


「『生成』で…っと、ダメか。

 皇室の方は外部のものは食べられないんですかね?」

「あまり厳密にはしていないが…

 基本的には皇籍にあるものは皇室料理人の作るものしか食べられないな」


 智希の問いに、ナジュドが答える。

 つまり、皇室を離れたライルは外のものを食べられるが、まだ在籍しているジュリは食べられないということだ。


「そんなのあんまりよ!

 こんなに美味しそうなのに…トモキの作ったプリンが食べたいわ」

「レシピはわかるから、今度皇室料理人の方に伝えておきます。

 俺が作るよりきっと上手に作ってくれます」


 ジュリを宥めるが、あまり納得はいっていない様子で俯いている。

 そうだ、と智希は再び『収納』の中を漁る。


「この前、『金属加工』の練習で作ったんです。

 元の世界で使ってたしおりを真似て作りました」

「バラの花のしおり……素敵!!」

「なんと、これは……!」


 ジュリに続いて、ロブルアーノも声を上げた。

 薄い金属の板を切り得のようにくりぬいた、金属しおりだ。


 母親が使っていたものをしおりとして勝手に使っていたが、たまたま通学鞄にあった本の間に挟まっていたので、『金属加工』の魔法練習として真似て作ってみたのだ。

 バラの花のモチーフで、出来栄えは悪くはなかった。


「金属にこのような加工…見たこともない技術だ。これは金か?」

「金メッキです。表面にだけ金を施しています。

 あまりこちらの世界では見ませんが…」


 智希が答えると、周囲の人々が皆黙り込む。

 ん?と思った時には、遅かった。


「ま…まさかと思うが、トモキは金も生成できるのか…?!」

「そう…………です、ね」


 トゥリオールに聞かれ、もう誤魔化しようもなかったので素直に頷いた。


「……エライザ、ジュリ」

「大丈夫よ、あなた。聞かなかったことにするわ」

「私もなにも聞いてない!」


 ナジュドに促され、エライザとジュリは気遣うように言ってその場を離れる。

 あぁ、これ、やっちまったな。


「トモキ、他では絶対に言うな。私の息子にさえ言ってはならん」

「はい……」


 ナジュドに言われ、自分がどれほど重大なことを言ってしまったのかと後悔する。


 金は、どの世界のどの歴史においても重要な価値を持つ金属だ。

 例え少量だろうがその金を『生成』するなど、世界の金融バランスを大きく崩しかねない。

 ナジュドはかぶりを振りながら言う。


「この世界に魔法がもたらされる以前から、金の採掘を巡って人間同士で酷い争いが度々起きていた。

 そのため、世界を統一した際に初代皇帝は、臣民に対し金の新たな採掘と無断での所持を禁じたのだ」

「それは……激ヤバですね……」

「採掘には、皇室・魔導協会・帝国議会、それに各国国王の許可が必要になる。

 金の採掘は、世界規模での取り組みなのだ」

「やっば………」


 聞けば聞くほど、智希が金を『生成』できることがどれほど危険なことかがわかる。

 元の世界でも、時代が時代なら金を巡って殺し合いが起きるほどだ。

 いや、現代でもそう変わりはないかもしれない。

 トゥリオールは智希に釘を刺すように言う。


「貴金属としての所有は可能だが、個人で所有できる金の量にも制限がある。

 超過がわかれば、禁錮10年はくだらない」

「そ、そんな大事なこと、先に教えてくださいよ……!!」

「本当だな。

 まさか金を『生成』できるとは考えもしなかった…」


 今後は発言にも気を付けなければならない。

 言うべきこと、言うべき相手を決して間違えないように。


「じゃあ、ジュリさんにあげたあれもヤバいですか…?」

「あれくらいなら問題ない。検閲対象にもならんだろう」

「良かった……」


 トゥリオールの返答に智希が安堵の表情を浮かべると、ナジュドがゴホン、と咳ばらいをする。

 そして困った様子で、トゥリオールが言葉を続ける。


「あー…だがトモキ、異性に贈り物をする時は…気を付けた方が良いかもしれん」

「え、ど…どういう意味ですか?」


 ジュリにあげたあの金属しおりは、やはり何かまずかったようだ。


「この世界では…贈り物に特別な意味を持つ。家族や恋人以外の異性への贈り物は…」

「もう、トゥリオールさん!

 ジュリだってそれくらい、わきまえてます」


 再び料理を運んできたジュリが、トゥリオールの言葉を遮った。

 大人たちの話が落ち着くのを待っていたようだ。


「あ、あぁ…すみません、皇女殿」

「せっかくのトモキからの贈り物ですもの。

 本当に…頂いていいの?」


 トゥリオールと智希の間に割り込むように、ジュリが入り込む。


「えぇ、こんなものですみません。ただの金メッキですし」

「いえ、いえ…素敵よ! 本当に素敵」


 ジュリは大変喜んだ様子で、智希にキラキラとした瞳を向ける。


「あの、トモキ。一緒に来てくださる?」

「え?」


 しおりを手にしたままジュリは立ち上がり、庭木や花の育った花壇の方へと智希を誘う。

 智希がジュリの後を追うと、徐々に花の香りが強くなる。


「今年は気温が低かったから、まだ咲いているわ」


 ジュリはピンクの花の前に、しゃがみ込む。

 美しいバラの花が咲いており、智希もジュリの隣に座った。


「いい香りですね」

「バラの中でも特に香り高くて、シュメール本国の国花になっているの。

 つぼみの時はもっと香りが強くて、ハーブティーやジャムにしたりもするのよ」


 普段花屋で目にするバラに比べると花弁が多く丸い形で、香りも強く感じる。


「私の『ジュリ』っていう名前は、古い言葉で『美しいバラの花』っていう意味があるの」

「へぇ。ジュリさんによく似合った名前で、素敵ですね」


 智希が言うと、ジュリは照れた様子で頬を赤らめる。


「え……? そ、そうかしら。

 だからね、この薔薇のしおり…本当に嬉しい。大切にするわ」

「喜んでもらえて良かった」


 何の気なしにあげたものをここまで気に入ってもらって、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 すると花壇の奥から、大きめの蜂のような虫が飛び出してきた。


「きゃっ」


 驚いたジュリが、智希の腕にしがみつく。


「蜂かな…『特殊結界・監禁』」


 智希は蜂の周りに球型の結界を張って中に閉じ込めた。


「このまま庭の奥に逃がそう」


 そのまま結界ごと『浮遊』させ、庭の奥の方まで運び、結界を解除した。

 遠目に、蜂が飛び立つのが見える。


「大丈夫? …っと、大丈夫ですか?」

「えぇ…驚いた、あんな結界も張れるのね」

「やってみたらできました」


 驚いた拍子にお尻をついたジュリを、智希が手を引いて起こす。

 ジュリは片手にしおりを持ったまま、引き起こした智希の手を両手で包んだ。


「……トモキは心に決めた方はいるの?」


 急な話題の転換に、智希は思考が追い付かない。


「……え? あー…いや、そういうことは、特には…」


 曖昧に答えると、ジュリは智希の右手を取り祈るようなポーズをとる。


「じゃあ、ジュリを第一候補にしておいて」

「………へ? ……あ、そういう?!」

「ダメ?」

「いや、ダメっていうか、そんなの恐れ多いっていうか……」

「ダメじゃないなら、いいわ。心の隅に置いておいて」


 ジュリは満足げに笑う。

 困ったことになったぞ、と智希は頭を掻いた。


「今度、2人でお茶でもしましょ。もっとトモキのことを聞かせて」

「ジュリさん、それは……」

「『ジュリ』って呼んで。ね?」


 女の子からこんな風に寄ってこられることに慣れておらず、智希はただただ困惑するのみだった。




 



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