04 魔族の移住と温暖化対策








「魔族といっても、使役により戦わされていた者たちだ。

 今は戦意はなくこちらの戦いに協力し、帝都の軍人や魔導師とも上手くやれている」

「それだって魔素の高ぇとこに来たらどうなるかわかんねぇだろ」


 マイヤの心配は、もっともだった。

 かと言って、今後も魔族と戦い続けたいというわけではないはずだ。

 そのためには共存の道を探るべき…と思ってはいたが、ひとまず智希は黙ってマイヤの言い分を聞いていた。


「大体な、俺たち一族は帝都に住めねぇって言うからこっちに移ってきたんだ。

 いわば、俺たちの祖先の故郷だぞ?

 魔族に明け渡す道理はねぇ、それなら俺たちが移住する」


 しかしマイヤの話は、旧帝都の土地をどうするか、にすり替わっていく。

 どちらかというとそちらの言い分の方が大きいようだ。


「ここらは干ばつが進んでどんどん作物も取れなくなってる。

 砂漠が拡がって牧畜もろくにできやしねぇ。

 みんな、食うモン住むとこで困ってんだ」


 まだ温暖化の進んでいないこの世界でも、砂漠地帯ではα地球同様に干ばつや砂漠化への対応に苦慮しているようだ。


 そもそもα地球のアフリカ大陸や中東の多くの国において、財政の要となるのは天然資源の産出だった。

 しかし、この世界では魔力以外のエネルギーはほとんど使用されていない。

 石油を原料とするプラスチック製品も見かけないので、恐らく天然資源の研究はほとんど進んでいないのだろう。


 天然資源が売り物にならなければ、やはりメインの産業は農業や漁業になってくる。

 そう思うと、干ばつや砂漠化は国にとって大打撃となっていることだろう。

 光莉が首を傾げながら、問う。


「干ばつって、雨が少なくて水が足りなくなること?」

「あぁ、特にこの国一体は空気が乾いてるからな。

 せっかく雨が降ってもすぐに干上がっちまう」

「だからこの国は水魔導師だらけだぜ。

 水魔法でなんとか干ばつを乗り切ろうと必死だが、そのうえ“後退の8年”が始まっちまって…」


 スィラージュとマイヤが、ため息混じりに答える。

 話を聞きながら光莉は、『収納』から教科書を取り出しぺらぺらとページを捲った。


「……あった。

 『干ばつへの対策として、水を貯め水の使用量を人の手で調節する灌漑農業が行われている。

 古くはメソポタミア文明やエジプト文明の頃から行われているが、主水源となる河川から水を引く施設や渇水に備えたダムや貯め池を作る必要があり、世界では農業用水を雨水に頼る天水農業が主となっている地域が多い』、か。

 ……結構お金がかかるってことかな?」


 光莉なりに理解しようとしているようで、地理の教科書にある干ばつの説明を読み上げる。


「だと思うな。

 管理費もかかるだろうし、その金額に見合う生産量がそもそもあるかどうかってとこで、元の世界でもなかなか拡がらないんだろうな」

「おい待て待て待て、なんだそれは?!

 何を読み上げた?!」


 マイヤは身を乗り出して大声を上げた。


「えーと、俺らの学校の教科書です。

 俺たちのいた世界でも、雨が降らず干ばつに苦しむ地域はあったので…」

「教科書って…農業専門の学校でも行ってたのか…!?」

「いえ、普通の学校です」


 この世界には魔導学校と一般学校があると聞いたが、一般学校は9年で修了。

 高校で学ぶような科目ごとの知識は、専門の学校へ進むか、それぞれの職業に就いてから必要に応じて学ぶらしい。

 スィラージュは顎に手を当ててうーんと唸る。


「カンガイ農業…といったか?

 そういった仕組みはある所にはあるが、結局は水源となる雨が降らなければ貯めた水も乾いてしまう。

 何か方法はあるか?」

「降雨量と乾燥は多分どうにもならない。

 雨の降りやすい赤道上の地域と、乾燥しやすいその周辺の地域ってのは地球が丸い限り変わらないだろうから…。

 やっぱりインフラ整備かなぁ。

 ダムや水路って、どんな材料で作ってるんですか?」

「土のままのところがほとんどだ。あとはレンガ、石が多いな」

「それをコンクリートに変えると違うと思います。

 それでも雨量が足りないなら川から引き込むか、海の水を淡水化するか……

 魔法で雨の多い地域から分けてもらうってのもありか」


 スィラージュの質問に、智希は教科書を捲りながら答える。

 元の世界でも、干ばつに対する完全な対策は見つかっていない。が、この世界には魔法がある。


「例えば干ばつに苦しむ地域もあれば、毎年のように台風や洪水被害に遭う地域もある。

 たぶんパジャ島なんか、そうでしょう。

 そういう雨量の多い地域から水を引いてこれればお互いにメリットがある」


 河川の氾濫や干ばつは日本でも大昔からあったはずだ。

 だからこそ現代の日本はあちこちにダムを建設し管理することで、自然災害や飢饉を徐々に防いできたのだ。


 ダム建設には自然破壊や建設地の問題が付き物ではあるが、温暖化が進み毎年のように異常気象と呼ばれる現代にダムがなかったら…と想像すると、恐ろしく感じる。


「完全に机上の空論ですけど…。 

 雨の多い地域でダムを作る。しかし降雨量が多すぎるとダムの貯水に限界が来て川に流れ出て氾濫を招いてしまう。

 その前に、ダムの貯水量限界まで貯まったら自動的にイージェプト国内のダムに転送されるようにする、とか」

「なんだか大がかりなんだな……

 召喚者の力で、パッと雨を降らせてはくれないのか」


 マイヤの言うことはもっともだったが、それでは意味が無い、と智希は考える。


「俺らの力を使えば、一時的には干ばつに対応できます。でも、俺らだって数十年もすれば死んでしまう。

 俺らがいないと機能しない対策を講じても、最終的にはこの世界のためにならない。

 俺たちの力だけじゃなく、この世界の人たちが扱える仕組みを作ることが大事だと思います」


 智希が言うと、マイヤは押し黙ってしまった。

 魔力以外のエネルギーや科学技術のないこの世界で、どこまでできるかはわからない。

 ただ、魔力しかないからこそできることもあるはず。


「大掛かりにはなるが、研究所に実現可能か確かめてみるか。

 陛下も、トモキとヒカリの知識や魔法を臣民のために大いに活用するよう仰っていた。

 良案があれば国策として積極的に推し進めてくれるだろう」


 トゥリオールが言うとマイヤは納得したのか、ソファの背もたれにぽすんと背中を預けた。

 光莉はくすりと小さく笑い、再び智希へ質問する。


「砂漠化は?そもそもなんで砂漠になるの?」

「乾燥した気候もそうだし、風で砂が飛ばされて拡がったり…。

 人間の手によるものだと、森林伐採、農地や牧畜の過剰な拡大って書いてある」


 智希は教科書を開きながら答える。

 思い当たるところがあるのか、スィラージュとマイヤは黙って聞いている。


「砂漠化を食い止めるには、植林や防風林の設置、牧草の管理…牧草にはマメ科の植物がいいって書いてます。

 砂漠ってのはほっとけばどんどん拡がるから、市町村単位じゃなく国とか世界の政策として対応をしないといけないと思います。


 …ただ、地球にとっては砂漠も貴重な資源だから、無闇に潰していいってものでもない。

 気候変動や人間の活動を加味して、最低限の手入れをしていくことが大事です」


 マイヤは腕を組み、うーんと唸り声を上げた。


「ほんとに、なんでも知ってて神様みてぇだな……」

「俺の知識じゃなく、教科書に書いてあることです。

 元の世界は魔法がないぶん、人間たちの知識や努力で自然と戦ってきました。

 すごく大切なことだから、こうして教科書になって若い人が学べるようになってるんだと思います。

 ここに書いてあることに無駄なことはないと思うから、俺らが説明できる限り全部の知識をお伝えします。だから……」

「わかったわかった!そこまで言われてイヤとは言えねぇよ」


 智希の説得にマイヤは両手を挙げ、かぶりを振った。


「条件は3つだ。

 1つは、カンガイ農業やダムの整備が進められるか、国や研究所と話し合うこと。

 2つ目は、砂漠の拡大を食い止める対策を進めること。

 3つ目は……」


 指折り語りながら、マイヤはぐっと身体を起こして言う。


「俺らも向こう側に移住させてくれ」


 思わぬ条件に、智希はぽかんと口を開けた。


「それは願ってもないことだけど…

 魔族と完全に住み分けるのは難しいかもしれないですよ?」

「まあ、様子を見ながらだが…

 イージェプトの海沿いの町は漁師が多くて、旧帝都側に拠点が欲しいって話は度々上がってたんだ」

「あちらでも開港できれば、イージェプトの漁業は更に盛んになる。

 イージェプトの国民にとってかなりの利点になる」


 マイヤとスィラージュの説明に、智希はなるほど、と頷いた。

 魔族を受け入れる代わりに、国民に対し明確なメリットを示せるのは大きい。

 交渉は思っていた以上にスムーズに進んだ。

 スィラージュとマイヤがこちらの意図に理解を示してくれたのがありがたかった。






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